援助の現場から 16
貧困層でも買える冷蔵庫、インド発のチョットクール
~ 製造業のリーダーを育成 ~
プロジェクトのマーク入りのシャツを手にする司馬さん。仏陀の「第三の眼」がデザイン化されている(写真:JICA)
急速な経済発展を遂げているインドですが、国内総生産に占める製造業の割合は伸び悩んでいます。雇用吸収力の高い製造業の拡大とそのための質の高い経営幹部クラスの人材育成はインドにとって急務の課題です。危機感を持ったインド政府は「製造業の競争力強化」を重点政策とし、日本に対し支援を求めました。そして2006年の日インド両首脳の合意に基づく両国の共同国家プロジェクトとして「製造業経営幹部育成支援プロジェクト(VLFMプログラム※1)を立ち上げました。インド初の産官学連携事業で、いわば製造業の変革を担うリーダー育成のためのビジネススクールです。その開始に当たりインド政府から要請を受けたJICAは、2007年筑波大学名誉教授の司馬正次(しばしょうじ)さんをチーフアドバイザーに迎え、技術協力「製造業経営幹部育成支援プログラム」をスタートさせました。
司馬さんは米国のマサチューセッツ工科大学で経営学を研究、指導してきました。激動する社会状況のなかで画期的なビジネスを創出するブレイクスルー・マネジメントの分野では世界的な権威です。「プロジェクトが始まるずっと以前からインドの関係者が何度も私を訪ねてきて、説得されました。彼らの国を思う心には胸を打たれました。」
プログラムでは日本的なモノづくりの神髄を教える中で、生産や開発などの現場において、困難な局面を打開したり、イノベーションを実現できる人材を育てるのを目的にしています。そのためには、現場に飛び込み自らが体験することで初めて学ぶことができるというのが司馬さんの考え方です。これを「金魚について知りたければ、金魚鉢に飛び込め」という表現を使い、意識の変革を促しました。「VLFMは学ぶ環境を提供するだけです。インドの人が自ら飛び込み、泳ぎ、自分の目で確かめ、何を学んだのかを自問自答する。そうすれば、新しい金魚鉢が見えてくる。人間の真の学びはここにあります。」
「チョットクール」を説明するゴドレジ社のサンドラマン副社長(写真:JICA)
受講者のひとり、インドの大手企業「ゴドレジ社」で副社長を務めるG・サンドラマンさんは「VLFMを受講したことで、視点を変えることを学びました。私利私欲を捨て、崇高な気持ちで社会に貢献することを目指す」ことを学んだといいます。
インドでは、10億人を超える人々が貧困層(BOP層※2)に属していますが、冷蔵庫は価格が高すぎて利用できていません。ゴドレジ社では、VLFMプログラムでの学びを実践した商品「チョットクール」を開発しました。これは、容量43リットルの小型冷蔵庫です。庫内は摂氏5度から15度に維持できるので、家庭で飲み物を冷たくしたり、野菜を傷めずに保存でき、生活費を節約できます。個人経営の売店では飲み物を冷やして売ることも可能です。価格は3,500ルピー(約7,700円)程度で、従来の小型冷蔵庫の約半分ほどに抑えられています。電源はわずか12ボルト。太陽光発電やバッテリーでも動くので、送電網が整備されていない農村部でも使えます。
同社では、製品開発に当たって農村部に足繁く通い、BOP層の人々と多くの時間を共にし、その生活の実態を深く理解しました。さらにはBOP層に近い女性起業家たちの意見を商品づくりに反映していきました。流通ルートには郵便局の配送網を活用するとともに、女性起業家たちによる販売網もできあがりつつあります。チョットクールはすでに南インドを中心に発売されており、2013年からはインド全土での発売を予定しています。
ゴドレジ社のサンドラマンさんは、司馬さんをはじめVLFMプログラムが製品開発に及ぼしている意義をこう語ります。「私たちは『金魚鉢に飛び込む』ことをVLFMで学びました。それは、インフラが乏しく、消費者の教育も行き届いていない厳しい環境で潜在的な需要を発見することに役立っています。これからも司馬先生に教えていただいた、まだ見えていない先まで見通す『仏陀の第三の眼』を開き続けるよう努力していきたいですね。」
VLFMで学んだ人は既に800名を超えています。司馬さんはプログラムがもたらすインドの未来に期待をかけています。「チョットクールはインドが独自の製造業を作り出そうとしている現れです。私が目指すのは、インドが日本やアメリカの真似に終わるのではなく、学んだことを超えて、インド流のマネジメントを創り上げることです。」
※1:VLFMプログラム:Visionary Leader For Manufacturing Programs。製造業経営幹部育成プログラムの略。
※2:こちらを参照