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文化外交(海外広報・文化交流)

「ヤング・リーダーズ・サミット2000 in 沖縄」基調講演

(講演者:明石 康 日本予防外交センター会長、前国連人道問題担当事務次長)



主 催: 沖縄県サミット推進県民会議、外務省、国際交流基金
日 時: 平成12年6月13日(火)午前10時45分~11時27分
会 場: 沖縄コンベンションセンター 劇場


明石 明石 康(日本予防外交センター会長): 稲嶺知事、野村大使、中嶋常務理事、会場の皆様、ただいまご紹介に預かりました明石でございます。この「ヤング・リーダーズ・サミット2000 in沖縄」で基調講演をするということを大変に光栄と存じております。今日と明日にかけて2日間、G8サミット参加国はもとよりその他の国々からの人も含む、明日の世界を担う青年の皆様方が率直に、しかも活発に人類の抱えている共通の問題について話し合われることを大いに期待しております。このような国境を越えた議論を展開する場所として、ここ沖縄というは恐らく最適の場所であると私は考えております。沖縄の資料を見ますと、それが日本の最南端であり、アジアの他の国々との大変重要な接点であるということが一目でわかります。また、沖縄の歴史を見てみますと、この土地は日本本土に対しても、また中国に対しても、ある自立を保ち東南アジアなどとも通商や文化関係を保ちながら、しかも自らのアイデンティティーを失わなかったということがわかります。この地沖縄は、第二次大戦末期において、筆舌に尽くせないような悲惨な悲劇を経験しました。ここに集まった皆さんの多くにとって、第二次世界大戦は遠いその時代の朧げな記憶に過ぎないとしても、それは無理がないかもしれません。しかし、この土地において、実に数万人の軍人と女性や子供達を含む多くの市民の命が不当に短く断ち切られた事実を風化させることは許されません。戦後50数年、日本は平和を享受してきており平和というものは何か空気か水のような当たり前の事になっておりますが、実は平和というのは、我々の財産の中でも最も貴重なものであり、また、大変に脆く壊れやすいものであるということが言えると思います。アジア、アフリカ、中東、コーカサス、バルカン半島などの現状を見ますと、残念ながらこの地球全体に本当の平和が来るのは、まだ遠いものであるということを我々は知らされるわけでございます。私が、この沖縄の人々の心の大きさと温かさに打たれるのは、個々の平和の石地に奉られている人たちが、戦争に倒れた日本の軍人や市民だけではなく、これらの人々と戦ったアメリカその他の連合軍兵士とアジアの人々を含んでいるという事実であります。ここに示されておりますのは、第二次大戦を人類全体の見地から見るという広い心であるのだろうと思います。そしてこの心は、「安らかに眠って下さい、この過ちは繰り返しませんから」と誓った広島の原爆記念碑に刻まれた高貴な言葉とともに、相手に対する降伏というものを越えた平和への強い希求と、願いというものが存在するということを示していると私は考えます。
 しかし、皆さん、平和というものは祈っているだけでは来ません。一つの国だけの努力で実現できるものでもありません。アメリカと、旧ソ連邦とを中心とする激しいイデオロギーと軍事的政治的対立は幸いにして、約10年前に終わりを告げました。しかし、地域的な、あるいは国内的な対立や紛争というものは、数も多くなり、その激しさを強めております。それによる被害者の数も増えてきております。確かに、この10年間、国と国との間の戦争というものは少なくなってきたのは事実でありますけれども、それでも、インドとパキスタンや、エジプトとエリトリアとの間の戦争が行なわれてきております。しかし、こういったような、国と国との戦争よりももっと多くなったのは、一国の中における宗教や民族や部族や利権などが絡まった紛争であります。これらの紛争の実体は、その内容を見ますと、違いがあって、原因についてもケースバイケースにこれを探る必要があります。一つ言えるのは、国家権力や利益への平等なアクセスがない場合にいくつかの紛争が起きているということが言えます。また多くの場合、先導的な、野心的な政治指導者が存在するということも指摘できます。それから、歴史を遡って相互に対立したり、殺しあった記憶を意図的に蘇らせるという操作もしばしば行われております。掛けて加えて、メディアの力を使い操作をして相手との違いをことさら強調したり、誇張したり、それを増幅するというようなことも行なわれることがよくあります。
 皆様、20世紀はあと半年で終わるわけであります。私たちは、新しい世紀に入ります。確かに21世紀は、胸のときめくような平和への期待というものを我々に抱かせます。また、グローバル化の一つの果実として、より多くの人が幸福になるということも信じたいと思います。この21世紀というものを考える前に、今終わろうとしている20世紀というものがどういう世紀であったかということを、ちょっと皆さんと一緒に顧みてみたいと思います。この20世紀というのは、科学技術の進歩と、生活水準の向上という点では、本当に、この20世紀前の一千年の間の変化よりも素晴らしいものがあったと思います。色々な成果がありました。地球の人口は20世紀の初めには、19億人位でした。昨年の10月にはこれが60億人になりました。3倍以上に増加したわけであります。また、平均寿命は2倍ないしはそれ以上に伸びているというのが世界のほとんどの国に関して言えるわけであります。ここ日本においては、この100年間に生活水準が約15倍に向上したということをエコノミストが言っております。これは世界第一の向上であります。しかしながら、我々人類の4分の1近い約13億人が、まだ、それぞれ一人当たりの所得が、一日1米ドル以下の所得に過ぎない、そういういわゆる絶対的貧困の中に置かれているということも忘れてはいけないと思います。色々な国の中での富の格差、また、国と国との間の富の格差というものが大変に大きくて、これが将来の不安定要因になるであろうということが心配されます。また、私は先ほど、日本の生活水準がこの一世紀で15倍以上になったと申し上げましたけれども、日本人は果たして15倍幸福になったでありましょうか。むしろ、物質的な意味での繁栄は精神的な空白や荒廃をもたらし、世帯と世帯との間の対話や理解というものを難しくしている面もあるのではないでしょうか。人間としての生きがいや働くこと、労働することの意味や社会の結集の度合、人間と自然との間の共存といったようなものがいろいろ問われております。また、教育についても、それが危機的な状況にあるということが広く語られているわけであります。20世紀には今申し上げたような、科学文明、生活水準の向上、その他の成果がたくさんありました。しかし、この世紀が同時に大変に血生臭い、残酷な世紀であったということも我々は忘れることが出来ません。2つの世界大戦がありましたし、他にも多くの戦争が行なわれました。この20世紀の地球における犠牲者の総数はある推定によりますと、1億9000万人にのぼるそうでございます。また、この1億9000万という数は、19世紀における犠牲者の数に比べて約4倍であるという事も言われております。その上、問題はこの犠牲者の数だけではなくて、犠牲者の内容であります。第一次世界大戦におきましては、犠牲者の9割が軍人でした。残りの約1割が民衆でありました。第二次大戦におきましてのこの比率は軍人が半分、民衆が半分ということになりました。しかし、より近年における戦争、ベトナム戦争やこの90年代に頻発しております内戦においては、実に犠牲者の約9割が何の罪もない民衆であり、女性であり、子供であるという現実がございます。第二次大戦においては、無差別爆撃というものが、ヨーロッパにおいてもこのアジアにおいても行なわれました。私は数年前に、国連の仕事をまだしておりました時にアフリカの中部のルワンダに参りました。ルワンダにおいては、ツチ族とフツ族がお互いに殺し合いを何度も続けております。私はある教会を訪ねました。そこにおいては、教会は比較的安全だろうということでそこに避難したツチ族の約6000人の老若男女が殺されており、まだその臭いがしておりました。その人達は、まず小銃や手投げ弾などの近代的な武器によって殺され、殺されてしまった上にまた鉞や斧のような原始的な道具でもって、死骸が破損されているのを見て、私はそういう部族の、種族の間の憎悪というものがいかに深いものであるかということに慄然としました。このように90年代の内戦の時代、民族的なその他の紛争の時代においては、殺し方が、国と国との戦争よりも、より残酷である場合があるようでございます。心理学者に言わせますと、これは一種の近親憎悪と言えるのではないかと言う人もあります。このような事をみますと、人類というのは本当に進歩しているのだろうか、それとも退歩し始めているのだろうかという疑問が、湧いてくるのではないかと思います。
 国際連合、国連は、第二次大戦後の平和に対する人類の強い希望、期待を担って、1945年に創設されました。アメリカと旧ソ連の間の、また、自由陣営と共産圏の間の冷たい戦争があったために、国際連合は理想通りには機能出来ませんでした。それでもなおかつ、この国連を通しまして、植民地の独立や先進国と開発途上国との格差の解消、開発、環境、人口、麻薬、テロリズム、エイズその他感染症の撲滅のために、この人類的な課題に関して啓蒙したり、共通の認識を作ったり、また、国際的なルールを定めたり、将来の世界が進むべき方向を国連は示してきたと言えると思います。
 人権に関しましても、1948年に世界人権宣言ができましてから、世界共通の基準づくりに国連は努力し、たくさんの条約を作って現在に至っております。そういう意味で、我々は価値というものを共有できる世界に向かって、少しずつ近づいてきているということは言えると思います。20世紀の残したマイナスの遺産の一つのものが、核兵器や化学兵器、生物兵器などの大量破壊兵器の存在というものであります。化学兵器と生物兵器に関しては、全廃条約がちゃんとできております。しかし、生物兵器については、その全廃が本当に行なわれたかどうかを見定める検証の規定が残念ながらまだ出来ておらず、これが、ジュネーブの軍縮会議で交渉中でございます。核兵器に関しましては、関係国による一方的な、ないしは総合的な削減が行われております。しかし、核兵器国の中には、核兵器の増強を行っている国もございます。一昨年は、このアジアの一角にあるインドとパキスタンが核実験を行って、新しい核保有国になりました。核兵器を開発していることに関して疑惑を持たれている国もいくつかございます。こういう事を考えますと、世界はまだ大量破壊兵器に関して、危険な世界であります。また、主権国家というものは、自分の国の究極的な安全保障を国連に委ねるといった所まではいっていないということを我々は忘れてはいけないと思います。
 国連の手による平和の維持というものは、限定された形ではありますけれども、1948年以来、世界の各地で行なわれ、国連が積極的な役割を果たしてきております。先ほどご紹介にありましたように、私はカンボジアのPKOの総指揮を行いましたけれども、他にも国連はモザンビークやナミビア、最近ではこのインドネシアの東側の東ティモールという所で、戦乱の後での新しい国造りの過程で、暫定的に主権を代行し民主主義の確立に貢献しているということが指摘できます。国連PKOというのは色々なな形がありますけれども、当事者の間の合意と大国全ての支持があれば、この二つの条件が満たされている時には、具体的な成果を収めることができます。しかし、国連のPKOというものは、国連の常備軍が存在しない現在では、あくまでも寄せ集めの軍隊によらざるを得ません。寄せ集めの軍隊であれば、本格的な戦闘行為というものはとてもする能力がないわけです。こういったような軍隊は、軍隊というよりは警察官のような性格を持っておりまして、停戦ラインの監視や国境のモニター等そういう事は得意としておりますけれども、混乱を極める内戦の真っ只中で、当事者の間に立って、実際の武力行使を行うとなると、いろいろな短所や欠陥があります。こういったような欠陥は、ソマリアやボスニア、最近はアフリカの西部のシエラレオネで証明されております。こういうことで、国連PKOには出切ることと出来ないことがありますので、やはり出来ないことをやらせてはいけないわけでありまして、そういうことに関しては、国連のお墨付きのもとに作られる多国籍軍や、それ以外には伝統的な同盟という体制に頼るしか致し方ないということが言えると思います。また、近年においては国連の足りない点を地域機構によって補うということが色々行われております。アフリカにはアフリカ統一機構というのがありますし、また西半球においては米州機構というのが作られております。ヨーロッパにおいてはEU、欧州連合がございますし、また、OSCE、欧州安保協力機構ができておって、多方面に渡って活躍しております。残念ながら、ここアジアにおいては、ASEANという機構は確かにありますけど、これは東南アジアの最初は6カ国、現在10カ国が参加しておりますけれども、そういう限定された部分的な機構でありまして、アジア全貌を包含しているわけではありません。APECという経済的な機構があります。これはアジアのみならず太平洋地域も包含オておりますけれども、経済問題を扱うだけで、政治問題は扱っておりません。ASEAN地域フォーラム、ARFというのもできておりますけれども、これはまだまだ機構と言うには弱くて、信頼の情勢を高めるというまだ初歩的な段階にあります。このARFはこれからは徐々に予防外交や紛争の具体的な解決という方向に進んでいくことが予想されます。しかし、こういったようなプロセスは、大変に時間がかかり、また辛抱強い取り組みが必要であります。ヨーロッパには、先ほど申し上げたように、EUやOSCEができておりますけれども、こういったものを作るプロセスにおきましても、やはり1975年のヘルシンキ会議から1995年のパリの会議まで、20年かけて人権や地域的な協力について整備された枠組みを作るところまでいっているわけあります。ヨーロッパで20年かかったことが、アジアにおいては40年かかるとしても、私は必ずしも不思議ではないだろうと思います。
 先週末、東京におきまして、「紛争の解決とNGOの役割」ということにつきまして、各国のNGOや学者、研究者を集めて、大変有益で活発な議論が行われました。それに参加して、私はアジア地域のNGOも、かなり真面目で着実な歩を始めたというように感じました、と同時に、アジア社会においてはまだ市民社会というのが脆弱であります。このNGOがそれぞれ自国政府や権力に対して持つ関係も種々様々であります。しかし、平和や開発の問題を政府や国際機関に任せておくだけではなくて、市民が、市民団体が、NGOが立ち上がらなくてはいけないという真剣な問題意識が若い人々の間に、国境を超えて生まれてきているというのは注目すべきことであると思います。
 アジア地域は地球人口の半分以上が住む大変に広大な地域でありますし、歴史も文化も政治も経済も大変に多様であります。日本はこのアジアの中でも最大の先進国であり、経済大国であるということが言えるわけですが、政治大国として世界で、また国連において積極的な役割を果たしているかと言えば、国民の間にもそういう役割を果たすべきかについて多少の躊躇とためらいがあるのではないかと思います。アジアやアフリカにおいて、我が国はODAを、政府公共援助ですけれども、これを与える点で、今世界の第一人者としてこれらの国々によって感謝されていると思います。しかしながら、第二次大戦には侵略国であったわけで、そのイメージを完全に払拭できているかどうかと言えば、国によってはできているところもあるし、そうでないところも残念ながら存在しているということを認めざるを得ません。我々としては過去に対する厳しい自己反省を行うと同時に、相互の信頼に基づいた新しい未来の構築を行うという、この二つの作業を同時に行う必要があるだろうと私は考えております。
 色々なことを申し上げましたけれども、私は日本の21世紀における役割というものは、戦後日本が決意したように、平和国家を作る、また軍事力に基づかない国連尊重の精神に基づいた国家の道を歩み続けることだと思います。しかしながら、単に夢と理想を追いかけるドン・キホーテになってはいけないと思います。究極的な平和に向かって、現実的な方法論を、また政策論を我々は色々考える必要があると思います。国連の可能性は、これを伸ばしながらもその限界を弁え、こういった限界をどのように改革し、強化すればいいかということについて具体的な努力を積み重ねていく必要があると思います。
 端的に言いますと、我々は、やや内向きの孤立的な平和主義を、外に開かれた行動的な平和主義というものに変えていく必要があるということになると思います。また、欧米諸国とアジア諸国との協力に関しまして、そのどちらかを大事にする、どちらかを選ぶということではなくて、私はそのどちらも大事であることを認識し、多角的、多層的にしぶとく世界の重要な構成要員として、国連も利用し、G8の場もよく使い、ARF、ASEAN地域フォーラムなどあらゆる機構を積極的に活用し、より良い世界を構築していくことが大事だと思います。平和というものは、この地球の何処に関しても関心を持つということであります。その意味で、我々はアジアに生きているわけでありますけれども、ヨーロッパの一角であるコソボにおいて、人道的な偏見があった場合に、それに関心を持つことも大事だと思います。また、ヨーロッパやアメリカの人は、そういう自分の地域の問題のみならず、このアジアの一角である、朝鮮半島における平和や安定について、我々と同じように関心を持って欲しいというように考えます。
 最後に申し上げますけれども、平和と共生に基づく21世紀を作るということは大変に素晴らしい目標でありますけれども、達成がそんなに易しい目標ではありません。そのためには何よりも、国と国、民族と民族、文化と文化との間に、こういう構築をしていかなければなりません。しかし、それだけではなくそれぞれの国の中において、世代と世代、グループとグループの間に、また、人類そのものと、人類がその中で生きている自然環境との間にも、相互の畏敬と理解というものの気持ちが漲っていなければならないと思います。この「ヤング・リーダーズ・サミット 2000 in 沖縄」という会議に参集された皆さんがこれらの大変に画期的で奥の深い、また複雑な問題に対して、今日と明日に渡って活発に議論され、その議論の結果、明確で力強いメッセージが21世紀に向けて生まれてくることを私は心から期待して、私の基調講演に変えさせていただきたいと思います。ご清聴大変にありがとうございました。

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