第5節 国民全員参加型の途上国支援-援助の新たな担い手たち

今日、国際社会が直面する開発分野の課題は多様です。貧困が依然として大きな課題である一方で、感染症、気候変動、食料・燃料価格の高騰など、私たちが開発途上国と共に取り組まねばならない地球規模の課題はますます増えています。効果的な国際協力のためには、中央政府だけでなく、地方自治体、NGO、民間企業、大学などとも協力して取り組む必要があります。青年海外協力隊をはじめとするJICAボランティア事業を通じて援助活動にかかわる人たちが多数活躍しています。また、開発コンサルタントや援助実施企業など、ODAを支える数多くの援助関係者が生活条件の厳しい途上国の任地で地道で重要な活動を行っていることも忘れることはできません。さらに、地方自治体やNGOも援助の重要な担い手です。こうした援助にかかわる多くの担い手の間で、これまで以上に相互の連携強化が必要とされています。政府が実施するODAは、こうしたパートナーの参加を促し、その専門知識や資金力を課題の解決に活用するなど、相乗効果を生み出すことが期待されています。ここでは、企業やNGOがそれぞれの得意分野を活かして手を携え、政府と共に途上国支援を行った、最近の具体例をいくつか紹介します。

はじめに挙げるのは、ODAと企業の組合せです。テルモ株式会社と行った研修事業は、医療分野における初の官民連携の事例になりました。

メキシコ人医師の研修における官民連携

2011年9月、テルモ(株)とJICAは共同でメキシコから医師5名を日本へ招聘(しょうへい)し、湘南鎌倉総合病院の協力を得て、手首からカテーテル(体内に挿入し医療上の検査や治療を行うために用いる中空で柔らかい管)を挿入する心臓カテーテル術の研修を実施しました。メキシコでは、虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)(動脈硬化などによる冠動脈の閉塞(へいそく)や狭窄(きょうさく)で心筋への血流が阻害され、心臓に障害の起こる疾患。一般にいう心筋梗塞や狭心症など)が死因の第2位であり、相当数の患者がいるにもかかわらず、心臓カテーテル技術を有する医師が不足しています。また、技術を有する場合でも脚の付け根からカテーテルを挿入する方法が一般的です。この研修の目的は、メキシコの医師に手首から挿入する最新の技術を習得させ、その効果として、低コストの上、より安全で患者への負担の少ない最新のカテーテル治療の普及を通じて、医療費を削減し、医療水準を向上させることでした。また、中米諸国での技術波及効果やメキシコ政府が推進する「医療ツーリズム」(医療を受ける目的で他の国へ渡航すること)の促進による経済的効果も期待されています。研修に先立って、テルモ(株)はメキシコで情報収集や調整、研修施設や研修に必要な用具の提供、日本人講師との調整などを行いました。一方でJICAは、研修の受入れ手続き、研修のモニタリング・評価などを行いました。

研修現場のメキシコ人医師たち

研修現場のメキシコ人医師たち

用語解説
心臓カテーテル術
具体的には、経橈骨動脈(けいとうこつどうみゃく)冠動脈カテーテル術。手首の大きな血管からカテーテルを挿入して、細くなったり閉塞したりしている心臓の血管を広げる方法

技術研修員の受入れや専門家派遣を通じて、地方自治体は既に国際協力の重要な担い手となっています。

地方自治体との連携

外務省は、新興国・途上国が様々な都市問題に対応するのを支援し、同時に日本企業のビジネスチャンス拡大にも貢献するため、日本の地方自治体との連携を強化しています。新興国・途上国では急激な経済成長や都市化の結果、エネルギー・水の不足、渋滞、公害、廃棄物等様々な都市問題が発生しています。日本の地方自治体は高度成長期やそれ以降に類似の課題を克服した豊富な経験があり、新興国・途上国にとって有益な知識や経験、技術を数多く蓄積しています。北九州市や横浜市をはじめとする地方自治体は、自治体レベルの交流を通じて新興国・途上国を支援する取組を進めています。たとえば、北九州市によるインドネシア・スラバヤ市とのエネルギー分野での協力、カンボジア、ベトナムとの水分野での協力のほか、横浜市によるフィリピン・セブとの水分野での協力といった様々な挑戦が進められています。

国全体として、こうした地方自治体の挑戦を支援していますが、外務省も新興国・途上国の都市問題解決をODAにより支援する際に国内の自治体の技術・ノウハウ等を積極的に活用しています。日本の自治体と連携して、新興国・途上国の都市開発計画を策定する、自治体の能力向上を図る、電力、交通、水等のニーズに関する基礎情報収集を行う等のODA事業を一層進めていきます。こうした事業は自治体の持つ知識・経験・ノウハウを途上国に伝えることを通じて、途上国の発展に大いに役立っています。同時に、事業の結果、日本の優れた都市環境インフラに対するニーズが掘り起こされ、将来的には、日本企業の海外展開が一層円滑となることが期待されます。また、平成24年度補正予算案では新たに、地方自治体や地場企業が強みを持つ産業(水ビジネス等)について、地方自治体の要望を踏まえた地域主導の技術協力を実施するため、「地方自治体提案型の草の根技術協力(地域活性化特別枠)」が盛り込まれました。自治体が主体となった技術協力事業を全面的に支援することで、地場企業等の国際展開を推進する地方自治体の取組を積極的に後押しし、地域活性化を図ります。

カンボジア・シエムレアプの浄水場で、現地職員を指導する北九州市水道局の職員(写真:共同通信社)

カンボジア・シエムレアプの浄水場で、現地職員を指導する北九州市水道局の職員(写真:共同通信社)

機動力に優れたNGOとは、様々な分野での連携を行っています。緊急援助はその中の重要な一分野です。

緊急人道支援におけるNGOとの連携

政府、経済界と連携して緊急人道支援を行うNGOとして、ジャパン・プラットフォーム(JPF)があります。JPFは自然災害や紛争が起こった際に、効果的で迅速な支援を行うために政府、経済界、NGOの三者により設立された組織であり、政府資金と民間企業からの種々のサポートにより、緊急人道支援事業を円滑に実施することを目的にしています。たとえば2010年に発生したハイチ地震の際には、民間企業から提供されたショベルローダー、毛布、懐中電灯、マスク、Tシャツ、サンダルなどが被災者支援に活用されました。最近では、水害被害が発生したパキスタンや東南アジア、難民・国内避難民の帰還が始まった南スーダン、長年の紛争地域であるアフガニスタン、干ばつ被害を受けた「アフリカの角(つの)」地域などにおいて、救援物資の配布や水・衛生分野での協力、帰還支援などを行っています。

干ばつに見舞われたアフリカの角地域に対し支援活動を行うJPFメンバー(写真:ジャパン・プラットフォーム)

干ばつに見舞われたアフリカの角地域に対し支援活動を行うJPFメンバー(写真:ジャパン・プラットフォーム)

独自の知識や経験、技術を持ったNGOとは、その専門性を活かした分野で協力しています。

日本発の技術を活用するNGOとの連携

NPO法人である道普請人(みちぶしんびと)は、農道の整備という途上国の農村住民にとって重要な問題を現地に適した方法で解決するための支援を行っています。ケニアでは、2011年度の日本NGO連携無償資金協力を活用して、「土のう」工法を用いた農道整備事業を実施し、農民組織の持続的な活性化にも役立っています。この事業では、雨季に道路状態が悪化して農産物の出荷ができない農村部の農民組織に対し、「土のう」工法を使った道直しの技術を移転し、農村部の人々の暮らしの改善に取り組みました。「土のう」(長さ40cm・幅40cm・高さ10cmの袋に土を詰めたもの)を道路の基礎に敷くこの工法は23トンの重量にも耐えられる道路補修を目指しています。工事は専ら人力によります。施工方法が単純なので農民が自らの手で行うことができ、維持管理も容易です。補修も自分たちの力だけでできます。また、現地で調達可能な安価な材料(中古の穀物袋など)を用いることでコストもそれほどかかりません。日本発の「土のう」工法による農村道路整備として、途上国の人々が自分たちの手で社会開発を容易に進められる点で、国連機関などからも注目されています。

道普請人の工法による土のう補修は現地住民自らが容易に行うことができる(ケニアのリフトバレー州で)(写真:道普請人)

道普請人の工法による土のう補修は現地住民自らが容易に行うことができる(ケニアのリフトバレー州で)(写真:道普請人)

開発援助において、市民社会の代表格であるNGOの果たす役割は、ますます大きなものになっています。人間の安全保障の実現やミレニアム開発目標(MDGs)の達成のためには、途上国の行政機関を通じた協力のみならず、現地の住民やコミュニティに直接働きかける支援も必要とされ、その点でNGOは多大な経験と知識を持っているからです。NGOによる援助は、(1)現地の事情に精通し、きめ細かい活動ができる、(2)政府等による援助の届きにくいニーズに対応した支援ができる、(3)地域コミュニティに入り込み、住民との間に友情と信頼を通じて人と人との絆を強固なものにすることができる、などという特徴があります。さらに、現地住民を直接参加させる形で案件を形成することができ、しかも比較的低コストで事業を実施できるという強みもあります。日本のNGOは、欧米の有力NGOに比べて、組織力や体制が弱く、また、資金面でも決して潤沢とはいえませんが、政府としてもNGOに対して、また、NGOが行う活動に対して支援を行うことでより効果的な国際協力を実現するよう努めていくこととしています。


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