column II-7 人々が真に求める支援とは ~インドネシア大地震・津波被害への日本の援助~
2004年12月26日、インドネシア・スマトラ沖で大地震が発生、それに伴いスリランカ南東部で津波が発生し、各地に甚大な被害をもたらしました。多くの人々が犠牲となり、被災国の経済基盤も大打撃を受けたため、日本はこれに対し外務省に緊急対策本部を立ち上げ、緊急支援を実施しました。この災害へ対応の際には、日本はより中長期的な復興も視野に入れた支援を行いました。
この未曾有の災害に関し、日本がインドネシアに供与した146億円の無償資金協力により実施されている事業の多くが、2005年12月、アチェ・復興庁(以下BRR)と世銀等が共同で発表した津波一周年報告書(以下「報告書」)の中で、「JAPAN」の文字と共に引用されています。このことは、インドネシア政府のみならずドナー・コミュニティ全体の高い評価を表しています。
日本が支援した「土地台帳修復事業」(注)と「西岸道路修復事業」は、最優先事業としてこの報告書においても特に詳しく紹介されています。2006年5月に来日したクントロBRR長官も、このような日本の取組に対する高い評価と感謝の念を率直に述べています。
日本国内では、「支援金が使われていない。支援が遅い」との批判が一時期見られましたが、事業は着実に進行しています。当初の立ち上がり段階では混乱がありましたが、その原因として、報告書は次の二点を挙げています。第一に、腐敗根絶を目的としてインドネシア政府が進めていた予算制度の見直しによる政府支出の遅れ、第二に、BRRの設置と現地コミュニティのオーナーシップの尊重です。BRRが発足したのは津波から半年経過した5月でした。また、行政組織が津波で壊滅したアチェ特別自治州と中央政府との調整は困難を極めました。報告書は、こうしたインドネシア政府の粘り強い取り組みは、長期的視野に立って堅固な復興を実現するためには正しく不可欠な決定であったと評価しつつも、同時に、当初において事業の実施の遅延をもたらしたとしています。現在復興事業は地元の協力と信頼を得て、BRRが集中管理し、実施されています。
また、この支援の実施の経験が、その後の「コミュニティ開発支援無償」や「防災・災害復興支援無償」等、より柔軟でコスト意識の高い新たな無償資金協力制度の創設につながりました。

西岸道路の修復を行っている様子

西岸道路完成式典の様子

乾燥した土地台帳のページを開く作業
注:スマトラ島北部のバンタ・アチェ市では、約3万冊に上る土地台帳が海水に浸ってしまった。土地台帳は、アチェの復旧・復興事業において、計画の策定、住宅の再建、土地補償などに必要不可欠な公文書であり、その復旧が急務となっていた。