HIV/エイズ、結核、マラリアなどの感染症は、個人の健康のみならず、開発途上国の経済社会発展に影響を与える深刻な問題です。HIV/エイズと結核に同時に感染する重複感染や、従来の薬が治療効果を持たない多剤耐性・超多剤耐性の結核などの発生で、より深刻さを増していることも大きな問題です。また、新型インフルエンザや結核、マラリアなどの新興・再興感染症*への対策や最終段階にあるポリオ根絶に向けた取組を強化することも引き続き国際的な課題です。
さらに、シャーガス病、フィラリア症、住血吸虫症などの「顧みられない熱帯病」*には、世界全体で約10億人が感染しており、(注8)開発途上国に多大な社会的・経済的損失を与えています。感染症は国境を越えて影響を与えることから、国際社会が一丸となって対応する必要があり、日本も関係国や国際機関と密接に連携して対策に取り組んでいます。
< 日本の取組 >
●三大感染症(HIV/エイズ、結核、マラリア)
日本は「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)」を通じた支援に力を入れています。世界基金は2000年G8九州・沖縄サミットで、感染症の対策を初めて議論したのをきっかけに設立された、三大感染症対策の資金を提供する機関です。日本は同基金の生みの親として、2002年の設立時から資金支援を行ってきました。2010年9月のミレニアム開発目標(MDGs)国連首脳会合において、日本は世界基金に対して当面最大8億ドルを拠出することを表明し、さらに世界基金設立10周年を迎えた2012年1月には、ダボス会議(スイスのダボスで開催される世界経済フォーラム)において、世界基金に対する支援を引き続き行うことを改めて表明しました。日本は世界基金設立から2012年7月までに約16億ドルを拠出しました。この支援により、これまでに救われた命は650万人以上と推計されています。また、世界基金の支援を受けている開発途上国において、三大感染症への対策が効果的に実施されるよう、二国間支援でも補完できるようにしています。保健システムの強化や母子保健のための施策とも相互に連携を強めるよう努力しています。
二国間援助を通じたHIV/エイズ対策として、日本は新規感染予防のための知識を広め、啓発・検査・カウンセリングを普及し、HIV/エイズ治療薬の配布システムを強化する支援などを行っています。特に予防についてより多くの人に知識や理解を広めることや、感染者・患者のケア・サポートなどには、アフリカを中心に「エイズ対策隊員」と呼ばれる青年海外協力隊が精力的に取り組んでいます。
結核に関しては、「ストップ結核世界計画2006-2015年」(注9)に基づき、世界保健機関(WHO)が指定する結核対策を重点的に進める国や、蔓延(まんえん)状況が深刻な国に対して、感染の予防、早期の発見、診断と治療の継続といった一連の結核対策、さらにHIV/エイズと結核の重複感染への対策を促進してきました。2008年7月に外務省と厚生労働省は、JICA、財団法人結核予防会、ストップ結核パートナーシップ日本と共に「ストップ結核ジャパンアクションプラン」を発表し、日本が自国の結核対策で培った経験や技術を活かし、官民が連携して、世界の年間結核死者数の1割(2006年の基準で16万人)を救済することを目標に、開発途上国、特にアジアおよびアフリカに対する年間結核死者数の削減に取り組んできました。2010年にWHOが「ストップ結核世界計画2011-2015年」として改訂したことに合わせ、2011年に「ストップ結核ジャパンアクションプラン」を改訂し、新たな国際保健政策の下で、引き続き国際的な結核対策に取り組んでいくことを確認しました。
乳幼児が死亡する主な原因の一つであるマラリアについては、地域コミュニティの強化を通じたマラリア対策への取組を支援したり、国連児童基金(UNICEF(ユニセフ))との協力による支援を行っています。
殺虫剤に浸した蚊帳は、マラリア予防の有効な手段の一つ。供与された蚊帳を設置するニジェールの人々(写真:JICA)
注8 : (出典)WHO “10 facts on neglected tropical diseases” http://www.who.int/features/factfiles/neglected_tropical_diseases/en/index.html
注9 : ストップ結核世界計画 Global Plan to Stop TB 2006-2015
●ポリオ
日本は、根絶に向けて最終段階を迎えているポリオについて、ポリオ常在国(ポリオが過去に一度も撲滅されたことのない国で、かつ感染が継続している国)であるナイジェリア、アフガニスタン、パキスタンの3か国を中心に、主にUNICEFと連携してポリオ撲滅計画等を支援しています。また、パキスタンでは、2011年8月に民間のゲイツ財団と連携して、約50億円に及ぶ円借款を通じ、全国の5歳未満の子どもたち約3,200万人に対するポリオ・ワクチン接種活動を支援しています。さらに、2011年の10月には、ゲイツ財団等と協力して、世界ポリオ・デー関連イベントを東京で開催しました。
●顧みられない熱帯病
日本は、1991年から、世界に先駆けて「貧困の病」ともいわれる中米諸国のシャーガス病対策に本格的に取り組み、媒介虫対策の体制を確立する支援を行い、感染リスクを減少することに貢献しています。フィラリア症についても、駆虫剤を供与し、多くの人に知識・理解を持ってもらうための啓発教材を供与しています。また、青年海外協力隊による啓発予防活動などを行い、新規患者数の減少や病気の流行が止まった状態の維持を目指しています。
●予防接種
予防接種は感染症疾患に対して、安価で効果的な手段であることが証明されており、毎年200万~300万人以上の命を予防接種によって救うことができると見積もられています。(注10)開発途上国の予防接種率を向上させることを目的として2000年に設立されたGAVIアライアンス*に対して、日本は2011年に初の拠出となる930万ドルの支援を行いました。GAVIを通じた支援により、2011年までに救われた命は591万人と推計されており、さらにMDGs達成期限である2015年までに約400万人の命を救うことができると見積もられています。
現地のスタッフに喀痰(かくたん)塗抹検査の指導をする日本人専門家(写真:JICA)
時には戸別訪問をして、マラリア予防のために蚊帳の使用と修理方法などを伝える啓発活動を行うブルキナファソの青年海外協力隊(写真:飯塚明夫/JICA)
用語解説
注10 : (出典)WHO “Health topics Immunization” http://www.who.int/topics/immunization/en
●ミャンマー
「主要感染症対策プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2005年1月~2012年1月/2012年3月~実施中)
ミャンマーでは、マラリア、結核が死因の第1位、2位となっており、HIV/エイズについても感染者は33万人を超え、これら3つの感染症への対策が差し迫った課題となっています。このプロジェクトではミャンマーの医療・行政関係者の能力向上を支援し、これら疾病の感染防止対策に貢献しています。結核については、患者発見および治療活動、検査技師指導、住民参加型の保健教育活動、民間病院、薬局やコミュニティとの連携促進を行っています。マラリアについては、コミュニティベースでのマラリア対策の実施(早期診断・迅速治療)や、マラリアの主要な治療薬への耐性を持ったマラリアの封じ込め支援、蚊帳や診断キットの供与、治療薬の普及に貢献しています。HIV/エイズについては、血液検査に関する技術指導や、献血者などへの啓発活動、その他の性感染症を含む検査能力等の向上やデータ管理および分析能力の改善に努めています。
また、ミャンマーでは、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)による支援が2005年に一旦停止したため(2011年から再開)、マラリア対策の医薬品を効率的に供給することができなくなりました。そのため、日本は上記のプロジェクトを通して培ってきた知識・経験や、医薬品の供給を円滑に行うための管理システムを世界基金による実施事業に提供する形で協力しています。このように世界基金との連携により、ミャンマーでの感染症対策がさらに効果を上げることが期待されます。
(2012年12月時点)ゾウに乗せて、マラリア対策の蚊帳を僻地に届ける(写真:JICA)
●ニカラグア
「シャーガス病対策プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2009年9月~実施中)
シャーガス病は中南米特有の寄生虫症で、感染経路にはサシガメという吸血性カメムシ(昆虫)が媒介して人間に感染する媒介虫感染、輸血などによる血液感染、そして母親から胎児への母子感染があります。病気が進行すると治療法がなく、10~20年後には心臓疾患等で死に至ることもあります。中南米に広く分布しており(感染者数推定750万人以上)、ニカラグアでは総人口約587万人のうち、少なくとも5万人の感染者が存在すると推定されています。媒介虫のサシガメは土壁や藁葺(わらぶ)きでできた家屋に好んで生息するため、感染する恐れのある人の多くがそのような家屋に居住する貧困層となっています。
本プロジェクトは、これまでグアテマラやホンジュラスなど中米の国々で培ってきた知識・経験を活用し、ニカラグア北部5県において、媒介虫による感染を持続的に制御することを目標として、(1)サシガメの生息状況を把握するための調査能力(血液検査・昆虫学的調査)、(2)サシガメの家屋内での繁殖を防止するための殺虫剤散布の運営管理能力、(3)サシガメを発見したら保健所に連絡するなど、住民と行政が連携したシャーガス病監視システムの運営管理能力、(4)サシガメが潜む環境を家屋内外からなくすための住居・衛生環境の改善などの技術指導や啓発活動を通じて、住民のシャーガス病予防能力、の4つの能力の強化を中心とした支援を実施しています。
(2012年12月時点)シャーガス病対策について話し合うメンバー(写真:JICA)