〜日本の平和構築人材育成〜
2007年度から、外務省は、「平和構築分野の人材育成のためのパイロット事業」を開始しました。この事業は、平和構築分野で働く日本およびアジアの文民の人材を育成するものです。外務省の委託を受けた広島大学が「広島平和構築人材育成センター(HPC)」を設立し、本件の事業運営を行っています。研修員は、広島での6週間の平和構築に関する集中講義を経て、海外の国際機関やNGOで実務研修をします。樋口綾子さんは、第一期生としてこの事業に参加し、UNDP(国連開発計画)東ティモール・ディリ事務所での実務研修の後、実績が認められ、引き続き同事務所でプログラム・オフィサーとして勤務されています。今回、平和構築人材としての抱負や勤務先での経験などについて、寄稿していただきました(注1)。
UNDP東ティモール・ディリ事務所
樋口綾子
アイナロ県の植林プロジェクトを
視察している様子(右が筆者)
(写真提供:樋口さん)
バナナの葉で覆われた粗末な小屋、裸足でかける子供たち、電気の通っていない壊れた電柱、そしてあちこちに点在するまだ新しい墓地―東ティモールの首都からヘリコプターで約50分、東ティモールで最も貧しい地域の一つと言われるオイクシ県(注2)で私が目にした光景です。
私が東ティモールを訪れたのは2007年11月。外務省の「平和構築分野の人材育成のためのパイロット事業」の第一期生の研修先としてUNDP(国連開発計画)東ティモール事務所に派遣されました。人が人らしく生活できるよう、紛争で苦しんでいる人々のために働きたいと思い、それまで勤めていた会社を辞め留学していた私にとって、まさに平和構築の仕事を始めるための入り口でした。
事務所にて同僚と(右端が筆者)
(写真提供:樋口さん)
UNDP東ティモール事務所では、Pro-PoorPolicy Unitという貧困削減に関連した政策提言や調査を行う部署で、東ティモール版人間開発報告書とMDGs(ミレニアム開発目標)レポートを担当しました。人間開発やMDGsというと、平和構築よりも開発協力の仕事という印象があるかもしれません。しかし、貧困削減をはじめとしたMDGsの達成や人間開発は、東ティモールで平和を定着させる上で重要な役割を果たすと私は考えています。東ティモールは2002年、インドネシアとの独立闘争を経て念願の独立を果たしましたが、「インドネシア時代の方が生活は良かった」という声をよく耳にします。例えば、オイクシ県を含め、インドネシアに占領されていた頃にはあった電気も、今は安定供給されていないところが多いのです。また、紛争が終わったからと言って人々の生活が劇的に改善されたわけではありません。最新の人間開発報告書(2007/2008年)によると、東ティモールの人間開発指標は177か国中150位となっていて、アジアで最も貧しい国の一つと言われています。もし東ティモール政府が人々の生活を向上させていかなければ、不満が鬱積して、また暴力に訴える人が出ないとも限りません。若者の失業率の高さなどは既に東ティモール社会の不安定要素となっています。つまり、貧困削減、教育の普及、男女の平等、市民の政治参加などが少しでも進み、東ティモールの人々の生活が向上していくことこそが社会を安定させ紛争を予防し平和の構築につながるのだと思います。
オイクシの村ではインドネシアとの独立闘争で父親や夫、兄弟を亡くしたという人に多く出会いました。東ティモールの人々にとって紛争の記憶はまだ新しく、これからそれを乗り越えていかなくてはなりません。その一方でオイクシの山奥の村でも「子供を高校に通わせることができるようになった」、「野菜を作って現金収入を得られるようになった」という明るい声も聞くことができました。平和をより強固なものにするため、こうした明るい声がもっと増えるよう、これからも東ティモールで仕事をしていきたいと思います。