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column II-9 環境と調和した流域保全に役立つ生産活動の推進



 パナマ運河(全長80キロメートル)は、パナマ一国の経済のみならず、世界の海上物流を支えています。中央部に海抜26メートルの湖があるパナマ運河を通航する船舶は、3段階の水門を通って湖面の高さに登り、また海面まで降りなければなりません。このように水門で水位を変えて船舶を上下させるために、膨大な量の水が使用されており、運河流域の熱帯雨林を保全することで水源を確保しておく必要があります。ところが近年、地域住民が放牧のために森林伐採を行ったり、焼畑農業を続けたりした結果、運河流域の森林面積は半減してしまいました。森林保全のためには、植林事業の実施も効果的ですが、さらに、運河流域の水源枯渇を招く原因である焼畑農業を、運河流域の保全に役立つ生産活動方式に早急に転換していくことが求められています。
 日本は、米国、中国に次ぐパナマ運河の利用国であり、パナマ運河が正常に機能し続けることは日本船舶の航行にとっても重要です。こうした背景から、日本は、2000年秋からパナマ政府と共同で「パナマ運河流域保全計画」を実施しました。
 このプロジェクトで最も力を入れているのは、自然環境の保全に配慮した生産活動を持続的に行っていくための技術(具体的には「アグロフォレストリー」注))の指導と普及です。対象地域の約9割の世帯が、貧困にあえぎ、電気や下水道などの基礎インフラのない生活を余儀なくされている零細農民です。彼らは日々の生活に追われる中で、持続可能な生産活動のための適切な技術・知識を習得できず、そのために昔からの習慣として焼畑農業を続けてきたという背景があります。
 技術の指導と普及を効果的に実施し、農民の能力強化と持続的な生産活動を効果的に支援するという観点から、このプロジェクトでは徹底した参加型手法を取り入れています。具体的には、農民のグループ化や組織化を支援しながら、定期的に会合を開催し、生活改善のために何をやりたいか、何をやるべきかを農民が自ら決めるようにしています。また、農民が自主的にワークショップを開催して、グループごとに種蒔きや収穫の時期、農閑期の加工品の製作など生産活動の年間作業計画を作成しています。こうした取組を通じて、作物の収穫量を増大させた結果、余剰作物や加工品の販売により現金収入を増加させた成功例が出てきています。
 こうして、かつては自分の名前すら人前で言わなかった女性農民が、今では堂々と将来の計画・希望について発言するなど、農民の能力向上の面で大きな前進が見られるようになりました。将来的には、こうした農民たちが中心となり、運河流域の環境保全、ひいてはパナマ運河の持続的運営に大きく寄与していくことが期待されています。

農民に対する研修(写真提供:JICA)
農民に対する研修 (写真提供:JICA)

焼畑に替わる新たな水田技術(写真提供:JICA)
焼畑に替わる新たな水田技術 (写真提供:JICA)

注)ある土地に、樹木類(果樹・香木・ヤシ類などを含む)と農作物の植栽を行い、植物資源を常に保有しつつ土地を有効に利用し、生産活動を行う方式。家畜の放牧を組み合わせて行うこともある。


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