第64回国連総会で一般討論演説をする鳩山由紀夫内閣総理大臣 (写真提供 : 内閣広報室)
2009年9月、鳩山由紀夫内閣総理大臣を首班とする新しい政権が発足しました。鳩山総理大臣が就任直後に出席した第64回国連総会一般討論演説では、新政権の政府開発援助(ODA)についての方針として、「21世紀の今日においても、貧困、感染症、保健、教育、水と衛生、食料、麻薬などの問題から世界は解放されていません。特に、途上国において事態は深刻です。破綻国家がテロの温床になるという、残念な現実も指摘せざるを得ません。昨年来の世界経済危機は、状況の悪化に拍車をかけています」と述べた上で、「日本は国際機関やNGOとも連携し、途上国支援を質と量の双方で強化していきます。アフリカ開発会議(TICAD)のプロセスを継続・強化するとともに、ミレニアム開発目標(MDGs)の達成と人間の安全保障の推進に向け、努力を倍加したい」と表明しました。
このように、鳩山総理大臣は、新しい日本は先進国と開発途上国の間の「架け橋」となるべく全力を尽くすことを表明しました。一方で、2008年9月以降の世界的な金融・経済危機により、日本の経済にも深刻な影響が出ているなかで、「なぜ開発途上国を援助しなければならないのか」がこれまで以上に問われています。
激変する国際情勢、厳しい経済状況の下、開発途上国では開発のニーズは多様化するとともに増大しています。第1章以下で述べるとおり、日本が、現下の金融・経済危機への対応、アフリカの開発、アフガニスタンの復興支援やパキスタンへの支援、そして環境・気候変動といった国際社会の共通の課題に取り組み、先進国と開発途上国の間の「架け橋」となることは、主要国としての責務であるとともに、日本自身の国益にかなうものです。
日本は政府開発援助(ODA)大綱において、ODAの目的は「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄の確保に資すること」と明記しています。また、平和を希求する日本にとって、ODAを通じた取組は、国際社会の共感を得られる最もふさわしい政策であると位置付けています。第I部では、最初にODAの意義と必要性を改めて述べた上で、現下の国際社会にとって重要課題となっている世界経済回復のための施策の一環としての開発、紛争やテロなどの問題、そして環境・気候変動などの地球規模の問題への日本の取組を具体的に掘り下げて説明します。
このように、国際社会の抱える諸課題に取り組むことにより日本の国益の実現を図る上で、ODAは最も重要かつ有効な手段の一つです。平和的な手段で世界の平和と安定に貢献し、日本にとって望ましい国際環境を形成していくためには、ODAは必要不可欠な政策手段となっています。日本のODAには、これまでの援助経験と実績をもとに形成されてきた援助理念に基づき、戦略性、機動性、透明性および効率性を一層高めるとともに、幅広い国民参加によってODAの目的とその活用の重要性に対する内外の理解を深めていくことが求められています。日本のODAは2009年10月で55周年を迎えました。日本がこれまでの援助経験を活かしつつ、開発分野でリーダーシップを発揮して開発途上国の発展に貢献していくことの意義はさらに高まっています。
日本は、厳しい経済・財政状況のなかにおいてもODAを積極的に活用し、戦略的な国際貢献の強化に努めます。そして、援助効果と開発効果の向上、援助実施体制の整備などODA改革を一層推し進め、日本のODAがより良いものとなるようたゆまぬ努力を続けていきます。
日本のODAの意義と必要性~なぜ開発途上国を援助するのか
■第2次大戦後、日本は、米国や世界銀行からの支援を受けつつ、自らの努力により経済の復興と安定に取り組み、経済的繁栄と民主主義を通じて、国民一人ひとりが平和と幸福を実現するための豊かな社会を築いてきました。一方、1954年に経済協力を開始(注1)して以来、日本はODAを通じて、東アジアをはじめとする開発途上国における持続的な経済成長や貧困削減、人々の生活の向上に大きく貢献してきました。世界第2位の経済規模を誇る豊かな社会を実現した日本が、開発途上国の経済社会の発展と、地球規模の諸課題の解決に取り組み、誰もが人間らしく平和に生きられる世界の実現に向けてリーダーシップを発揮していくことは、世界の主要国としての大きな責務です。
■世界では、極度の貧困や飢餓に苦しむ人々が依然として数多く存在するという厳しい現実があります。国際社会は人道的見地からこれを看過することは出来ません。また、グローバル化が進展するなか、環境・気候変動問題、感染症の広がり、金融・経済危機など、国際社会は協調して対応すべき様々な問題に直面しています。これらの問題は、国境を越えて人々の暮らしに大きな影響を及ぼし、放置すれば、経済発展から取り残されてきた人々の人間としての尊厳を脅かすとともに、日本自身の利益にも直結する脅威となります。MDGsの達成に向けたグローバルな取組を強化する必要性が一層増しているなか、それらの取組においてODAは重要な役割を果たしています。日本は、従来のように国家が庇護するだけでは対応できない人間に対する直接的な脅威にODAを通じて対処するに当たっては人間の安全保障の確保を重視しています。鳩山内閣では、開発途上国支援について、MDGsの達成と人間の安全保障の推進に向け努力を倍加すると繰り返し表明しています。
■今日の日本の繁栄は、日本のみで築いてきたわけではありません。日本は、国際社会において自由貿易の恩恵を享受し、資源・エネルギー、食料などの多くを海外に依存しています。こうした相互依存関係のなかで、日本はこれからも自らの生存と繁栄を確保していかなければなりません。このように国際社会との連携と協調から多大な利益を得ている日本にとって、ODAの戦略的な活用を通じて平和で安定した国際環境の醸成に努めていくことは必要不可欠なことです。
■半世紀以上にわたり開発途上国の開発に貢献したことは、日本とこれらの諸国との友好関係を増進し、また、草の根レベルでの相互理解も促進しました。さらに、日本の国際社会における信頼や発言力の強化にも大きな成果を上げてきました。日本がODAを活用して開発途上国の開発や地球規模の課題への取組に主導的役割を果たすことは、国際社会における日本の評価を高めることとなり、結果として日本の外交基盤を強化し、ひいては日本の安全と繁栄を確保することにもつながります。
注1 : 1954年10月6日、コロンボ・プラン(アジアおよび太平洋地域諸国の経済社会開発を促進することを目的として1950年1月に発足した地域協力機関)に加盟し、技術協力を開始。