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column II-19 観光産業から多民族の協調へ



 ボスニア・ヘルツェゴビナは、元々旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国を構成していた6つの共和国の一つで、1990年代前半に紛争が勃発し、1995年のデイトン合意によって平和がもたらされました。紛争終結後10年経った現在でも地雷の撤去作業が続いており、多くの帰還難民や40%を超える失業率など、様々な問題を抱えています。また、中央政府の下に、セルビア系が大半を占めるスルプスカ共和国と、クロアチア系とムスリム系が大半を占めるボスニア・ヘルツェゴビナ連邦という2つのエンティティ(主体)に分かれており、国家の成り立ちにおいて民族間の亀裂が色濃く残っています。現在でも中央政府の機能は脆弱であり、両エンティティはそれぞれ独自の警察を持つなど高度に分権化しており、民族間の対立がくすぶり続けています。
 こうした民族対立を抱える旧ユーゴ地域に対し、国際社会は積極的に支援を行っており、日本も東京で欧州連合(EU)と共催で西バルカン平和定着・経済発展閣僚会合を開催するなど、多民族の協調へ向けた協力を行っています。支援に際し、日本が着目したのが、ボスニア・ヘルツェゴビナの美しい自然です。この国は、首都サラエボで1984年に冬季オリンピックが開催されたことからもわかるように、山に覆われた緑豊かな国土をもっており、紛争前は、美しい自然を利用した観光業が盛んでした。こうした背景から、日本はエコ・ツーリズム注1)開発により観光業を再び振興させるとともに、その過程を通じて民族間の対話を図ることを目指したプロジェクトを開始しました。民族間の融和と協調を進めるという観点から、対象地域は、両エンティティをまたぐ地域に設定されました。
 パイロット・プロジェクト注2)の選定の際には、地域住民参加型のワークショップが各地で計12回も開催されました。住民たちは、プロジェクトが地域に利益をもたらすという信念のもと、ワークショップで自ら地域の問題点を協議し、地域にふさわしい案件を選定していきました。こうして実施が決まった6件のパイロット・プロジェクトの中には、観光客に山村の農家に滞在してもらい、自然との触れ合いを楽しんでもらうといった案件が含まれています。地域住民はエンティティや民族の違いに関係なく、徐々にワークショップに参加するようになり、それをきっかけとして両エンティティ間の住民の往来も盛んになって民族融和に大きく貢献しました。
 日本のプロジェクトを通じたエコ・ツーリズム開発により、ボスニア・ヘルツェゴビナにおいて、環境保全と両立した観光産業が振興し、民族間の協調がさらに促進され、同国の安定と繁栄が実現することが期待されています。

プロジェクト対象地域内にあるヤイツェ滝。景勝地として有名(写真提供:JICA)
プロジェクト対象地域内にあるヤイツェ滝。景勝地として有名
(写真提供:JICA)

ワークショップのオープニング(写真提供:JICA)
ワークショップのオープニング (写真提供:JICA)

注1)自然環境の保全に資するよう、自然を活かした観光と地域振興を両立させ、環境教育にも役立つ観光・旅行形態。

注2)プロジェクトを本格的に始動させる前に、どのようなプロジェクトが実際に効果的であるのかを調査するため、複数の小規模なプロジェクトを試験的に選定して実施するもの。


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