(2)保健医療・福祉、人口

開発途上国に住む人々の多くは、先進国であれば日常的に受けられる基礎的な保健医療サービスを受けることができません。また、予防接種制度や衛生環境などが整備されていないため、感染症や栄養不良、下痢などにより、年間690万人以上の5歳未満の子どもが命を落としています。(注2)さらに、助産師など専門技能を持つ者による緊急産科医療が受けられないなどの理由により、年間28万人以上の妊産婦が命を落としています。(注3

その一方で、世界の人口は増加の一途をたどっており、「世界人口推計2010年度版」では、2011年10月31日には70億人を突破し、2050年には93億人に達するとの推計が示されました。一般的に人口増加率は開発途上国の中でも貧しい国ほど高く、一層の貧困や失業、飢餓、教育の遅れ、環境悪化などにつながります。

このような問題を解決する観点からも、人口問題に大きな影響を与え得る母子保健、家族計画を含むリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)やHIV/エイズへの対策が急務となっています。

また、人口増加とともに、人口の高齢化や慢性的な健康不良状態の増加により、10億人以上の人々が何らかの障害を抱えて生活していると推定されています。(注4) その多くが開発途上地域に暮らしているといわれており、教育、雇用など経済・社会的機会から疎外され、さらに貧困率が高くなっています。障害者の社会参加、自立のためには貧困削減が重要です。

< 日本の取組 >

保健医療

日本は従来、人間の安全保障に結びつく地球規模課題として保健医療分野での取組を重視し、保健システムの強化などに関する国際社会の議論をリードしてきました。具体的には、2000年のG8九州・沖縄サミットにてサミット史上初めて、感染症を主要議題の一つとして取り上げ、これがきっかけとなって2002年には「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)」が設立されました。

2005年にはミレニアム開発目標(MDGs)の保健関連の目標(目標4:乳幼児死亡率の削減、目標5:妊産婦の健康の改善、目標6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延(まんえん)の防止)の達成に貢献することを目指した「『保健と開発』に関するイニシアティブ」を打ち出しました。そして、2008年7月のG8北海道洞爺湖サミットでは、保健システムを強化することの重要性を訴え、G8としての合意をまとめた「国際保健に関する洞爺湖行動指針」を発表しました。また、2010年6月のG8ムスコカ・サミット(カナダ)では、MDGsの中でも達成が遅れている母子保健に対する支援を強化するムスコカ・イニシアティブの下、日本は母子保健分野で2011年から5年間で最大500億円規模、約5億ドル相当(2010年6月時点)の支援を追加的に行うことを発表しました。

セネガルの農村で子どもの身体を洗う母親(写真:玉井誠子

セネガルの農村で子どもの身体を洗う母親(写真:玉井誠子)

さらに、2010年9月のMDGs国連首脳会合では、日本は「国際保健政策2011-2015」を発表し、保健関連のMDGs達成に貢献するために、2011年から5年間で50億ドル(世界基金への当面最大8億ドルの拠出を含む)の支援を行うことを表明しました。新たな国際保健政策では、(1)母子保健、(2)三大感染症(HIV/エイズ・結核・マラリア)、(3)新型インフルエンザやポリオを含む公衆衛生上の緊急事態への対応を3本柱としています。特にMDGsの達成が遅れている母子保健分野については、EMBRACEモデルに基づいた支援を目指しています。日本はこの新政策の下で、これまでガーナ、セネガル、バングラデシュなどの国において、効率的支援を実施していくための戦略を策定してきました。その戦略は、国際機関などほかの開発パートナーとの間で相互に補完する連携を促進し、開発途上国が保健関連MDGsを達成していくための課題解決に照準を合わせたものです。また、支援の実施国において、国際機関などほかの開発パートナーと共に、43万人の妊産婦と、1,130万人の乳幼児の命を救うことを目指します。特に三大感染症対策については、世界基金に対する資金的な貢献と日本の二国間支援とを補う形で強化することで、効果的な支援を行い、ほかの開発パートナーと共に、エイズ死亡者を47万人、結核死亡者を99万人、マラリア死亡者を330万人削減することを目標に取り組んでいます。2010年のMDGs国連首脳会合に続く会合として2011年6月に開催されたMDGsフォローアップ会合では、保健分科会で保健関連MDGsおよび2015年以降の開発目標(ポストMDGs)も見据えた政策(保健システム、糖尿病・がんなどの非感染性疾患)について議論をし、成果をまとめた文書を発表しました。

カンボジアの国立母子保健センターにおける妊産婦への健康教育の様子(写真:高橋智史/JICA)

カンボジアの国立母子保健センターにおける妊産婦への健康教育の様子(写真:高橋智史/JICA)

用語解説

保健システム
行政・制度の整備、医療施設の改善、医薬品供給の適正化、正確な保健情報の把握と有効活用、財政管理と財源の確保とともに、これらの過程を動かす人材やサービスを提供する人材の育成・管理を含めた仕組みのこと。
三大感染症
HIV/エイズ、結核、マラリアを指す。これらによる世界での死者数は毎年約430万人に及ぶ。これらの感染症の蔓延(まんえん)は、社会や経済に与える影響が大きく、国家の開発を阻害する要因ともなるため、人間の安全保障の深刻な脅威であり、国際社会が一致して取り組むべき地球規模課題と位置付けられる。
EMBRACEモデル(Ensure Mothers and Babies Regular Access to Care)
妊産婦に対し、産前から産後まで切れ目のない手当てを確保するための支援。妊産婦の定期検診、機材と人材の整った病院での新生児の手当て、病院へのアクセス改善、ワクチン接種などが行われるよう国際社会と協力して支援を行う。

注2 : (出典)UNICEF, WHO, the World Bank and the UN “Levels and Trends in Child Mortality - Report 2012

注3 : (出典)WHO, UNICEF, UNFPA, and the World Bank “Trends in Maternal Mortality: 1990 to 2010”

注4 : (出典)WHO “WORLD REPORT ON DISABILITY” http://www.who.int/disabilities/world_report/2011/en/index.html


●バングラデシュ

(1)母性保護サービス強化プロジェクト 技術協力プロジェクト(2006年7月~2011年6月/2011年7月~実施中)
(2)母子保健改善計画 フェーズ1 有償資金協力(2012年1月~実施中)

バングラデシュでは、妊産婦健診受診率が低い、妊娠時の危険兆候発生時に適切な対応が行われない、助産技術を持った介助者による出産が少ないなどの理由により、妊産婦死亡率が高い状況にあります。このため、日本は2006年から「母性保護サービス強化プロジェクト」を通じて、青年海外協力隊とも連携し、妊産婦および新生児の健康改善に取り組んでいます。住民の組織化による妊産婦支援の体制づくり、地域の保健医療施設やサービスの改善を支援するとともに、地域のニーズを踏まえた行政が行われるよう、地方自治体を支援しています。支援対象県から名前をとったノルシンディ・モデル※により、コミュニティ・医療施設・行政との連携体制が構築され、妊産婦と新生児が効果的に守られるようになり、対象県では妊産婦健診受診、公的施設での出産、緊急産科ケアの利用率が大幅に増加しました。

こうした取組はバングラデシュ政府からも高く評価され、2011年から開始した政府の新たな5か年の保健医療分野の計画(保健・人口・栄養セクター開発プログラム)にも取り入れられました。バングラデシュの全土において母子保健の状況を改善することを目的として、自治体や医療機関の関係者への研修や、病院・診療所等の施設・機材の整備などに必要な資金を円借款の形で提供し、バングラデシュ政府の全国的な取組を支援しています。

(2012年12月時点)

※ノルシンディ・モデル : (1)出産、緊急時に備えた、コミュニティにおける住民の組織化による妊産婦支援体制の確立、(2)公的医療機関におけるサービスの質の改善、(3)コミュニティのニーズと医療機関によるサービスを地方行政が調整する体制の構築を行うもの

緊急産科ケアのサービスが提供できるよう病院スタッフへの研修も行われている(写真:JICA)

緊急産科ケアのサービスが提供できるよう病院スタッフへの研修も行われている
(写真:JICA)

●パレスチナ

母子保健に焦点を当てたリプロダクティブヘルス向上プロジェクトフェーズ2
技術協力プロジェクト(2008年11月~2012年11月)

パレスチナ自治区では、1993年9月のオスロ合意に基づき、暫定自治が始まりましたが、現在でもイスラエルによる経済封鎖、入植地の拡大、分離壁や検問所、外出禁止令などの占領政策により移動が制限されていて、人々の生活に大きな影響を与えています。特に、母子保健分野においては、パレスチナ自治政府保健庁の運営する診療所・病院に加えて、暫定自治以前から活動している国連機関やNGOが運営する診療所があり、移動制限や経済的な事情などから、妊婦健診や出産、産後ケア、子どもの予防接種に至るまで、その都度の状況によって、多くの女性が複数の医療機関で受診しています。

こうしたパレスチナ特有の状況を改善する一つの手段として、日本は日本生まれの母子健康手帳をパレスチナ自治区で普及させることに2005年から着手し、それを用いる現地の医師や看護師などの能力を強化するための支援をあわせて行っています。保健庁、国連機関、NGOとの協働により、2008年からはヨルダン川西岸地域で、また、2009年からはガザ地域で母子健康手帳の本格的な配布が開始されました。2010年時点で既にヨルダン川西岸地域においては9割、治安上の理由で日本の専門家が直接活動できなかったガザ地域でも6割以上の女性が手帳を受け取っており、また、国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA※)を通じて、ヨルダンやシリア在住のパレスチナ難民の母子にもその活用が広まっています。妊娠・出産や産後の健康状態、通院履歴や子どもの成長の記録が記されている母子健康手帳を持っていれば、域内のどの診療所でも適切な診療が得られます。また、両親やその家族が手帳から妊娠・出産・育児に関する正しい知識を得られることから、利用者の高い評価を受けています。

※ UNRWA:United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East

ベドウィン(遊牧民)世帯への家庭訪問による啓発活動(写真:JICA)

ベドウィン(遊牧民)世帯への家庭訪問による啓発活動(写真:JICA)

障害者支援

日本はODA大綱において、ODA政策の立案および実施に当たり、障害のある人を含めた社会的弱者の状況に配慮することとしています。障害者施策は福祉、保健・医療、教育、雇用等の多くの分野にわたっており、日本はこれらの分野で積み重ねてきた技術・経験などをODAやNGOの活動などを通じて開発途上国の障害者施策に役立てています。たとえば、鉄道建設、空港建設においてバリアフリー化を図った設計を行ったり、障害のある人のためのリハビリテーション施設や職業訓練施設整備、移動用ミニバスの供与を行ったりするなど、現地の様々なニーズにきめ細かく対応しています。

また、開発途上国の障害者支援に携わる組織や人材の能力向上を図るために、JICAを通じて、開発途上国からの研修員の受入れや、理学・作業療法士やソーシャルワーカーをはじめとした専門家、青年海外協力隊の派遣などの幅広い技術協力も行っているところです。

ブルキナファソでろうあ者の女性たちに手話を交えながら裁縫技術を教える青年海外協力隊員(写真:飯塚明夫/JICA)

ブルキナファソでろうあ者の女性たちに手話を交えながら裁縫技術を教える青年海外協力隊員(写真:飯塚明夫/JICA)

セルビアにて、車椅子対応型車両の前で、引渡式が行われた(写真:片倉葉子/在セルビア日本大使館)

セルビアにて、車椅子対応型車両の前で、引渡式が行われた(写真:片倉葉子/在セルビア日本大使館)

●コロンビア

地雷被災者を中心とした障害者総合リハビリテーション体制強化プロジェクト
技術協力プロジェクト(2008年8月~2012年8月)

コロンビアでは、40年にわたる非合法武装ゲリラと政府軍との国内紛争によって、多くの地雷が埋められており、民間人の地雷被災も多く発生しています。被害の多くは農村部貧困地域で発生するため、被災者の医療施設への交通の便が悪く、感染により損傷が拡大すること、また、病院においては総合的リハビリテーションの質が決して高くないなどの問題があります。

このプロジェクトは、地雷被災者が国内でも多いアンティオキア県とバジェ県の計4つの医療施設において、リハビリテーションに従事する専門家の能力強化を支援するとともに、地雷被災直後の感染症などの二次障害を予防するため、医療施設で診察を受ける前の応急手当てのレベル改善や、障害者の社会参加を促進するための取組を行いました。その結果、被災した際の応急措置、救援ルート、医療施設での治療、その後の社会生活への復帰までの一貫したリハビリテーションの質が改善しました。また、障害者の社会復帰・社会参加に向けた権利が広く知られるようになったことで、障害者自身の意識の向上だけでなく、地域コミュニティ全体の障害者に対する意識も大きく変化しました。

日本人専門家が大学病院でのリハビリの様子を視察(写真:JICA)

日本人専門家が大学病院でのリハビリの様子を視察(写真:JICA)


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