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第2節 援助実施の原則
新しいODA大綱では、旧ODA大綱の「原則」を基本的に踏襲した形で「援助実施の原則」が盛り込まれました。以下では、原則の実施状況を含め、原則を維持した背景にある考え方について説明します。
国連憲章の諸原則及び以下の諸点を踏まえ、開発途上国の援助需要、経済社会状況、二国間関係などを総合的に判断。
(1)環境と開発の両立
(2)軍事的用途及び国際紛争助長への使用の回避
(3)軍事支出・大量破壊兵器等の動向に十分注意
(4)民主化、市場経済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状況に十分注意
1.基本的な考え方
新しいODA大綱においても、基本的に旧ODA大綱の「原則」は踏襲されました。それは、旧ODA大綱の原則の基本的考え方、そして、原則に掲げられている4つの諸点の妥当性、重要性は今日においても失われていないと考えたためです。
「環境と開発の両立」ですが、環境と開発の両立とは、基本方針の中にあるODAの実施にあたり「開発途上国の環境や社会面に与える影響などに十分注意」を払うという考え方と軌を一にする考え方です。「軍事的用途の回避」については、1970年代以降の国会決議に基づいて策定されたものですが、日本の援助が、被援助国において軍事的な用途に使われることがあってはならないという考え方です。「軍事支出・大量破壊兵器等に十分注意」は、1990年の湾岸危機の勃発に端を発しますが、開発途上国での限られた資源を有効に活用するためにも、軍備ではなく開発に対し優先的に資金の配分を行うことが重要であるとの認識に基づいた考え方です。「民主化・人権等に十分注意」についても、民主化、人権の尊重などは国際社会における普遍的な価値であり、被援助国に対してこれら価値の尊重を促すことは重要だという考え方に基づくものです。これら考え方は、今日においても基本的に引き続き妥当性を維持しています。
また、旧ODA大綱の原則の基本的考え方は、援助の実施にあたっては、4つの諸点を踏まえつつも、原則の適用にあたっては具体的な状況を踏まえたきめ細かい判断が必要だというものでした。すなわち、途上国においてこれら4つの諸点との関連で、特に、途上国の軍事支出の動向や民主化の促進など「十分注意を払う」とされている事項について、好ましい動きが見られる場合には、日本として、その途上国の開発努力を援助を通じ、積極的に支援することとし(ポジティブ・リンケージ)、逆に軍事クーデターによる政府の転覆、民主主義の後退等好ましくない動きが見られた場合には、日本としては相手国に対し事態の改善を求める等の外交的働きかけを行った上で、それぞれの状況を総合的に判断して当該国に対する援助を見直す(具体的には援助の停止も含め適時適切な措置を講じる)こととしています。なお、これらの事項は、被援助国の安全保障や政治体制、経済政策など国内政治の問題に深く関わるものであり、日本の対応如何によっては当該国を国際社会から孤立させる結果につながるなど逆効果となりかねないことから、日本としては、あくまでも外交努力による説得を通じ、日本の目標追求に向け相手国に粘り強く働きかけていくという考え方をとっています。その際には中・長期的な視点に立ち、途上国における一定期間の動向や趨勢等を見つつ適時適切に対応していくことが重要です。加えて、相手国の諸事情や経済社会状況が様々であることにも留意した対応が必要となってきます。したがって、その具体的な運用に際しては、一律の基準を設けて機械的に適用するのではなく、その背景や過去との比較等も含めて相手国の諸事情を考慮し、総合的にケース・バイ・ケースでの判断が不可欠です。
また、原則の適用にあたっては、途上国国民への人道的配慮も必要です。日本がODA大綱の原則を踏まえ、被援助国の援助の停止(削減)に至る場合において、最も深刻な影響を受けるのは当該途上国の一般国民、特に貧困層の人々です。したがって、原則との関係で明らかに好ましくない動きのある途上国においても、国民生活への影響を考慮するとともに、緊急的・人道的援助の実施については特別な配慮が必要です。こうした考えの下、日本は、例えば「緊急的・人道的性格を有する援助を除き原則として見合わせる」といった対応をとることによって、途上国内の弱者への配慮を行ってきています。
上記の旧ODA大綱の原則の適用に際しての基本的考え方は、今日においても、引き続き妥当性を維持しています。
以上のとおり、新しいODA大綱において、原則は基本的に維持されたわけですが、今後を見据えて適切に対応するために、一定の変更もなされました。ODA大綱の見直しで焦点の1つとなった「いわゆる要請主義のあり方を見直す」との観点から、旧ODA大綱の「相手国の要請」を「相手国の援助需要」とし、それに経済社会状況、二国間関係などに加え、それらを総合的に判断の上援助を行うとしました。また、旧ODA大綱において「国際平和と安定を維持・強化する」と記述されていた部分については、現在、テロや大量破壊兵器の拡散が国際社会が直面する重要な課題であり、かつ、日本の安全保障に対する重大な脅威となっている状況に鑑み、より適切な表現にしました。また、新しいODA大綱では、「援助実施の原則」の最初に「上記理念にのっとり」という文言を追加していますが、この趣旨は、「援助実施の原則」を考えるにあたっては、ODA大綱全体、特にODA大綱の理念の部分もきちんと考慮に入れるべきことを示したものです。
なお、「原則」の実施状況を論じる際、往々にして、「原則」との関係で問題となった特定の案件だけが注目されることから、そのような特定の案件だけが「原則」の適用対象であると誤解されることがありますが、実際には、個別案件の実施から経済協力に関する方針の策定に至るまで、そもそもすべてのODA事業は、「援助実施の原則」を含めたODA大綱全体を踏まえ、これに沿った形で実施されているものです。