援助により促される成長は経済成長のみではありません。人づくりを通じた能力面での成長は、国づくりに必要とされる人材を育みます。開発の担い手たる優れた人材を得てはじめて途上国自らが国家を支え発展させていくことを可能にします。日本のODAを通じた人づくりのための協力は、世界の多くの地域において、国づくりの基礎を形づくるために必要な、農業、保健・医療、教育、職業訓練をはじめとする様々な分野で行われてきました。そして、こうした支援は日本への信頼の強化に大いに貢献してきました。
また、人と人がふれあう中で行われる人づくり協力は、能力育成面での効果に加えて、交流を通じて友好親善と相互理解を深めることにも役立っています。
いくつか具体的な事例を挙げて、人づくり支援の実際を紹介します。最初は、ケニアで始まり、アフリカ全体に広がった教育分野の事例です。
●アフリカ理数科教育域内連携ネットワーク
アフリカでは産業発展に必要な科学的知識、技術を持った人材の育成が急務となっていますが、子どもたちの理数科の学力は低く、教師の指導力不足が大きな課題です。日本は、ケニア教育省と協力して1998年から10年間「中等理数科教育強化計画」を実施し、ケニアの中等理数科教師約2万人に対して研修を行いました。これまでの15年に及ぶ協力の成果として、教師が生徒の学びのプロセスを考慮せずに一方的に授業を進める、それまでの教師中心の授業方式から、教師の創意工夫を促すことで生徒が主体的、積極的に参加できる授業への変革が実現し、さらに生徒の学習意欲の向上や理系科目の選択者数の増加などが見られるようになりました。また、ケニアで始まったこの取組を、同様の課題を抱える他のアフリカ諸国にも普及させてほしいとの要請を受けて、2001年にはアフリカ理数科教育域内連携ネットワーク(SMASE-WECSA)が設立されました。ケニアは、SMASE-WECSA*を通じて、他のアフリカ諸国に対して理数科教員研修制度構築に関する研修や技術支援を実施しています。2003年から2012年の間にケニアにおける研修に参加した研修員は30か国約1,500名に上っています。この研修員一人ひとりが自国に戻って自国の多数の理数科教師に対する研修を行うことが期待されています。
研修に取り組むアフリカ各国から参加した教師たち。参加教師は帰国して今度は自国の教師に教える立場で研修を行う(写真:JICA)
人づくりの現場は学校に限りません。ウズベキスタンでは、日本の顔の見える援助、日本との人脈形成の拠点として設置された日本センター*で、ビジネスマンを対象に人材育成を行っています。
●ウズベキスタン日本人材開発センター
ウズベキスタンは1991年に旧ソビエト連邦から独立し、社会主義経済から市場経済への移行を始めましたが、経済改革はなかなか進みませんでした。2000年、日本はウズベキスタンの市場経済化を担う人材育成、日本とウズベキスタンの相互理解促進を目的に、ウズベキスタン日本人材開発センターをスタートさせました。センターでは、若手ビジネスマンを対象にしたビジネスコース事業を通じてビジネス人材の指導育成を行っており、「5S」(整理、整頓、清掃、清潔、躾(しつけ)のこと。日本の製造、サービス業などの職場環境の維持改善に関して用いられる標語)や「カイゼン」(日本の製造業の生産現場で作業者が中心となって行う、質的向上を目指した作業の見直し活動のこと)など日本のビジネス経験を伝えています。これまでに約5,400名(2012年7月末現在)がコースを修了しました。卒業生の半数以上が、中小企業のトップや中間管理職であり、ビジネスコースは実践的なビジネススキルを学ぶことができるとの評価を受け、受講には2〜3倍の競争率になるほどの人気を得ています。また、一定水準の成績と出席がなければ修了証を発行しないことも評判を高める一因となっています。現在、日本センターの自立化に向けて、現地講師の育成などの協力を行っており、2012年2月には、近隣のカザフスタン、キルギスの日本センターと合同で、3か国の現地講師19名を対象に日本において研修を実施しました。研修では、電機、製薬などの製造業のほか、商社や外食、流通・小売りなど様々な日本企業を訪問し、人材育成管理や経営戦略、マーケティング手法など、日本企業の実践事例を学びました。日本式経営の実例に数多くふれてもらうことで、日本センターでの講義に役立ててもらおうという狙いです。
ウズベキスタン日本人材開発センター(写真:JICA)
ウズベキスタン日本センターのコースの成績優秀者が千葉県の日本企業を視察した(写真:JICA)
科学技術に強い日本の強みを活かした事業が、次のASEAN工学系高等教育ネットワークです。地域全体の教育交流により教員を育成し、共同研究のネットワークをつくろうというものです。
●ASEAN工学系高等教育ネットワーク
ASEAN工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-NET)を一言でいえば、ASEAN10か国(注2)の19大学と日本の11大学が共同で工学系教員の資格向上と大学間のネットワーク強化を目指すもの、といえます。この目的に向けて、ASEAN側400名、日本側200名の大学教授たちがかかわり、人的なネットワークをつくっています。
AUN/SEED-NET始まりのきっかけは、1997年にタイをはじめとするASEAN諸国を襲った経済危機でした。経済危機の背景には産業の脆(もろ)さがあるとされ、とりわけ産業人材の質・数をともに向上させる必要性が認識されました。そこで、ASEAN諸国への企業進出が最も多い日本が、その産業人材育成に協力することとなったのです。日本はASEAN10か国との間でそのための協定を結びました。
優れた産業人材育成のためには優れた教員が不可欠です。教員のレベルが高くなければ良い人材は育ちません。大学教員のレベルを引き上げる目的で、教員の修士号、博士号取得のための留学を支援することがこの協力の狙いの一つです。これまでにこのプログラムを通じて修士号や博士号を取得する機会を得た教員は、延べ796名(修士496名、博士300名。2012年2月時点)に上り、学位を取得した教員の大半が勤務していた大学に戻り教壇に立っています。
タイ・チュラロンコン大学で学位を取得した若手教員(写真:JICA)
AUN/SEED-NETではASEANの学生が共に学んでいる(写真:JICA)
注2 : ASEAN諸国:ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム