近年、民間企業が開発途上国で果たす貢献には目を見張るものがあります。民間企業は、途上国の開発において大きな役割を果たしています。日本の企業も社会的責任(CSR)の一環として、開発途上国の住民の生活向上に資するような事業の実践に取り組んでいます。
政府開発援助と民間企業の活動を結びつけることで、開発途上国の持続的な成長に資する支援が可能となります。欧米の私企業や民間財団の活動(注5)と比較すると、日本では、開発途上国における民間企業の活動に対する認知度がまだまだ低いのが現状です。民間企業が海外で開発に係る事業を展開するに際して、その経済的な効果をその国の開発に結びつけるために、政府開発援助を活用し、また政府開発援助の実施にあたり、民間企業の知見、技術力を活用することを可能とする、双方向の官民連携が求められています。官民連携は、日本の政府開発援助が、アジアにおいて経済成長をもたらした重要な要因の一つです。政府開発援助による産業インフラの整備と「人づくり」支援が、その後の日本企業の進出の「触媒」となり、民間投資の流入が東アジアにおける経済成長をけん引しました。最近は、旺盛な開発資金への需要があるのにもかかわらず、政府開発援助額の急増は見込まれないので、それだけ民間資金の活用が不可欠となっています。今後は、企業の事業展開(直接投資)と政府開発援助の実施を合目的的に連携する、より戦略的な官民連携(注6)が求められています。
(1) アフリカにおける感染症対策
官民連携の具体例としては、住友化学株式会社の「オリセット®ネット」を無償資金協力により国際機関を経由して、広くアフリカに配布したことを挙げることができます。
2005年7月、G8グレンイーグルズ・サミットにおいて小泉純一郎総理大臣(当時)は、アフリカにおいて多くの子どもが犠牲となっているマラリア対策として、2007年までに殺虫剤が浸漬した蚊帳1,000万張りをアフリカ諸国で配布する方針を打ち出しました。2007年8月末現在で、主に無償資金協力により国連児童基金(UNICEF)を通じて、アフリカ27か国に対して約950万張り(注7)の蚊帳(総額約67億円相当)を配布しましたが、このうち、約690万張りは住友化学株式会社が開発した「オリセット®ネット」です。「オリセット®ネット」は、同社の有する独自技術により、殺虫成分を練り込んだ樹脂を糸状にして編んだもので、洗濯しても防虫効果が5年間以上持続し、また通気性と耐久性の面でも優れたものです。同社は、2000年から「オリセット®ネット」の本格生産を開始し、2003年にはタンザニアの蚊帳メーカーにその生産技術を無償供与し、製品の量産体制を整えました。2005年には、生産能力を増強(年間700万張り→2,000万張り、うち、タンザニア工場は年間200万張り→400万張り)し、国際機関(世界保健機関(WHO)、UNICEF)への納入やNGOへの寄付(注8)などを通じてアフリカ各国に供給しています。なお、このタンザニア工場は、JBICによる公的融資(注9)を得て、2007年に工場を新設し、年産800万張り体制となりました。住友化学株式会社の「オリセット®ネット」は世界エイズ・結核・マラリア対策基金が資金支援する事業でも使われており、アフリカにおけるマラリア予防への取組を飛躍的に前進させました(注10)。
(2) アフリカにおけるレアメタル事業
資源小国である日本にとって、資源確保の観点から官民連携を推進することが重要です。例えば、住友商事株式会社は、マダガスカルにおいて、カナダ企業、韓国企業と共同でニッケル(注11)の鉱石から地金までの一貫生産を行う事業を推進しています(アンバトビィ・ニッケル・プロジェクト)。日本政府は本件事業を支援するために、プロジェクトサイトから至近の中核都市ムラマンガに対し、飲料水の導水のためのパイプライン設置をノンプロ無償見返り資金(注12)により支援することとしており、これにより地域住民約20万人の飲料水のアクセス状況が改善する見込みです。また、同市では救急車整備支援(注13)や青年海外協力隊員(注14)の派遣を行っており、日本に対する信頼醸成にも貢献しています。また、ムラマンガ市と港湾(タマタブ)に至る国道の一部は、日本の支援(注15)により整備されたものです。このように、日本企業の直接投資による資源開発事業の円滑な進ちょくに貢献することを念頭に置いて、政府開発援助を活用することは、日本の資源エネルギーの安定的確保に資するとともに、資源開発を通じて開発途上国の社会・経済の向上にも貢献します。
(3) アフリカにおける基幹産業の再建
政府開発援助以外の公的資金(OOF)を活用した官民連携の例は枚挙にいとまがありません。例えば、三菱商事株式会社は、モザンビークにおいて、内戦により疲へいした国家の再建のかぎとなるアルミ製錬プロジェクト立ち上げに大きな貢献をしました。同社は、1998年、モザンビーク政府、資源会社BHPビリトン、南アフリカ開発公社との共同出資により、アルミ製錬会社モザールを設立し、2000年にアルミニウム工場の稼働を開始しました(モザール1、年産28万トン)。翌2001年には、JBICによる公的資金の融資(注16)も得て、モザール2の建設を開始し、2003年には、モザール1とモザール2で合わせて、年産56万トンの生産能力を有するに至りました。現在では、モザールのアルミ製錬は、モザンビークの全輸出品の6割を占める国家の基幹産業に成長しました。また、モザールの従業員約1,000名のほか、下請業者、港湾荷役等の間接的な関係者を含めると約1万人に上る大きな雇用を生みました。従業員に対しては、品質管理や安全・衛生管理についての徹底した教育訓練を行ったため、モザールは優秀な労働者の「人づくり」の場としても評価されています。また、モザールは2001年、周辺地域への社会貢献のために基金(注17)を設立し、学校建設、教科書の供与等を通じた教育支援、水道施設や病院建設等による健康のための環境整備やHIV教育を含む衛生教育、雇用創出のための小規模ビジネス支援などに、年間500万ドル(2006年度)の支援を行っています。このように、三菱商事株式会社は、同国の基幹産業の育成に貢献すると同時に、CSR活動の一環として、モザールの基金を通じて、周辺地域の社会開発にもきめの細かい貢献を行っています。