コラム 10 諦めないことが成功への一歩~トルコ・ボスポラス海峡横断トンネル~

トルコ最大の都市、イスタンブール市はボスポラス海峡によって、居住地区の多いアジア側とビジネスセンターなどが集中するヨーロッパ側に分断されています。市内を横切る海峡を市民が行き来するために、フェリーや第1ボスポラス橋、そして日本の経済技術協力などによって架けられた第2ボスポラス橋があります。しかし、トルコの経済発展に伴い、海峡を渡る自動車などの交通量が増加し、2つの橋では慢性的な渋滞や大気汚染が問題となっていました。

こうした問題を解決するため、日本は、1999年から有償資金協力により、トルコに対しボスポラス海峡を横断する地下鉄の建設に協力しています。*1

この建設のトンネル部分工事を指揮したのが大成建設の小山文男(こやまふみお)さんです。小山さんは、小さいころから若戸大橋などの大規模な土木構造物に憧れ、大学に入ってからは海洋構造物に興味を持ち、大成建設入社後も海洋構造物の建設に携わってきました。

海峡を横断する地下鉄が通るトンネルは、「沈埋(ちんまい)トンネル工法」によって建設します。沈埋トンネル工法とは、あらかじめ陸上で製作したコンクリート製のトンネル(函体(かんたい))を複数個(今回は長さ135mの函体が11個)海底に沈めつなぎ合わせていく工事方法で、高度な技術を要します。

ボスポラス海峡は、水深が約60mと深い上に流れが速く、海峡の海面側と海底側で潮の流れが逆になるなど工事の難所といわれています。また、この一帯は、大型船舶やフェリーも航行し、トンネルの函体を沈める作業船との衝突の危険もあります。

このような難所ですが、小山さんは、「東西文明の十字路」として栄えたトルコの歴史的な地でのプロジェクトに「挑戦することは技術者としての壮大なロマンであった」といいます。しかし、日本だけではなく、世界中の専門家から、「不可能に近い事業だ」といわれたこの事業については、「無事に工事は完了するのか?今回は終わらないのではないか?」という不安にとらわれ、夜眠れないことや失敗する夢を見ることもたびたびあったそうです。このような不安に対しては「必ず成功させる」という強い思いを支えに、多くの難問を解決する方法をプロジェクトチーム一丸となり愚直に考えたといいます。

小山さんたちの努力は実を結び、2008年9月には、11個の函体をつなげる工事が無事に終わりました。現在は2013年の海峡横断鉄道の完成を目指して工事が進められています。工事をふり返り小山さんは「『諦めない』ことが成功への最初の第一歩であり、成功への最後の一歩であるということをこのプロジェクトを通じて学びました」といいます。

2010年は、「トルコにおける日本年」で、日本とトルコの友好を深める様々な催しがトルコで行われています。120年前に日本人が、和歌山県沖で遭難したトルコの軍艦エル トゥールル号を救助したことから始まる日本とトルコの友好の歴史を「引き継いでいかなければならない」と小山さんはいいます。

1枚の図面がプロジェクト事務所に飾られています。150年前にトルコの人が夢見て描いた海底トンネルの図面です。この夢が実現しつつある今、小山さんはいいます。「プロジェクトが『地図に残る仕事』、『歴史に残る仕事』としてトルコの人びとの記憶に刻まれれば、我々土木技術者にとっては至福の極みです」


*1 : ボスポラス海峡横断地下鉄整備計画(Ⅰ) (Ⅱ)

沈設を完了した記念式典で

世界最深記録となる水深60mの海底に函体を設置して
 (右端が小山さん)(写真提供 : 小山さん)

函体を沈める作業船

函体を沈める作業船(写真提供 : 小山さん)

沈埋トンネル工法イメージ図(資料提供 : 大成建設)

沈埋トンネル工法イメージ図(資料提供 : 大成建設)

トルコの地図


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