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第2節 開発における貿易・投資の重要性とODAの役割
開発途上国の貧困人口を削減し、人々の生活水準を高めるためには、経済成長が不可欠です。高い経済成長率を達成する上で、民間企業の活動は重要な役割を果たします。特に近年、世界経済のグローバル化に伴い、貿易、特に輸出及び海外直接投資が開発途上国の経済成長に果たす役割はますます大きくなっています。輸出促進や海外投資の受入れにより、開発途上国は所得や雇用を増大させ、技術や経営ノウハウの移転などを通じて国内の民間企業の活動を強化し、開発に必要な資金を賄うことができます。開発途上国の貿易に対する依存度は高く、GDPに占める輸出額の割合は、少数の国を例外として、20%から35%(注1)にも達しています。また、開発途上国への海外直接投資がGDPに占める割合は、過去50年間に4%から22%へと大きく増加しています(注2)。
しかしながら、開発途上国のおかれている状況は国によって様々であり、全ての国が同じように貿易・投資の恩恵を受けているわけではありません。輸出振興により経済成長を遂げているのは、国際競争力のある国に限られます。また、外国企業による直接投資は、適切なマクロ経済政策が導入されたり、良質な労働力が豊富に存在したり、投資受入や貿易促進のための法制度整備がなされていたり、港湾、道路、空港、通信施設やその管理体制が整備されている等、投資環境が整った国・地域に偏る傾向があります。したがって、ODAを通じて人材育成や制度整備、インフラ整備を支援することは、自らの力だけでは貿易・投資の促進に必要な環境づくりを進められない国にとって重要な意義があります。例えば、世界銀行の試算によれば、開発途上国では運輸、通信、エネルギー等の新規のインフラ建設のための資金として、2005年から2010年の間に年間約2,330億ドルが必要とされ、既存のインフラの維持管理のためには約2,320億ドルが必要とされています。このインフラ建設および維持管理に必要とされる費用は、開発途上国のGDPの5%を超えています(注3)。多くの開発途上国にとってこのような多額の資金を手当てすることは困難であり、また人材育成や制度整備に向けて自国のみで取り組むことには限界があります。
図表I―2 DAC諸国および国際機関から開発途上国への資金の流れ

図表I―3 日本のODA分野別内訳の推移(約束額ベース)

●貿易・投資促進のための日本の支援:東アジア地域の例
日本のODAは、従来より、貿易・投資の促進に資するインフラ整備、制度整備、人材育成といった包括的な支援を、積極的に実施してきました。この方針は、ODAの政策的枠組みであるODA大綱、政府開発援助に関する中期政策(以下、ODA中期政策)でも明確にしています。
このような日本の支援が最も効果を挙げているのがアジアNIEs(Newly Industrializing Economies:新興工業経済地域)、ASEAN、中国を含む東アジア地域で、世界各地域の中でも、経済成長や貧困削減が特に進展しています。1971年には平均約266ドル程度であった一人当たりGDPは、その後のめざましい経済成長により、2003年には平均約1,511ドル(注)にまで上昇しています。また、1日1ドル未満で生活する絶対的貧困人口は、1981年から2003年までの間に約4億人減少しました。
このような成長を通じた貧困削減には、日本のODAによる経済安定化、貿易・投資の促進のための環境整備に伴う、直接投資の受入額や貿易量の増加が一翼を担っています。日本は東アジア地域の海外直接投資の受入れ、輸出促進に向け、インフラ整備や人材育成、さらに制度づくりへの支援といった包括的な経済成長のための支援を行い、これら諸国の自助努力を後押ししてきました。1970年から2004年の期間に日本が東アジアに供与したODAは総額約716億ドル(支出純額ベース)であり、OECD-DAC(Organisation for Economic Co-operation and Development-Development Assistance Committee:経済協力開発機構開発援助委員会)のメンバー国が同地域に供与した総額の54.4%を占めています。
開発途上国における人材育成は、経済成長を支える土台とも言える重要な意義があります。もちろん、人材育成は、貿易や投資といった経済的な側面にのみ関連するものではなく、開発途上国における教育、保健・衛生、医療、法制度の整備といったあらゆる分野にとって不可欠なものです。例えば、教育の機会の欠如は貧困と深い関わりがあります。こうした人材育成は、一朝一夕で実現するものではなく、長年の努力が必要です。日本は、これまでに、初等教育から高等教育まで様々なレベルの人材育成に重点を置いて支援してきました。初等・中等教育においては、学校建設、就学率の向上、教師の能力向上等を通じた教育の「質」の改善、そして学校運営への住民参加推進等の支援を行っています。日本は、特に被援助国の科学技術進歩や経済発展を果たすために不可欠な理数科教育に力を入れており、アジアを含む27か国に対し、支援を実施しています。具体的には、経済のグローバル化に対応すべく、ASEAN諸国や、ケニアを中核とするアフリカ諸国、ホンジュラスを中核とする中南米諸国等において理数科教育改善のため、教材の開発や教員研修などの技術協力を行っています。また、開発途上国の大学の国際化に対応するため、タイのモンクット王ラカバン工科大学を拠点とした東南アジア諸国の第三国研修の実施や、南太平洋地域の島嶼国12か国により設立された南太平洋大学(USP:University of the South Pacific)においては、地理的に離島にある加盟各国の分校との間に衛星イントラネット(USP-Net)による遠隔教育を行うなど、国を超えた教育・研究ネットワーク構築、ITを活用した遠隔講義などの支援を行っています。この他、国の開発・発展を支える技術者養成のための職業訓練や研修の実施等を通じても、人材育成を支援しています。
開発途上国の海外直接投資や貿易を促進するためには、マクロ経済安定化や国際ルールにのっとった貿易投資制度整備が必要です。日本は、経済政策の立案・実施や、貿易投資を促進するための制度づくりへの支援を行ってきました。例えば、モンゴルや後述するベトナムでは、国家計画経済から市場経済へ移行するに当たって導入すべき政策について、JICAから派遣された専門家が提言を行いました。
モンゴルの市場経済化支援は、市場経済化についてのテキストがモンゴル語で作成されたことに始まります。このテキストは、1990年に日本人専門家がテレビ放送を通じて、一般国民に対して市場経済化についてやさしく解説した講義をまとめたものです。その後1991年には日本国内で、モンゴル市場経済化促進グループが結成され、マクロ経済支援を中心に、金融財政政策、為替政策、民営化、中小企業育成、生産性向上、輸出振興、外国援助受入れ体制の整備等を支援しました。さらに、カンボジア、ベトナム、ラオスに対しては、海外からの投資受入れや貿易促進に必要な、民法、商法、民事訴訟法といった法整備を支援しました。
開発途上国への援助は、日本自身の経済的利益にも重要な意味があります。すなわち、日本がODAを通じて東アジア地域の貿易・投資の環境整備を行ったことにより、海外に進出する日本企業の現地事務所や工場の活動を促進したり、被援助国の経済成長に伴う輸出市場の拡大といった効果を生んでいます。日本の東アジア地域への直接投資は、ODAによる投資環境整備に伴って1980年代後半から急増し、1980年度には約6,104億円だった投資額は(注1)、1995年度には1兆1,921億円に達しました。その後、日本の直接投資は1997年のアジア経済危機のため一時的に減少しましたが、その後回復基調に乗り、2004年度には1兆91億円と、再び1兆円を超える規模の直接投資が行われています(受入れベース)。また、東アジア地域の経済成長に伴い、日本企業の現地法人による現地での販売額は順調な伸びを示しており、こうした現地法人による日本からの部品等の輸入額は2004年度には7兆8,710億円、日本の総輸出額の35.4%を占めるに至るなど(注2)、日本経済にも利益をもたらしています。
図表I―4 東アジアの貿易量、貿易量の対GDP比、直接投資の受入額の推移
