援助の現場から 8

アマゾン奥地での調査と衛星データで炭素量を解明
~ ブラジルの熱帯林保全に協力 ~

共同研究プロジェクト発足時のメンバー(最前列左が石塚さん、後列左3人目がニーロ・ヒグチ博士、その右が沢田教授)(写真:石塚森吉)

共同研究プロジェクト発足時のメンバー(最前列左が石塚さん、後列左3人目がニーロ・ヒグチ博士、その右が沢田教授)(写真:石塚森吉)

「地球の肺」とも呼ばれ、大量の二酸化炭素を吸収する南米・アマゾンの熱帯雨林。現存する世界最大規模の熱帯雨林ですが、1960年代からの乱開発により急速に森林の減少が進みました。21世紀に入り減少速度がさらに増し、このままでは約20年で半減してしまうと懸念されていました。

2007年12月、気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)がインドネシアのバリ島で開かれました。会議の議題の一つに「REDD+(レッドプラス)」がありました。これは「途上国における森林減少や劣化による二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を削減する」(REDD※)だけではなく、加えて、「森林の保全および持続可能な経営、森林の炭素蓄積量強化の取り組みも目指す」というものです。このREDD+が実施されれば、持続的な森林の活用を通じて、地域のコミュニティや、先住民族の権利も守りながら、気候変動や生物多様性の劣化を食いとめ、地域の人たちの生活にも恩恵をもたらすことが期待できます。

しかし、森林の炭素蓄積量の変化を正確に計測する方法が確立されていないことが大きな課題でした。そこで、ブラジル政府は、東南アジアでの森林炭素蓄積量の計測研究に実績がある日本に支援を要請し、2010年3月からの4年計画でJICAの技術協力プロジェクト「アマゾンの森林における炭素動態の広域評価」が日ブラジルの共同研究として始まりました。

このプロジェクトはアマゾンの原生林に「地上班」が1000か所以上もの試験区をつくって樹木の調査をし、同じ場所を「リモートセンシング班」が人工衛星や飛行機を使って空から調査する世界初の試みです。全体を総括するのは、独立行政法人森林総合研究所の農学博士、石塚森吉(いしづかもりよし)さん。「地上班」を担当するのは石塚さんと、以前、研究をともにしたことのあるブラジル国立アマゾン研究所(INPA)のニーロ・ヒグチ博士です。

直径と樹種名を記すカロス。「樹木の百科事典」とも呼ばれ、数百種の樹種を見分けることができる(写真:石塚森吉)

直径と樹種名を記すカロス。「樹木の百科事典」とも呼ばれ、数百種の樹種を見分けることができる(写真:石塚森吉)

地上班はアマゾンの10か所以上の地域で調査をしました。1地域の面積は数十km2に及びます。調査区画は一つが20m×125mです。4年をかけ、合わせて1000以上の区画を調査します。1回の調査は1~2か月。3階建ての船に20人近くが乗り込み、アマゾン川を航行し、森林に入るときには小型ボートに乗り換えます。調査区画では、樹木の実態を調査します。炭素量算出のために、調査区画内の直径10cm以上の枯れ木を含むすべての木の直径と、倒木の直径と長さを測ります。樹種名も記録し、樹種が分からない木は標本を持ち帰ります。また、それとは別に、アマゾン川の下流、中流、上流で、それぞれ直径10cm以上の木を100本以上伐採して、枝・葉を含む地上部と地下の根の重さを計測します。さらに、サンプルを持ち帰って炭素の含有量を測定します。

このように記録された森林の地上データに、東京大学生産技術研究所の沢田治雄(さわだはるお)教授とブラジル国立宇宙研究所が担当する「リモートセンシング班」は、人工衛星や飛行機から見られる森の構造や地形、水位などのデータとリンクさせ、アマゾン全体の炭素量をより正確に推測するシステムの開発を進めています。「地上班」が調査で最も気を使うのは先住民の許可と理解を得ることだと石塚さんはいいます。「外部とほとんど接触のない部族もいるので、最初の数日は現地の人々との対話に費やします。奥地への道案内、そして調査区域の維持管理も彼らに任せます。」

「密林には毒蛇も多く、噛まれたら死にます。調査員が噛まれたことがありますが、たまたまマナウス市(国立毒蛇研究所がある)の近くだったので助かりました。以来、作業のときはズボンの上に蛇プロテクターを履くようにしています。」困難の多い調査ですが、癒されるひとときもあります。「現地の子どもたちが船に遊びに来ます。調査が終わって別れるときには泣いている子もいました。また、夕暮れ時にペッカリー(ヘソイノシシ)の群れがアマゾン川を泳ぎ、蝶の大群が空を舞う光景は壮大です。」

近年、森林保全の努力の効果が見えてきたことで、ブラジル政府の関心も高まっています。国立アマゾン研究所ではJICAの支援を受け、ボリビアやペルーなど周辺諸国を招いて炭素蓄積量計測の研修を続けています。石塚さんは、「今回の成果によって、アマゾンの森林炭素蓄積量のスタンダードをブラジルから世界の熱帯林へと発信し、熱帯林保全において世界をリードしていってほしいですね。」と語っています。

※ REDD:Reducing Emissions from Deforestation and forest Degradation in developing countries (途上国における森林減少・劣化からの排出の削減)の略


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