国際協力の現場から 10
中南米の「貧困の病」シャーガス病 住民とともに戦う
~ ニカラグアで媒介虫・サシガメの駆除と監視プロジェクトを実施 ~
住民から保健省に届けられたサシガメを手にする吉岡さん(写真:吉岡浩太)
日本ではなじみのない感染症「シャーガス病」。この中南米特有の病気は、マラリアに次いで危険な熱帯病といわれています。ここ数十年の間に、人の移動を通じて広まり、米国、カナダ、ヨーロッパの多くの国々、そして日本でも患者が確認されるなど、世界的な脅威になっています。
感染の約8割は、サシガメと呼ばれる吸血性のカメムシが媒介(ばいかい)して起こります。感染した直後であれば完治が可能ですが、多くの場合、症状を感じることがなく、慢性期に入ると効果的な治療法はまだ確立されていません。感染に気がつかないまま10年から20年を経過すると、心臓疾患等で死に至ることもあります。
JICAは、1990年代にグアテマラでシャーガス病の研究プロジェクトを実施したのを皮切りに、中南米諸国で感染対策の技術協力を展開してきました。2009年には、中米のニカラグアでプロジェクトが開始されました。同国では、少なくとも5万人が感染していると推定されています。
「シャーガス病はデング熱やインフルエンザと違って、アウトブレイク(病気が爆発的に広がること)を起こさない感染症なので、どうしても対策の緊急性が低くなってしまいます。緊急性は低いが重要性の高いシャーガス病対策を、どのように保健省の日常業務に埋め込んでいくかが、プロジェクトの大事な点です。」
こう語るのはJICAの専門家として現地で活動を行う吉岡浩太(よしおかこうた)さんです。吉岡さんは青年海外協力隊としてグアテマラでシャーガス病対策にかかわったのち、大学院で国際健康開発を学んだ経験を持つ人物です。
シャーガス病は「貧困の病」の異名を持ちます。媒介するサシガメが、土壁や藁葺(わらぶ)きといった貧しい人々の住む家屋に生息するからです。ニカラグアでも貧困層が多い北部での発生率が高いことが確認されています。このプロジェクトでは、北部5県を対象として、サシガメによる感染を持続的に防ぐことを目標に設定しました。
まず、サシガメの生息状況を把握するための調査を実施します。ニカラグア保健省の調査員が1万2195軒の家屋を調査した結果、815家屋(6.7%)でサシガメの生息が確認され、最も多い市では19%の家屋で生息が確認されました。
この状況を改善するために、プロジェクトでは次のような対策を講じます。まず、サシガメの多い市では、1軒1軒殺虫剤を撒いてサシガメを減らします。たとえば2012年には延べ1万3000軒を超える家屋で殺虫剤を散布しました。しかし、殺虫剤はサシガメを一時的に駆除するには効果的ですが、永続的なものではありません。重要なのは住民がサシガメの脅威を理解し、継続的に監視を続けるシステムを作ることです。そこで、プロジェクトでは、監視システムを提案し、対象の5県49市でシステムを導入するための研修を実施しました。この監視システムは、サシガメを発見した住民が最寄りの保健所に届け出て、その後、保健所のスタッフがその家を訪問し、啓発・殺虫剤散布などの対応を行うというサイクルの確立を目指しています。
サシガメは土壁や日干しレンガの壁の中に住み着きます。とりわけ、壁のひび割れに入り込むことから、プロジェクトでは壁の修繕にも取り組んでいます。ひび割れの修繕により、サシガメは住む場所を失い、住民の感染リスクは大きく下がることになります。
シャーガス病対策には住民の理解と協力が必要です。彼らを見守る立場の吉岡さんは、対策の成果と今後への期待についてこう語ります。
「壁の修繕活動では、住民自身のイニシアティブを高めるようにしています。他人から簡単にもらったものは粗末に扱いますが、自分で努力して手に入れたものは、長い間大事にします。壁の修繕をすることで自分たちの手で一つの仕事をやり遂げた、という達成感や満足感を持ってもらい、これを重ねることで、他の生活改善活動へ自主的に広がっていくことを期待しています。」
「ニカラグアの人たちには、シャーガス病が深刻な病気であること、未だにその感染リスクがあることをしっかり理解し、その上で、行政と住民がしっかり連携することで感染リスクを減らせることを実感してほしいと思っています。」
土壁と藁葺き屋根の家屋で、住民ボランティア(右)に殺虫剤の撒き方を教える保健省職員(写真:吉岡浩太)