columnI-11 OECFによる「世界銀行の構造調整アプローチの問題点について―主要なパートナーの立場からの提言」について
1991年11月、世界銀行との定期政策協議の場において海外経済協力基金(OECF 現JBIC)は「世界銀行の構造調整アプローチの問題点について―主要なパートナーの立場からの提言」(「下村ペーパー」)と題するペーパーを提出し、世界銀行が1979年より導入していた構造調整融資のあり方に対し、重要な問題提起をしました。
1979年の第2次石油危機に端を発した途上国の累積債務問題が深刻化する中、世界銀行は、これら途上国の政策変更を条件とした国際収支支援(構造調整融資)を実施していました。こうした中、日本もこのような支援の必要性を認識して、世界銀行の構造調整融資に対して、1986年より、OECFを通じて協調融資を始め、以後1991年度までの間累計約4,500億円にのぼる支援を行っていました。
構造調整融資は、その融資の実行にあたり、「コンディショナリティ」と呼ばれる貸付条件を付与することとしていました。これは市場原理を重視する新古典派経済学理論に基づくものであり、具体的には、コンディショナリティとして貿易自由化、民営化といった政策の実施を融資の条件として課し、それらの政策を通じて融資受入国の経済構造の改善を図り、経済状態を安定させることを目的としています。しかしながら、融資受入国の中には、貿易自由化、民営化といった政策を受け入れる素地がまだ整っていない国もあり、そのような国々の中にはコンディショナリティに基づく政策の実行により、かえって国内の貧困層の増大、インフレの高進といった混乱を招いた国もありました。
日本は、従来から途上国自身の自助努力を重視する一貫した姿勢の下、それぞれの途上国の国内状況と個別事業の実施に十分配慮しつつ開発援助を行ってきました。そして、日本自身の経験やアジアの開発経験などから、世界銀行の構造調整融資に伴うコンディショナリティの考え方は途上国の経済社会の実態に合っていないという認識を持つようになりました。
「下村ペーパー」は、コンディショナリティの考え方の背後にある市場原理による資源配分の効率化が経済政策において重要な要素であるとの点は認めつつも、それだけを強調する政策はバランスを欠き、かえって市場原理導入の意義を損なうことを指摘しました。そして規制緩和や貿易自由化、民営化を進めるだけではなく、経済の効率性を追求することによって社会的弱者に不利な影響を与える可能性があるということに配慮し、社会全体の厚生を最大にするバランスのとれた長期的視点にたった政策判断が行なわれる必要があることを問題提起しました。
「下村ペーパー」は、その発表後、世界銀行のみならず多くの開発関係者に読まれ、構造調整融資のあり方の見直しに関する論議に一石を投じました。そして、世界銀行内部に構造調整融資の改善の模索、さらには「途上国の持続的発展のためにはどうすれば良いか」という、開発のあり方を再検討する動きにつながっていきました。
このような途上国の政府の役割の有効性などを重視する日本の主張は、その後、日本のイニシアティブに応じて世界銀行がまとめた報告書『東アジアの奇跡』(1993年)によってさらに広く関心を呼び、新古典派経済学とは異なる経済政策に寛容な立場を広めていくことになりました。