(6)国境を越える犯罪・テロ

グローバル化やハイテク機器の進歩と普及、人々の移動の拡大などに伴い、国際的な組織犯罪やテロ行為は、国際社会全体を脅かすものとなっています。薬物や銃器の不正な取引、不法な移民、女性や子どもの人身取引、現金の密輸出入、通貨の偽造および資金洗浄(マネーロンダリング)などの国際的な組織犯罪は、近年、その手口が一層多様化して、巧妙に行われています。また、2001年9月の米国同時多発テロ事件から10年目に当たる2011年には、5月に国際テロ組織「アル・カーイダ」の指導者であったウサマ・ビン・ラーディンが死亡しましたが、アル・カーイダのテロ手法の影響を受けた関連組織による過激な暴力活動が新たな脅威となっています。

国境を越える国際組織犯罪、海賊行為やテロ行為に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限りがあります。そのため各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における対処能力向上支援などを通じて、国際社会全体で法の抜け穴をなくす努力が必要です。

< 日本の取組 >

薬物対策

日本は国連麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の国連薬物統制計画(UNDCP)基金への拠出などを行い、アジア諸国を中心に開発途上国を支援しています。2011年度には、約126万ドルのUNDCP基金への拠出を活用して、ミャンマーにおける「けし(麻薬の一種であるアヘンの材料になる植物)」の不正栽培を監視し、モニタリングを行う事業、東南アジア地域等における合成薬物のモニタリングに関する事業などを実施しました。また、2012年3月には、UNDCP基金と犯罪防止刑事司法基金(CPCJF)に、アフガニスタンとその周辺諸国の薬物対策と国境管理支援のため、1,360万ドルの拠出を行いました。また、国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)を通じて、薬物犯罪者処遇についての研修を実施しました。

ナンガルハール県シェワ郡で麻薬の材料となるポピーの畑を取り締まるアフガニスタン警察(写真:サイッド・ジャン・サバウーン/JICA)

ナンガルハール県シェワ郡で麻薬の材料となるポピーの畑を取り締まるアフガニスタン警察(写真:サイッド・ジャン・サバウーン/JICA)

人身取引対策

日本は、2011年度には、UNODCのCPCJF(前項「薬物対策」参照)に、人身取引対策プロジェクトのため、約4万1,000ドルを拠出しました。さらに2011年8月には、日本が設置を主導した国連人間の安全保障基金を通じて、国際移住機関(IOM)等が実施する「インドネシアにおける人身取引被害者の保護と能力強化」事業に対し、約236万ドルの支援を決定しました。

人身取引対策については、被害者の緩和ケア(芸術療法等を通じた心理ケア)および社会復帰のための支援に重点的に取り組んでいます。これまでにCPCJFへ拠出することで、タイのパタヤにおける人身取引対策プロジェクト(人身取引および性的搾取からの子どもの保護)や、フィリピンの人身取引に関する捜査実務手続きの基準を促進するための警察支援を実施しました。今後も東南アジアを中心に支援を行っていくことを検討しています。また、日本で保護された人身取引被害者については、IOMを通じて被害者の安全な帰国と本国での社会復帰を支援しています。さらに日本は、不法移民・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への支援も行っています。また、UNAFEIを通じて、人身取引対策についての研修を実施しました。

テロ対策

国際社会は、テロリストにテロの手段や安住の地を与えないようにし、テロに対する弱点を克服するように努めなければなりません。日本は、テロ対処能力が必ずしも十分でない開発途上国に、テロ対策能力向上のための支援をしています。特に、テロ対策等治安無償資金協力が創設された2006年以降、日本は開発途上国でのテロ対策の支援を強化しています。

日本と密接な関係にある東南アジア地域におけるテロを防止し、安全を確保することは、日本にとってとりわけ重要であり、より一層力を入れて支援を実施しています。具体的には、出入国管理、航空の保安、港湾・海上の保安、税関での協力、輸出の管理、法執行のための協力、テロ資金対策(テロリストやテロ組織への資金の流れを断つための対策)、テロ防止に関連する諸条約の締結を促進するなど各分野において、機材の供与、専門家の派遣、セミナーの開催、研修員の受入れなどを実施しています。

たとえば、2011年12月には中央アジア諸国からテロ対策の関係者を招き、テロ防止関連条約の理解を深め、条約の締結を促進することを目的としたセミナーを開催しました。さらに、日本は2011年度にUNODCテロ防止部へ約4万1,000ドルの拠出を行い、インドネシアを中心としたASEAN(アセアン)諸国に対しテロ対策法整備のための支援を実施しました。

腐敗対策

腐敗対策については、 CPCJFへ拠出することで、これまでにベトナムやラオスにおける腐敗防止対策セミナーの開催を支援し、日本のODAの受取国でもあるこれら諸国において腐敗対策の取組を強化することに貢献しました。2011年度もセミナー開催のため、約4万1,000ドルを拠出しており、今後は、ラオス、カンボジアにおいて同様のセミナーを実施することになっています。

また、UNAFEIを通じて、アジア・太平洋地域を中心とした開発途上国の刑事司法実務家を対象に、様々な研修・セミナーを実施しました。これらの研修・セミナーは、「証人・内部通報者の保護及び協力の確保」、「腐敗予防」など国際組織犯罪防止条約および国連腐敗防止条約上の重要論点をテーマとしており、各国における刑事司法の健全な発展と協力関係の強化に貢献しています。

海賊行為への対策

日本は、エネルギーや食料資源の輸入、また、貿易の多くを海上輸送に依存している海洋国家です。テロ・海賊対策といった、海上の船の航行を安全に保つための対策は、日本にとって国家の存立・繁栄に直接結びつく課題です。加えて、海上の安全は、地域の経済発展を図る上でも極めて重要なものです。

近年、アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾では、海賊事案が多発しています。国際社会全体による取組は一定の成果を上げ、乗っ取り率は低下する傾向にあるものの、海賊による攻撃の発生件数は年間237件(2011年)に達するなど依然として高い水準にあります。発生海域もソマリア沖・アデン湾からインド洋西部全体に拡大し、船の航行の安全にとって大きな脅威となっています。

こうした脅威に対し、日本は2009年6月に成立した「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」(海賊対処法)に基づき、海上自衛隊の護衛艦2隻およびP-3C哨戒機(しょうかいき)2機をソマリア沖・アデン湾に派遣し、海賊対処行動を実施しています。また、海賊行為があった場合の逮捕、取調べ等の司法警察活動を行うため、日本の海上保安官が護衛艦に同乗しています。

ソマリア海賊の問題を解決するには、こうした海上での護衛活動に加え、沿岸国の海上取締り能力の向上や、海賊活動拡大の背景にあるソマリア情勢の安定化に向けた多層的な取組が必要です。これらの取組の一環として日本は、国際海事機関(IMO)が推進しているジブチ行動指針(ソマリアとその周辺国の海上保安能力を強化するための地域枠組み)の実施のためにIMOに1,460万ドルを拠出し、IMOはこれを元に信託基金を創設しました。この基金により、イエメン、ケニアおよびタンザニアの海賊対策のための情報共有センターの整備・運営支援を行うとともに、ジブチに訓練センターを設立中です。現在IMOにより、ソマリア周辺国の海上保安能力を向上させるための訓練プログラムが実施されています。

また、日本はソマリアおよびその周辺国における、海賊容疑者の訴追とその取締り能力向上支援のための国際信託基金に対し累計350万ドルを拠出し、海賊の再発防止に努める国際社会を支援しています。ほかにも海上保安庁の協力の下で、ソマリア周辺国の海上保安機関職員を招き、「海上犯罪取締り研修」を実施しています。さらに、ソマリアにおいて和平が実現するように2007年以降、ソマリア国内の治安の強化、および人道支援・インフラ整備のために約2億2,910万ドルの支援も実施しました。

用語解説

資金洗浄(マネーロンダリング)
犯罪行為によって得た資金をあたかも合法な資産であるかのように装ったり、資金を隠したりすること。例)麻薬の密売人が麻薬密売代金を偽名で開設した銀行口座に隠す行為。

●ヨルダン

「空港治安対策強化計画」
テロ対策等治安無償(2009年8月~実施中)

ヨルダンは、周りをイラク、イスラエル、パレスチナ、シリア、サウジアラビアに囲まれ、周辺諸国の情勢に影響を受けやすい状況にあります。現在、ヨルダンは、中東諸国において比較的治安が安定していますが、過去には、周辺諸国から不法に武器が持ち込まれ、ヨルダン国内でテロが発生したとされる事件も起こっています。また、ヨルダンでは観光業が主な産業の一つですが、観光業の発展のためには治安の維持が欠かせません。ヨルダンの玄関口である首都アンマンの国際空港は、旅客数は年間約540万人、貨物量は年間8.3万トン(いずれも2010年実績)を誇る中東諸国の拠点(ハブ)空港です。これまで、保安機材の不足から、空港区域に入る旅客および貨物に対する検査が、目視検査とランダムな開梱(かいこん)検査に頼らざるを得ない状況でした。また、貨物検査に長い時間がかかっていたため、円滑な物流を阻害していました。このような状況を解決するため、日本は無償資金協力によりX線検査装置や爆発物検査装置等の機材を整備することを決定しました。最も有効な治安対策の一つは「水際で防ぐこと」ですが、日本の支援により、同空港の保安体制が強化され、テロ行為を未然に防ぐとともに、これまで平均2時間かかっていたコンテナの検査が数分に短縮されることで、物流の促進にも貢献しています。

(2012年12月時点)
X線検査装置を建設(写真:JICA)

X線検査装置を建設(写真:JICA)


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