第4節 援助実施の原則の運用
日本政府では、政府開発援助(ODA)大綱の援助理念にのっとり、国際連合憲章の諸原則などを踏まえ、その国の援助需要や社会経済の状況、二国間関係などを総合的に判断し、各国への支援を行っています。
ODAは、開発途上国の経済開発や福祉の向上に役立ち、誰もが人間らしく平和に生きられる世界を実現すること、そして、国際社会の平和と発展への貢献を通じて日本の安全と繁栄を確かなものにすることを主な目的としています。国民の税金を原資とするODAを適正に支出するため、ODA大綱の援助理念にのっとり、国際連合憲章の諸原則(特に、主権、平等および内政不干渉)や以下に示す諸点を踏まえ、開発途上国の援助需要、社会経済の状況、二国間関係などを総合的に判断した上で支援を行っています。
<1>環境と開発を両立させる。
<2>軍事的用途および国際紛争助長に使用しない。
<3>テロや大量破壊兵器が広がることを防止するなど、国際平和と安定を維持し強化する。それとともに、開発途上国はその国内の資源を自国の経済社会開発のために、適正にかつ優先的に配分すべきであるとの観点から、開発途上国の軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発や製造、武器の輸出入などの動向に十分注意を払う。
<4>開発途上国における民主化の促進、市場経済を導入する努力と基本的人権および自由の保障状況に十分注意を払う。
●具体的な運用について
援助実施の原則の具体的な運用に際しては、一律の基準を機械的に適用するのではなく、相手国の様々な事情やその他の状況を総合的に考え、1件ごとの事情に応じて判断することが重要です。また、開発途上国の国民への人道的な配慮も必要です。日本が援助実施の原則を踏まえ、援助の停止や削減を行う場合、最も深刻な影響を受けるのは援助を受ける側の一般国民、特に貧困層の人々です。したがって、援助を停止・削減する場合でも、緊急的・人道的支援の実施については、特別な配慮を行うなどの措置も併せて検討することが求められます。
●環境や社会への配慮
経済開発を進める上では、環境への負荷や現地社会への影響を考慮に入れなければなりません。日本は、水俣病を(みなまたびょう)はじめとする数々の公害被害の経験を活かし、ODAの実施に当たっては環境への悪影響が最小化されるよう、慎重に支援を行っています。また、開発政策によって現地社会、特に貧困層や女性、少数民族、障がい者などの社会的弱者に望ましくない影響が出ないよう配慮しています。たとえば、JICAは2010年4月に新環境社会配慮ガイドラインを発表し、事前の調査、環境レビュー(見直し)、実施段階のモニタリング(目標達成状況の検証)などにおいて、環境社会配慮を確認する手続きを行っています。さらに日本は、「開発におけるジェンダー主流化」*の推進のため、政策立案、計画、実施、評価のすべての段階にジェンダーの視点を取り入れていく方針をとっています。
●軍事的用途および国際紛争助長への使用の回避
日本のODAが開発途上国の軍事的な用途や国際紛争の助長目的で使用されることは、絶対に回避されなければなりません。したがって、日本は、開発途上国の軍や軍人をODAの直接の対象とする支援は行っていません。
日本はテロとの闘いや平和構築に積極的に貢献していますが、日本の援助物資や資金が軍事目的に使われることを避けるため、たとえテロ対策などのためにODAを活用する場合でも、援助実施の原則を十分に踏まえて行っています。
●民主化の促進、基本的人権、自由の保障のための対応
開発途上国において政治的な動乱後に成立した政権には、民主的な正統性に疑いがある場合があり、人権侵害に歯止めをかけるはずの憲法が停止されたり、住民の基本的人権が侵害される懸念が生じることがあります。また、反政府デモが多発している開発途上国においては、政府による弾圧が行われ、住民の基本的人権の侵害が懸念される場合もあります。このような場合、日本は、ODAによる支援について慎重な対応をとります。具体的には、ODAが適正に使われていることを確認すると同時に、開発途上国の民主化状況や人権状況などに日本として強い関心を持っているとのメッセージを相手国に伝えています。たとえば、2006年12月に国軍による無血クーデターが起こったフィジーや、軍の支援により憲法にのっとらない形の政権交代が起きたマダガスカルなどの開発途上国に対して、日本は、早期に民主的な政治体制が回復するよう働きかけました。またそうした場合、ODAに関しては、当面の間、個別の案件ごとに実施するかどうかを慎重に検討するなどの対応をとっています。
ミャンマー : ミャンマー政府は、2010年11月に総選挙を実施し、アウン・サン・スー・チー女史の自宅軟禁措置を解除しました。また2011年3月30日には、民政移管(軍事政権から文民・国民による政権に移行すること)が行われ、さらに同年5月中旬には、政治犯とされていた約50名を釈放しました。これらは、ミャンマーの民主化に向けた前向きな一歩と考えられます。そのことを踏まえ、2011年6月、日本はミャンマーに対する経済協力について、民主化および人権の状況が改善されるよう見守りながら、国民が直接恩恵を受ける基礎生活分野(BHN)(注85)の案件を中心に一つひとつ検討しながら、実施することにしました。その後も200名以上の政治犯釈放、テイン・セイン大統領とスー・チー女史との対話実現や、国民民主連盟(NLD)(注86)による政党登録およびスー・チー女史の補欠選挙への参加表明など、民主化と国民和解に向けた動きが進展していることを踏まえ、日本は、民主化・国民和解をさらに進展させることなどをミャンマー政府に働きかけながら、ミャンマーに対する経済協力を実施していく考えです。2011年11月の日・ミャンマー首脳会談や12月の玄葉外務大臣のミャンマー訪問時には、こうした考えをミャンマー側首脳に伝えるとともに、11月末に開催した経済協力政策協議では、ミャンマーの持続的な経済発展を視野に入れた援助政策について幅広い議論を行いました。同協議において、両国は今後さらに連携の強化を図っていくことで一致しました。
日本の外務大臣として9年ぶりにミャンマーを訪問し、テイン・セイン大統領と会談する玄葉光一郎外務大臣
シリア : 2011年3月からシリア国内各地で反政府デモが発生し、シリア治安当局がデモ隊に対し、武力により押さえ込む事態となりました。日本は、シリア政府が、民間人への暴力を直ちに停止し、国民が求める政治、経済などの面におけるいろいろな改革を早急に実施し、国内の安定を回復することを強く求めました。この立場から、緊急・人道的な援助を除き、新規の経済協力案件を実施しないことにしています。
用語解説
*開発におけるジェンダー主流化
ジェンダーとは、「男性らしさ」「女性らしさ」、「男性の役割」「女性の役割」等、社会的・文化的に形成された性別。ジェンダーの平等を達成するために、すべての開発政策、施策や事業は、男女それぞれに異なる影響を及ぼすという前提に立ち、すべての開発政策、施策、事業の計画、実施、モニタリング、評価のあらゆる段階で、男女それぞれの開発課題やニーズ、影響を明確にしていくプロセス。男女の生活状況やニーズの違いを事業の計画段階で的確に把握し、実施の際に考慮する。
注85 : 人間の基礎生活分野 BHN:Basic Human Needs
注86 : 国民民主連盟 NLD:National League for Democracy