国際協力の現場から 02
教育はどんな兵器よりも力があるマララさんの国での教育改善プロジェクト
〜 パキスタンの技術教育をソフト、ハードの両面で支援 〜
レイルウェイロード技術短期大学入口に立つ伊藤さん、黒川さん、澤田さん(左より)(写真:黒川雄爾)
インドと国境を接するパキスタン東部パンジャブ州のラホールは、カラチに次ぐ第2の工業都市です。日本の自動車企業も進出し、産業の拡大と人材育成を推進するパキスタンの土台を支えています。その地元企業に卒業生を送りだしているのが、パンジャブ州の中堅技術者育成を担うレイルウェイロード技術短期大学です。
JICAでは、その機械学科と建築学科を対象にした「技術教育改善プロジェクト」を、パキスタン政府、パンジャブ州政府と連携しながら2008年12月から実施しています。プロジェクトではチーフアドバイザーの黒川雄爾(くろかわゆうじ)さんを中心に、澤田幸次(さわだこうじ)さんが機械学科、伊藤稔(いとうみのる)さんが建築学科を担当し、3氏の連携の下、カリキュラムの改訂、教材作り、教員訓練、産業界との関係強化などに取り組んできました。
「カリキュラムは2000年以降改訂されないままで、教材は先生任せ、教員の絶対数は足らず、施設や機材の老朽化に加えて卒業生の就職支援などない状態でした。」と語るのは黒川さん。プロジェクトでは、卒業生に聞き取りをしたり、地元企業や協力会社を訪問して教育へのニーズを調査、3年をかけて授業内容を見直し、カリキュラムの再編と教材作りを段階的に行いました。また、企業人を招いての講演会、企業と学生を結ぶ就職説明会や企業でのインターンシップ、学生の技術力をアップする技能大会なども実施してきました。これらのカリキュラムは、2012年3月、連邦政府機関によって、パンジャブ州だけではなく全国の共通カリキュラムになりました。
機械学科の澤田さんは、「産業界は実践的な技術や知識を持った人材の養成を切実に求めている」と指摘します。「企業との連携強化で学生の学力が向上しました。卒業試験の合格率も以前は60%ほどでしたが、現在は80%です。就職率も5割を超えました。パキスタンには日系の自動車メーカーが数多く進出していますが、部品製造を担う日系中小企業は、テロ・治安等の懸念から進出に慎重であるため、地元の製造会社に頼らざるを得ない状況です。技術を身に付けた卒業生を地元企業に送り込むことで、日系自動車メーカーの品質向上、コスト削減、納期短縮などに貢献できると思っています。」
建築学科の伊藤さんは、パキスタンでは初めての、技術短期大学での女子の受け入れに大きな貢献をしました。慣習として女子の就学、就労に消極的な考えが根強く、成人女性の識字率が約4割という中で、建築学科の共学化を提案し実現させたのです。初年度は24名の女子が入学。現在では、3学年で70名が学んでいます。
「女子の入学は、カリキュラムの改訂や教材を整えて行く中で決まりました。パキスタンでは、建築士になれるのは大学建築学科卒業者だけです。ところが、建築士は意匠分野は得意としますが、構造分野は専門外で苦手です。この構造分野で建築士をサポートする女子学生を育成すれば、就職の道が拓(ひら)けると考えました。そこで、構造分野を強化する目的でコンクリート等の実習授業を設け、新たに女子学生の受け入れが決まったのです。」
こうした活動に加え、日本の無償資金協力で2013年3月には建築学科の専用教室棟と構造実習室が完成し、機械学科と建築学科の機材整備も行われました。女子学生専用の礼拝室、保健室、トイレも設置され、教員も半分は女性が占めるまでになりました。
女子教育の大切さを訴えていたマララ・ユスフザイさんが襲撃される半年前、学校近くの駅で爆発事件がありました。女子学生の写真が載った募集看板を外そうという議論が起こりました。しかし、女性教員たちは「女子学生は私たちが守る」と、看板の撤去を拒み、テロに屈しない姿勢を貫きました。強い意志で、女子の教育を受ける権利を守ろうとするパキスタンの女性たち。マララさんのような志を持った人々が、パキスタンに数多く存在するのです。
「これまではなかった教員室を作ったことで、教員間の意思疎通がよくなり、学校運営でのマネジメント力が培われ、学生の成績向上、男女平等、インターンシップ、就職などすべてが軌道に乗ってきました。専用教室棟にはエレベーターが設置され、障害のある学生の受け入れ態勢も整いました。」ソフト、ハードの両面からアプローチする日本の「顔が見える援助」は、パキスタンの技術教育の変革を後押ししています。
コンクリート実習をする学生たち(写真:伊藤稔)