援助の現場から 7
モンゴルで日本人が法案起草委員に
~ 調停制度の法制化を支援 ~
全国での実施に向け調停人研修で講義を行う岡さん (写真:岡 英男)
ユーラシア大陸のほぼ中央に位置し、ロシアと中国という大国に挟まれたモンゴル。国民の多くが遊牧民で、雄大な自然がおおらかな国民性を育んでいるというイメージがあります。しかし、1990年の民主化と市場経済の導入によって、都市部住民が全人口の約半分となり、金銭や家族関係などめぐるトラブルが急増しています。日本であれば調停制度があり、民間の法的問題は話し合いによる和解ができます。しかしモンゴルには調停という概念がなく、すべての申し立てが裁判所で審議されてきました。裁判には膨大な時間と費用がかかり、司法機関と国民の両方に大きな負担を強いています。
日本は2006年から2008年にかけてモンゴルの司法制度を改善するために支援を行ってきました。弁護士会への支援でしたが、調停制度センターの活動支援や調停人の養成も含まれていました。日本の支援は、モンゴルの法曹界で調停の概念を根付かせるのに大きな役割を果たしました。裁判件数を減らしたいと望んでいた最高裁判所は調停制度のモンゴルへの本格的な導入に関する協力を日本に要請し、「調停制度強化プロジェクト」が立ち上がりました。
2010年5月にJICAの専門家として派遣されたのは岡英男(おかひでお)さんです。現地に到着するとすぐにワーキンググループ(WG)で調停制度についての議論を始めました。何をすべきか不安だった岡さんは、WGに参加する法律関係者が非常に熱心に調停制度を求めていることを実感し、その想いに応えていくことが自分の使命であることを理解したといいます。WGはその後、裁判所における調停制度の設計、調停人の養成などを行っていきました。岡さんは、調停制度に反対する裁判官にも声をかけました。「調停を受け入れない方々の多くは年配の方です。ソ連やドイツで学んだ人々で、法律で物事を解決することに強い責任感を感じている人々でした。ちょっと偏屈ですが、尊敬すべき法律の大先輩です。私も性格が偏屈ですから先輩方には親しみがあり、進んで声をかけ続けているうちに理解を示してくれるようになりました。」
調停制度を検討する最高裁判所ワーキンググループ会議(写真:岡 英男)
1年間の準備期間を経て、2011年の5月に裁判所調停制度が発足しました。「パイロットコート」(試行調停を行っている裁判所)に選ばれたのは、首都ウランバートルとダルハン(モンゴル第二の都市)の裁判所です。これらの裁判所では、試験的に調停制度を導入して、実際の事案を処理してきました。調停で処理された事件数は、2012年の9月までに2都市の合計で348件に上りました。「試行中の調停制度の利用者からは『調停の効果があった』という声が多く聞かれ、裁判所の職員からも『調停の導入で業務の負担が軽減された』」という回答が多かったですね。パイロットコートでの調停の実績と関係者の反応を見て、この国で裁判所調停の導入が有効であることが証明できたと思います。」
さらなる進展があったのは、2011年の夏のことです。大統領府から調停制度の法案化に協力してほしいとの要請があったのです。民主化後のモンゴルで、法案の起草委員として正式に外国人が任命されるのは初めてのこと。起草委員となった岡さんは、法律づくりに参加できるということで、とても熱心に作業に取り組みました。連日、深夜に及ぶ議論と作業を続けながら同年の冬には法案を国会提出。2012年5月に可決されました。調停法の施行は2013年の7月1日です。この日からモンゴル全土の第一審裁判所で調停が実施されます。
岡さんは今、モンゴル全土を回りながら調停制度を紹介するセミナーを行っています。調停法の施行をひかえ、今後は、国民への広報も重要な課題となってきます。「できることなら、調停制度の完成を見届けたいと思っています。この制度が公平、公正に運用されることで、国民に幸せがもたらされることを願うばかりです。モンゴルの調停人の方々には、親切で尊敬される人であってほしいですね。」