国際協力の現場から 04

設備と人材をつなぎ安全な水を届ける
〜 北九州市上下水道局によるカンボジアへの支援 〜

プノンペン市内のプンプレック浄水場で、浄水部長とバルブの更新計画について確認(写真:川嵜孝之)

プノンペン市内のプンプレック浄水場で、浄水部長とバルブの更新計画について確認(写真:川嵜孝之)

水道の蛇口から安全な飲み水がいつでも供給される国は、世界ではそれほど多くありません。インドシナ半島に位置するカンボジアの都市部に限っても、安全な水にアクセス可能な人口は62%に過ぎないのです。

1970年代から続いた内戦の間、ポル・ポト政権によってカンボジアのインフラは徹底的に破壊されました。その影響で上下水道が整備されていない地域が多く、施設の管理・運営に当たる人材も不足しています。そこで、日本は水道事業のマスタープランを描き、1993年から世界銀行やアジア開発銀行とともに水道インフラの再建をスタート。そして、1999年、北九州市上下水道局がプノンペン水道公社に対し技術支援を始めました。水道管の敷設工事はすでに開始されていましたが、同局では、漏水を遠隔管理できる機器の導入を提案しながら、水道の管理方法を公社の職員に教えていきました。

その後も、北九州市上下水道局による支援は続き、2003年から始まったJICAによる「水道事業人材育成プロジェクト」にも参画。その支援が実り、プノンペン水道公社では、24時間の給水と低い漏水率、直接飲むことのできる安全な水質、そして安定的な料金徴収体制を実現しました。1993年には25%だったプノンペンの水道普及率は現在では90%を超え、漏水や盗水のために水道料金を徴収できなかった「無収水率」も90年代の70%から6%に激減しました。その成功は、「プノンペンの奇跡」と呼ばれ、カンボジア政府から友好勲章「大十字章」が北九州市長に贈られました。この勲章は、両国の友好関係に寄与した外国人に国王名で与えられる勲章です。同市水道局職員にも友好勲章「騎士章」が贈られました。

プロジェクトは現在、プノンペン以外のシェムリアップやカンポットといった8州都の水道局へと支援を広げています。現地で活動するのはチーフアドバイザーの川嵜孝之(かわさきたかゆき)さんです。川嵜さんは管理部門の専門家であり、これまでの支援で整った水道インフラを永続的に維持管理する人材を育成しています。

「赴任したときは、正直、驚きました。ある地方水道局では、水道の維持管理に必要な部品や薬剤の在庫が切れていても発注できないのです。必要なものを定期的に補充するためには、適切な在庫管理をもとに購入のタイミングを予測し、予算を確保しなければなりません。そのためには、予算書や決算書を活用した財務管理も必要となります。技術だけでなく、経営管理能力が向上しなければ、安定した水道の運営はできないと痛感しました。」

状況を改善するために、プロジェクトでは研修を実施しています。ここで活躍するのがプノンペン水道公社の職員です。安定した水道事業経営を実現した同公社の職員が8州都の人材育成研修を仕事として引き受けているのです。同公社の評価は東南アジア全域で見ても非常に高く、現在ではネパール、ミャンマーといった国々からも研修の要請を受けているといいます。

川嵜さんは、8州都の中でも、事業の経営手法を習得した水道局が他の水道局を教えるサイクルを作ろうとしています。

「人を育てるには時間がかかります。職員にしても、日本人からこれまでのやり方を否定されるのには強い抵抗感があります。しかし、適切でない経営を続けていれば、いつかは破綻します。日本がいつまでも支援を続けられるわけではありません。重要なのは、カンボジア人自身が研修システムを作っていくこと。安定した水道事業を実現するには、設備の維持管理とともに、人材を育成し続けていくことが必要なのです。」

北九州市上下水道局では、カンボジアだけでなく、ベトナムや中国の水道事業にも支援を広げています。2010年、「北九州市海外水ビジネス推進協議会」が設立されました。約140社の会員企業から成る組織であり、同局がカンボジアをはじめとする国々で開拓したルートを通じて、日本の水道技術の輸出に取り組み始めています。

北九州市上下水道局が国際支援を通じて培ってきた各国との信頼は、民間企業のビジネスチャンスとしても開花しようとしています。

カンポット水道局職員に、財務状況の確認・改善指導をする川嵜さん(右から二人目)(写真:川嵜孝之)

カンポット水道局職員に、財務状況の確認・改善指導をする川嵜さん(右から二人目)(写真:川嵜孝之)


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