コラム 10 パラグアイでシャーガス病と戦う~大学学長からシニア海外ボランティアへの挑戦~
「最初にパラグアイに足を踏み入れたのは、1988年。もう20年も経つんですね。」とこれまでの訪問を懐かしそうに話す前山形大学長の仙道富士郎(せんどうふじろう)さん。仙道さんは2008年1月から国際協力機構(JICA)のシニア海外ボランティアとして、国立アスンシオン大学保健科学研究所(IICS)でシャーガス病を中心とした感染症対策に取り組んでいます。
シャーガス病とは、寄生虫を媒体として発症する感染症で死に到る病です。感染症の対策は世界規模で進んでいるものの、パラグアイの隅々まではその成果が活かされていません。そこで「パラグアイで感染症研究の基礎技術を確立しその技術をつなぐ人材を育てる」という要請内容を受けて、仙道さんが派遣されました。
仙道さんは今回の派遣以前から延べ13回、主にJICAの医療調査団のメンバーとしてIICSの研究者と共にシャーガス病などの感染症対策に取り組み、シャーガス病診断キットの開発などを指導してきました。シャーガス病は土塀や茅葺(かやぶき)屋根の多い貧しい村落部に発症が多い疾患ですが、このような村落部には医療施設が十分に整っていないことも多いことから、診断キットの開発はシャーガス病の簡易診断に大きく貢献しています。
仙道さんは活動の中で特に人材育成に力を入れています。日本とは異なり十分な機材がないパラグアイで研究を続けるには、限られた機材を扱う「人」が最も重要です。「いくら機材があっても、それを動かす人がいなければ意味がありません。シャーガス病の感染症対策は1988年3月に始まりましたが、その当時JICAが協力した製氷機を今でもIICSでは活用しています。同じ機材を21年間も使い続けることは、日本では考えられないこと。これもひとえに、研究者たちが機材を大事に使っている証拠でしょう。どんなに機材が古くても、研究を行う心構えをしっかりと身につけ、その機能をフルに使う技術さえあれば研究ができるのです。」仙道さんは人材育成強化のため、大学院設立にも携わり、現在は大学院の講師としても研究員に広く親しまれています。
仙道さんと20年近い付き合いがあるエルバ・セルナ博士は、「とても気さくで尊敬できる人。先生とまた一緒に仕事ができるのはとても光栄です。」と仙道さんについて語ります。エルバさんは1992年にJICA研修で来日し、当時山形大学医学部教授であった仙道さんの下で研究しました。現在は研究を行う一方で、貧しい村落部に出向き、感染症の恐しさを伝えています。「日本の研修で学んだことが研究に大きく活かされています。今後は診断キットが貧しい子どもたちにも届くような活動を行います。」とエルバさんは話します。IICSでは彼女のような、母国パラグアイの感染症対策に貢献する人材を育成するためにも、2年後には博士課程を新設しさらに質の高い研究員育成を目指しています。
仙道さんは、「ボランティアになって良かったことは、現地の生活に入りこんで共に仕事をするからこそ見えてくることが多くあり、それにより新たな問題を発見できたことです。これは調査団では見えてこなかった部分です。今後もこの国の感染症対策のために協力していきたいです。」と話しています。
診断キットを持つIICSの研究者と(写真提供 : JICA)
仙道さん(右側)とエルバさん(写真提供 : JICA)