コラム 14 職業訓練によるエンパワーメントでチャンスを広げる~タジキスタンにおける自立支援~

中央アジアに位置するタジキスタンは、旧ソ連諸国の中で一人当たりGDPが最も低い国です。1991年の独立後に内戦が起こり、人々の生活条件は悪化しました。内戦が終わった現在も雇用体制は整わず、安定した仕事を見つけることは簡単ではありません。職を求めてロシアやカザフスタンへ多くの男性が出稼ぎに行きますが、ロシア語の能力や基本的な職業能力の欠如により、長時間にわたる危険な仕事をさせられたり、給料が支払われないなどの問題も起こっています。また出稼ぎに出た父親が長く故郷に帰らないことから、残された母親と子どもたちが経済的にとても苦しい状況におかれることもめずらしくありません。

国際労働機関(ILO)と国連開発計画(UNDP)は、2007年から、このようなタジキスタンにおける問題に対し、出稼ぎに出る男性がより良い労働条件で仕事に就けるための職業訓練と、残された女性の自立支援を目的とするプロジェクト*1を始めました。このプロジェクトは日本政府が国連に設置した人間の安全保障基金の支援を受けて実施されたものです。このプロジェクトでILOのプログラムオフィサーとして活躍したのが松沢朝子(まつざわともこ)さんです。松沢さんは、ジュネーブにあるILO本部に勤務していますが、タジキスタンの事務所の開設からスタッフの採用、タジキスタン政府や関係機関との交渉、プロジェクト活動の実施や研修、セミナーの開催までいろいろな業務を手がけました。「貧しいながらも一生懸命に生きているタジキスタンの人々を見て、少しでも彼らの役に立ちたいという気持ちになりました。」と言う松沢さんは、ジュネーブからタジキスタンに出張する機会を出来るだけ多くつくり、プロジェクトを確実に実施するために当事者と現地で直接会うように心がけました。ところが、道路事情が悪く、土砂くずれのおそれがあったり、雪などの厳しい天候により、予定したとおりプロジェクトの現場にたどりつけず、他の場所で会合をもつといったこともしばしばありました。こうしたことにもかかわらず、タジキスタンの人々は、より良い生活を願い、プロジェクトの大切さを熱心に語りかける松沢さんの言葉に、この国の美しい織物をおるようなひたむきさで耳を傾け、行動に移していきました。

こうして松沢さんの努力とそれに応える人々の力が実を結び、すでに成果が出つつある例も生まれています。女性企業家を対象として起業およびマイクロクレジット(小額の融資)などについての研修プロジェクトも行われましたが、この研修を受けカフェテリアを開いて成功させたミルゾイェヴァさんは、「研修では起業の計画書の書き方や店を興すために最適な場所選びなどを教わりました。おかげさまで店はお客でいっぱいです。ここにはよそから移ってきた多くの女性たちも働いています。私も同僚たちもこの成功で自信がつきました。」と感謝の言葉を伝えてきました。

こうした声に対し、松沢さんは「職業訓練を受けた男性たちがより条件の良い仕事を見つけたり、生計を立てられるようになった女性たちが自立への自信を深めていく様子を間近で見て、プロジェクトの成果を確実に感じます。」とタジキスタンの将来に希望を託します。


*1 : 「紛争後のタジキスタンにおける雇用創出及び移民管理改善を通じたコミュニティ開発」プロジェクト(2007-2009年実施)

人間の安全保障会議に出席する松沢さん

人間の安全保障会議に出席する松沢さん(写真提供 : 松沢さん)

男性への職業訓練

男性への職業訓練(写真提供 : 松沢さん)


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