援助の現場から 6

炭と酢と堆肥を使って、フィリピンの土を元気に!
~ 土壌に配慮した安全野菜の生産・流通 ~

農家の人に堆肥作りを実地で指導する横森さん
(写真:JAEC)

農家の人に堆肥作りを実地で指導する横森さん (写真:JAEC)

フィリピンのルソン島北西部、ベンゲット州には高原地帯が広がっています。このエリアでは、涼しい気候を利用して、野菜の栽培が盛んに行われてきました。しかし、農薬や化学肥料の使用、絶え間ない連作と土づくりをしてこなかったことで農地の土壌は疲弊しています。結果として、生産性が低下するとともに、残留農薬の問題も生じるようになりました。この現状を改善し、農家の生計を向上させるために立ち上がったのは、公益社団法人国際農業者交流協会(JAEC)でした。JAECは農業の担い手のための実務研修事業を通じて日本と開発途上国の双方の農業レベルの向上を目指している団体です。JICAの協力のもと、2007年、ベンゲット州での農業分野での支援がスタート。以後、プロジェクトは継続し、2012年には「土壌・資源保全に配慮した野菜安全生産・流通プロジェクト」を開始しました。

JAECの主任指導員に横森正樹(よこもりまさき)さんがいます。横森さんは長野県で30年間にわたり農業を営んできました。横森さんには信念があります。「私自身、農業を続けていく上で、数多くの方々に助けていただきました。直接恩返しができないので、フィリピンへの協力がその恩返しです。将来の食料生産を担う農業青年たちを育てていきたい。」

プロジェクトでは、農薬や化学肥料をできるだけ使わない農業技術を普及していくとともに、生産された減農薬野菜を流通・販売するシステムづくりを行ってきました。農薬の代わりに横森さんが活用するのは炭と木酢液です。これらは、微生物の働きを活性化して土壌を改良したり、病害虫を防いだりすることに有効です。

大型ポリバケツの底を抜いて作ったコンポスト容器(写真:JAEC)

大型ポリバケツの底を抜いて作ったコンポスト容器(写真:JAEC)

ベンゲット州で技術指導を始めた横森さんは現地の農家向けの講習会を開催しましたが大きな壁にぶつかりました。「私自身がベンケット州の気候や土壌条件、農民の考え方などが分かっていませんでした。それに、農民に対していくら言葉で説明してもなかなか伝わらなかったのです。」

横森さんは実践することにしました。自ら実験農園を作り、地元の農家と一緒に作物を栽培していったのです。初めての土地であることに加え、干ばつや台風など予想外の出来事もありましたが、なんとかイメージどおりの野菜ができるようになりました。農民も言葉でなくやって見せることによって納得したのです。それでも、農民を相手にした普及活動には限界があると横森さんは感じていました。積極的な農民を日本に招いて研修したことがありました。しかし、帰国後、減農薬農業を続けることを辞めてしまう人もいたのです。横森さんたちのプロジェクトでは、町長や農業省の地方事務所長など行政機関のトップに働きかけ、地域のリーダー研修を行うことにしました。彼らは農薬漬けになっている野菜づくりに危機感を抱いていたからです。

研修の効果はすぐに現れました。対象地域の一つ、ラ・トリニダッド町では、町長主導でプロジェクトに参加する農民組合が結成され活動が活性化していきました。土づくりには、家庭から出る生ごみを活用する日本式のコンポスト化を採用し、500セットのコンポスト容器を町内に配布しました。プロジェクトでは堆肥を製造するための小規模なモデルプラントを作っていましたが、町はこれをベースに大型のプラントを建設したのです。ラ・トリニダッド町では1日に出る30トンあまりの生ごみのうち半分が堆肥となり、農家の畑で使われるようになりました。堆肥に加えて、炭や木酢液が使われるようになると農家は農薬や化学肥料の購入が減って、生産コストが大幅に下がったのです。

この取組と成果を知った隣町のツブライ町、さらにはベンゲット州のすべての町が技術支援を希望しました。現地の熱望によって、プロジェクトは2010年~2012年、2012年~2015年と2度にわたり継続されることになりました。横森さんはフィリピンの農業の将来についてこう語ります。

「無駄な工程や作業を省いて、農家の収入がアップするよう生産から販売まで指導していきたいですね。農業生産から販売までの経営ができる農家になってほしいと思います。フィリピン経済は今、高度成長期に入っています。小規模な農業は難しくなるでしょう。変化する状況のなかで、将来のビジョンを持って、どういった対応をしていくのかを考える必要があると思います。」


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