第2章 分野ごとに見た国際情勢と日本外交

 第2節 世界経済の繁栄の確保と途上国の開発問題

   1.世界経済の繁栄の確保
(1)総論

【グローバリゼーションの進展と課題】

 97年の夏に発生したアジア経済危機がロシアや中南米にも波及した結果、新興市場諸国に融資を行っている日本や欧米の金融機関は多額の損失を出し、世界的な信用収縮が起こった。この背景には、物資、資金、技術、情報などが国境を超えて比較的自由に移動し、これらの要素の最適な資源の組み合わせを通じて、世界的規模で経済の効率化が進行するというグローバリゼーションの動きがある。上記のような世界経済の現状は、このグローバリゼーションという一大潮流に伴う新たなリスクを象徴しているとも言える。また、地球環境問題や国際組織犯罪などのグローバリゼーションのいわば影の部分が顕在化しており、これらの課題への対応も求められている。一方、グローバリゼーションが不可逆的な潮流である以上、その利点を最大限活用して世界経済の繁栄を図っていくことが望ましいと考えられる。また、新たな分野においては、日本に有利な標準やルールを打ち出し、普遍化していく努力が必要である。

【世界経済の混迷克服】

 世界経済の混迷を克服して21世紀に向け繁栄を確保していくために、日本としては、日本経済再生、アジア支援、国際金融・通貨制度の強化、多角的な貿易・投資の枠組みの整備等に積極的に取り組む必要がある(アジア経済情勢については第1章2.(3)参照)

  • 日本の取組
     まず、日本経済を再生し、その信頼を取り戻すことはアジアをはじめとする世界の安定と繁栄にとって極めて重要である。日本が景気回復・金融再生への取組を強化し、一層の規制緩和により輸入を拡大し、対外投融資を回復させることは、各国が期待することであると同時に、世界最大の債権国としての日本の責務とも言える。日本は、総合経済対策の着実な実施や金融再生関連法等に基づく金融再生に取り組むとともに、緊急経済対策の策定・実施を早急に進めるなどの対応をとってきており、諸外国からも高い評価を得ている。今後とも、国際経済情勢を注視しつつ日本の経済政策を策定し、各国との協議の場で日本の取組を十分に説明していく必要がある。

  • 国際金融・通貨制度の強化
     国際的な経済・金融危機の防止策や危機発生時の対応策の改善に向けて、IMF・世界銀行体制のあり方の見直しや、大規模かつ急激な資本移動への対応策の強化、透明性の向上や国内金融制度の整備等、国際金融システムの強化について現在様々な場で議論が進められている。5月のバーミンガム・サミットでは国際金融システム強化の枠組みが提示され、9月に首脳レベルでのイニシアティヴが数多く出され、10月のIMF・世界銀行総会等一連の会合では資本移動への対応強化等について各種の提案が出された。また、10月末に、国際金融システム強化の方向性に合意するG7首脳レベルの声明が発出され、99年6月に開催予定のケルン・サミットに向けて具体策が検討されることとなった。また、11月のAPEC首脳会議において、投資銀行、ヘッジファンドの透明性や情報開示の基準等につき国際金融システム上重要なメンバーを含めた作業部会を早期に設立し議論を進めていくこととなった。
     欧州では、99年1月より導入される単一通貨ユーロが将来的にはドルに次ぐ新たな主要国際通貨として世界金融市場に大きな影響を及ぼし得る。さらに、ユーロの誕生は、97年来のグローバルな大企業合併に見られるような、いわゆる「大競争」に拍車をかける要因でもあり、日本としても、その動向を注視していく必要がある。特に、ドル、ユーロの二極通貨体制が有力視される中で国際通貨としての円の地位を引き上げる努力が不可欠である。ドル、ユーロとともに国際通貨としての円の役割が高まれば、国際通貨体制の一層の安定に寄与すると考えられる。(ユーロについては第3章4.参照。)

  • 多角的な貿易・投資の枠組み整備等
     5月の世界貿易機関(WTO)閣僚会議及び多角的貿易体制50周年記念会合や10月のG7首脳会合において、今回の経済・金融危機が保護主義の台頭を招いてはならないとの認識が共有された。このような認識の下、日本をはじめとする先進国は、新興市場諸国の経済回復に向けた支援を実施するとともに、必要な市場の提供に努めていく必要がある。WTOでは、2000年から次期自由化交渉が開始する。この交渉を通じて、日本はグローバリゼーションの進展の中で日本の経済的利益を増進するとともに、世界経済発展のための包括的な貿易・投資の自由化を促進し、またそのためのルール作りに積極的に貢献していくとの立場である。同時に、国際的なルールに則って日本の国内産業の構造改革を進めていくことも重要である。一方、アジア太平洋経済協力(APEC)において、早期自主的分野別自由化(EVSL)をめぐりメンバー間の意見が対立したにもかかわらず妥結に至ったことは、貿易・投資の自由化・円滑化のモメンタムを維持するとのAPECの立場が堅持されたことを示している。

【グローバリゼーションに伴う新たな課題への対応】

 グローバリゼーションの進展により、投資分野や、近年急速に増大してきている電子商取引などの新たな経済分野におけるルール作りの必要性が高まっている。同時に、雇用・福祉など従来各国の国内的な取組が主体となってきた問題や、地球環境問題、国際組織犯罪など、一国家のみでは解決できない地球規模の問題への国際的な関心が高まっている。バーミンガム・サミットでは、「グローバルな経済問題(アジア経済、環境、貿易、開発など)」と並んで「国際組織犯罪」と「雇用」が議論の柱とされ、緊密な意見交換が行われた。今後ともこうした課題についてのサミット参加国間の協調がますます重要となろう。

  • 投資(MAI等)
     投資に関する国際的なルールの策定を目的として、95年から経済協力開発機構(OECD)において多数国間投資協定(MAI)交渉が行われてきている。しかし、10月に再開するはずであった同交渉には、フランスが不参加を表明したことから交渉継続が困難となった。12月の非公式協議では、MAI交渉はこれ以上継続しない、ただし、OECDで議論を続けることは重要である等の点について意見の一致を見た。投資に関する国際的なルール策定についてはWTOの貿易と投資作業部会においても検討が進められており、また、APECにおいては、内国民待遇、透明性の向上などの投資環境改善のための政策措置のリストが作成された。このリストは各メンバーが自らの投資環境を改善する措置を自主的に選択し、個別行動計画(IAP)に取り入れていくための参照用に作成されたものであり、99年から定期的に改訂されることとなっている。

  • 電子商取引、コンピューター2000年問題
     電子商取引は、世界経済成長の牽引力となり得る分野として近年内外の期待が高まっている。電子商取引は基本的にボーダーレスの性格を有していることからその普及・発展のためには国際的ルール作りが緊急の課題であり、そのような観点から日本は、この分野で先進的取組を進めている米国やEU等との協議のほか、G8、WTO、OECD、APEC等多国間の協議にも積極的に参加し、新たなルール構築に向けた貢献を行ってきている。また、コンピューター2000年問題についても、日本は、国連、OECD、APEC、各種国連専門機関、G8等の多国間協議、日米、日韓等の二国間協議等の場を通じて国際協調を図りつつ、各国との情報交換や、官民一体となった取組を通じて得られた知見をもとにその国際的な対策づくりに貢献するなど積極的に取り組んでいる。

  • 外国公務員に対する贈賄防止条約
     OECDで採択された「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」は、外国公務員に対する不正な利益供与により商取引等を獲得する行為が公正な国際商取引を害していることを踏まえ、このような行為を国際的に取り締まることによって企業の公正な競争の場を確保することを目的とするものである。日本では国内法の整備(不正競争防止法の一部改正)を行い、10月13日に署名国の中でいち早く(アイスランドについで2番目)同条約の受諾を行った。

(2)多角的貿易体制と地域経済協力

【多角的貿易体制-世界貿易機関(WTO)】

  • 第2回WTO閣僚会議と次期自由化交渉
     98年は関税及び貿易に関する一般協定(GATT)が発足して50周年という節目の年に当たり、5月に第2回WTO閣僚会議及び多角的貿易体制50周年記念会合がジュネーヴで開催された。今回の閣僚会議では、WTO協定の実施及び次期交渉へ向けたWTOの活動について活発な議論が行われるとともに、WTOが総じて有効に機能していること、WTOの信頼性を更に確固としたものにするためにWTO協定の着実な実施が重要であることが確認された。アジア経済危機との関係では、各国が保護主義的措置を導入せず市場を開放し続け、多角的貿易体制の利益が開発途上国にも十分に及ぶことが必要との各国の認識が示された。将来の自由化のあり方については、2000年から予定されている次期自由化交渉をどのような形で行うかが重要な論点となり、日本は、2000年からの交渉が協定上明記されている農業やサービスの交渉といった合意済み課題(ビルト・イン・アジェンダ)に加え、鉱工業品の関税交渉や投資ルールの策定交渉を含め、包括的な自由化交渉を支持するとし、EU等も包括的交渉を支持した。一方、開発途上国は協定の実施ですら多大の負担であるとして、新たな交渉には消極的な立場をとった。99年末に米国で開催予定の第3回閣僚会議において、次期交渉について適切な決定が行えるように準備プロセスを開始することが決定され、98年9月以降、一般理事会を中心に次期自由化交渉の準備に向けた検討が続けられている。また、近年急速にその規模が拡大しつつある電子商取引については、電子商取引に関するすべての貿易関連事項を検討する包括的作業計画を設定すること、電子送信に関税を課さない慣行を第3回閣僚会議開催まで継続することで一致、宣言として発出された。
     この閣僚会議は、アジア経済危機を背景に、保護主義的圧力への懸念が高まりつつある中で開催されたが、多角的貿易体制を支持し、その強化に努力するとの決意が改めて表明されたことは意義深い。日本としては、次期交渉に向けて関係業界及び民間団体等の立場を十分聴取しつつ対応を早急に検討する必要がある。また、各国の立場を調整し、次回閣僚会議において、次期交渉を包括的なものとすることに合意できるよう積極的に働きかけていくことが重要である。なお、日本の米についての関税化の特例措置の将来の取扱いについて議論が重ねられてきたが、12月、日本は99年4月から関税措置に切り換えることを決定した。

  • サービス貿易の自由化
     ウルグァイ・ラウンドにおいて継続交渉になった分野のうち、基本電気通信分野においては、自由化交渉の結果をまとめたGATS第四議定書が2月に発効した。また、金融サービス分野においては、97年12月に妥結した自由化に関するGATS第五議定書が2月に作成された。また、自由職業サービス分野では、12月に、会計サービスにおける国内規制が客観的で透明性のある基準に基づき、必要以上に貿易制限的とならないようにするための多角的規律がサービス貿易理事会で採択された。日本は、6月にいち早くGATS第五議定書を受諾するなど、自由化交渉の進展に積極的な役割を果たしてきている。

  • 多角的貿易体制の普遍化:加盟国の拡大
     WTOの下で多角的貿易体制が一層強化されるためには、より多くの国・地域がWTOに参加する必要がある。10月に、キルギス、ラトビアの加盟が承認され、キルギスは国内受諾手続を完了して12月に正式に加盟した(133番目の加盟国)。一方、中国、台湾、ロシア、サウディ・アラビア、ヴィエトナムを含む30の国・地域が引き続き加盟を申請中であるが、98年を通じて各国・地域の加盟交渉は必ずしも順調に進展したとは言えない。日本は、これらの国・地域の早期加盟や加盟後の協定の着実な実施に必要な技術協力を、専門家の派遣やその他の知的支援などを通じて行ってきている。

  • 紛争解決制度
     WTOの紛争解決制度は手続が自動化され迅速化されたこと、実効面で著しく改善された。付託される事案数も、GATTの下での年平均6.6件から飛躍的に増加し、95年1月のWTOの設立以来、98年11月末までの約4年間に117件の事案に関し154件もの協議が要請されている。なお、この117件のうち、開発途上国のみによる申立件数が28件に及んでいることは、同手続きが普遍的に活用されていることを示している。また、中立・公正な紛争解決手続きは、多角的貿易体制の安定性の確保に役立っている。現在、紛争解決制度の一層の改善に向けての見直し作業が行われているが、今後も各メンバーがこの制度を尊重し、更にWTOの実効性と信頼性を更に高めていくことが重要である。

【地域経済協力】

 自由貿易協定、関税同盟などの地域貿易協定は、98年11月現在で102に達し(WTO通報ベース)、今後も増加することが予想される。こうした地域経済協力が多角的貿易体制を補完するものであるためには、WTO協定の精神に合致し、域外国に対する障壁ではなく、開放的な貿易の推進力となる必要がある。WTOでは地域貿易協定委員会において、個別の地域貿易協定についてWTO協定との整合性の検討を行い、これらの協定が多角的貿易体制を損うことがないよう審査している。また、同委員会では、地域貿易協定を規律するルールのあり方についても検討している。日本は多角的貿易体制強化の観点から、地域貿易協定を規律するガット第24条の解釈の明確化や、協定実施の報告の実施に関する提案等を積極的に行っている。
 このような観点から、「開かれた地域協力」を標榜するアジア太平洋経済協力(APEC)は、域外に対しても貿易・投資の自由化・円滑化の成果が及ぶという独自の地域協力のあり方を示すものとして注目される。APECは、社会的背景、経済体制、発展段階等を異にする多様なメンバーから成り、貿易・投資の自由化・円滑化及び経済・技術協力の促進を目標に掲げて各メンバーによる「協調的自主的行動」を通じた緩やかな政府間協力を形成している。11月にマレイシアのクアラルンプールで開催された首脳会議・閣僚会議では、世界経済やアジア通貨・金融危機への対応、貿易・投資の自由化・円滑化、経済・技術協力、電子商取引などを焦点に議論が行われた。(アジア通貨・金融危機への対応については第1章2.(3)参照。)
 早期自主的分野別自由化(EVSL)については、積極的に域内の自由化を推進していくべきであるとする立場と、APECでの自由化はあくまで「共同体精神」に基づく自主的な作業の積み重ねを基礎とすべきとする日本の立場が対立したが、最終的には、APECにおいては自主性の原則に基づき実施すること、また、優先9分野(林産物、水産物、エネルギー関連機器、環境関連機器、化学品、医療機器、貴金属・宝石、玩具、電気通信相互承認)の関税措置については、WTOにおける交渉開始を目指すことが閣僚レベルで確認された。
 東南アジアでは、ASEANの枠組みを通じて、経済危機克服に重点を置きつつ、貿易・投資の自由化路線の維持・強化を始めとする一層の域内協力の促進と、域外国との協力関係の構築に向けた努力が続けられている。12月にハノイで開催された第6回ASEAN公式首脳会議において、経済危機克服と21世紀に向けてのASEANの結束と協力の強化を図るために、「ハノイ宣言」、ASEANビジョン2020「ハノイ行動計画」、「大胆な措置声明」が採択され、域内協力促進のための具体的ビジョンと方策が示された。特に「大胆な措置声明」の中では、貿易・投資の自由化を加速する措置として、ASEAN自由貿易地域(AFTA)、ASEAN投資地域(AIA)の実現目標年の前倒し、関税引き下げ対象品目の拡大、各国別の具体的な投資奨励措置等が表明された。
 一方、地域間を結ぶ対話のフォーラムとして96年に発足したアジア欧州会合(ASEM)は4月にロンドンでの第2回首脳会を開催し、アジア経済危機克服に向けてアジアと欧州の両地域が一致協力して努力していくとの認識で一致し、議長声明の他にアジアの金融・経済情勢に関して声明が発出された。(ASEMの詳細については第3章1.参照。)
 米国、カナダ、メキシコから成る北米地域内の貿易・投資の障壁削減を目指す北米自由貿易協定(NAFTA)は、市場経済の成熟度の異なる国家間の自由貿易協定との意義を有し、締約国間の貿易量は着実な伸びを見せている(93年-97年、米国の対メキシコ輸入は115%増、同輸出は71.6%増)。一方、米国内にはNAFTAが米国の貿易赤字を拡大し、雇用に悪影響を与えているという見方もあり、9月、ファスト・トラック法案(通商合意の交渉権限委任等を規定)が下院本会議で否決された。このため、チリのNAFTA加盟交渉が進められない状況にある(なお、カナダ、メキシコはチリとの二国間自由貿易協定を締結・発効済)。
 アルゼンティン、ブラジル、パラグァイ、ウルグァイの4カ国から成るメルコスール(南米南部共同市場)は、域内貿易の飛躍的な拡大に貢献している。97年にサービス分野の自由化に向けた交渉が開始され、98年にアンデス共同体(ボリヴィア、コロンビア、エクアドル、ペルー、ヴェネズエラ)と2000年からの自由貿易地域創設に向けた枠組み協定が締結され、カナダと投資・貿易協力協定が締結されるなど、深化と拡大の動きが見られる。米州自由貿易地域(FTAA)の創設については、4月にチリのサンティアゴで開催された第2回米州サミットにおいて具体的交渉開始が宣言されるとともに、2005年までに交渉を終了することが再確認されたが、米国のファスト・トラック法案の成立が遅れていることやメルコスール側がFTAAの早期創設に対し慎重姿勢をとっていることからその進展は容易でないことが予想される。この他、99年6月に中南米諸国と欧州連合(EU)の間で首脳・閣僚級会議が開催されるのに併せてメルコスールとEUの間での首脳会議の開催が予定されており、これらの場で両地域間の自由貿易交渉が開始されるとの見方もある。日本としてもメルコスールとの関係強化を重視しており、前年に引き続き、10月に第3回目の政府間協議を行った。また、73年4月に発足したカリブ共同体(カリコム)において、99年の単一市場の形成、2000年の金融統合を目指して、域内関税の撤廃、対外共通関税の設立、マクロ経済政策の調整等が進められている。
 欧州連合(EU)では、99年1月の経済通貨統合(EMU)第3段階への移行(単一通貨ユーロの導入)、中東欧諸国等の加盟交渉など、統合の深化と地理的拡大に向けた動きが進展している。EUは、加盟候補国である中東欧10ヵ国との間で「欧州協定」の締結を進め、経済面での結びつきを緊密化する一方、メルコスール、地中海沿岸諸国等との間でも経済・貿易面での協力強化のための協定を締結するなど、地域協力の拡大に積極的に取り組んでいる。さらに、米国との間では、5月に大西洋経済パートナーシップ(TEP)に基本合意し、両者がWTO等の多国間の枠組みにおいて米・EU間の貿易・経済関係円滑化のため協力を深めていくことで一致しており、米国に匹敵する経済規模をもつ欧州が、EUという単位で対外経済関係に取り組む姿勢を一層鮮明にしつつあることが注目される。

(3)エネルギー・食糧問題

【エネルギー問題】

 昨今のアジア経済危機等を背景に世界のエネルギー需要の伸びが鈍化する中、97年末以来石油価格の下落傾向が顕著となっており、また、合併等を通じた国際石油企業の再編が加速化するなど、エネルギーを取り巻く情勢は大きく変動している。また、世界のエネルギー需要が今後20年間に約5割増大すると予測される中、21世紀に向けてエネルギーの長期的な安定供給及び地球温暖化問題を含む環境対策が重要な課題となっており、そのための国際的な協力関係構築の必要性が一層高まっている。
 こうした状況の中で98年を通じて以下のような動きがあった。1月、モスクワで第1回日露エネルギー協議が開催され、エネルギー部門における投資環境の整備、両国間におけるエネルギー協力等について意見交換が行われた。また、3月-4月に、同じくモスクワで開催されたG8エネルギー大臣会合では、エネルギーの需給見通し、競争的な市場のあり方、環境問題などに対する基本政策について議論された。さらに、10月に沖縄で開催された第3回APECエネルギー大臣会合では、エネルギー分野で行うべき協力、政策協調につき議論された。同会合では、APEC地域における中長期的なエネルギー需要増加の見通しを背景に、天然ガスをはじめとするエネルギー関連インフラの整備、エネルギー効率の向上等の方策につき合意されたほか、政策対話の強化、産業界の対話強化について意見の一致が見られた。

【食糧問題】

 人口の急増、開発途上国の経済成長に伴う食糧消費の増大、地球上の資源・環境問題への配慮などから、食糧安全保障への世界的な関心が高まりつつある。また、98年はエル・ニーニョ現象の影響と見られる異常気象や経済危機等を原因とする局地的な食糧不足が生じたこともあり、国連食糧農業機関(FAO)によれば緊急の食糧援助が必要な国は98年11月現在、37か国となっている(96年は25か国)。こうした中で、2015年までに世界の栄養不足人口の半減などを目標とした「世界食糧サミット」(96年11月開催)のフォローアップが重要な課題となっている。日本としては、こうした問題に対処するため、二国間であるいは国際機関を通じて、食糧援助、食糧増産援助をはじめ様々な形態の協力を行ってきている。

   2.途上国の開発問題と日本の政府開発援助

【ODAをめぐる動向】

  • 7年連続で世界第1位のODA供与国に
     97年の日本のODA実績は、93億5800万ドル(東欧及び卒業国向け実績を除く。以下同。)であり、日本は91年以来7年連続で世界第1位のODA供与国となった。これを前年の実績(円ベース)と比べると二国間ODAは11.2%減少したものの、国際機関向けの拠出・出資等は世銀などの国際開発金融機関の増資サイクルに当たったため153.2%増加し、総額で10.2%の増加であった。しかし、ドルベースでは円安等が影響して総額で0.9%減少となった。なおODAの対GNP比は0.22%であり、OECDの開発援助委員会(DAC)加盟国21か国中19位であった。

  • ODA改革とODAをめぐる内外の情勢
     98年は前年に続いてODAの改革に関する議論が活発に行われた。1月に外務大臣の私的懇談会である「21世紀に向けてのODA改革懇談会」が国別援助計画の策定、重点分野の明確化、国民参加・情報公開の促進、人材の育成・確保、実施体制の強化等についての提言を盛り込んだ最終報告を公表した。また、6月に、参議院国際問題調査会が最終報告の中でODAに関する二十項目の提言を行い、さらに総理大臣の諮問機関である対外経済協力審議会がその意見を「今後の経済協力の推進方策について」にまとめ、橋本総理大臣に提出した。
     また中央省庁の再編を始めとする政府の行政改革プロセスにおいても、ODAのより効果的・効率的な推進の必要性が指摘され、4月に制定された中央省庁等改革基本法には、政府開発援助について外務省が政府全体を通ずる調整の中核としての機能を担うとの規定が盛り込まれた。さらに、小渕総理大臣は7月末の初閣議において一層透明で効率的なODAを目指してその見直しを行うよう指示し、これを受けて11月、国別援助計画とODA中期政策(仮称)の策定、一層の情報開示などを内容とするODAの透明性・効率性の向上に関する関係省庁申し合わせが行われた。
     こうした動きの背景にはODAを巡る内外の情勢の大きな変化がある。冷戦終結に伴い東西対立を背景とした国際紛争は収束に向かったが、局地的な紛争はむしろ、頻発しており、難民の流出等様々な問題を引き起こしている。紛争後の本格的な復興・開発に取り組むカンボディア等は、紛争によるインフラの破壊、人材不足、紛争後の荒廃などの困難な課題を抱えている。また、民主化・市場経済化を目指す旧社会主義諸国などにおいても新たな援助需要が生じている。さらにグローバリゼーションに伴い、貧富の差が拡大する傾向も現れている。こうした状況の中で13億人を越える人々が極度の貧困に苦しむなど、貧困問題も依然深刻である。環境問題等地球的規模の問題への国際的取組が求められる問題も山積している。開発援助を実施するに際しても、経済成長率や一人あたりGNPの伸び率等の経済指標にのみ着目したものではなく、人間中心の開発、環境保全、住民参加、ジェンダー(男女両性)の平等、NGOの参画、南南協力等、幅広い視点が考慮されている。一方、国内的には、日本は厳しい経済・財政状況の中、98年度一般会計ODA当初予算は10.4%削減された。
     このようにODAを巡る内外の情勢は大きく変化しているが、ODAを通じて開発途上国の安定と発展を支援するとともに環境・人口問題や貧困など地球規模の問題に取り組み、国際社会の平和と安定に貢献するとの日本の立場に変わりはない。また、ODAを通じた貢献は日本及び日本人に対する信頼や評価を高め、日本にとり好ましい国際環境が醸成され、日本の安全と繁栄の増進に資するものである。このような考えに立ち、この厳しい時期をむしろODA改革の好機と捉え、ODA大綱の趣旨を十分に踏まえ、国民の理解を得つつ、より質の高い、効率的・効果的な援助を実施していくことが重要である。

【98年の動き】

 深刻化したアジア経済危機に対し、日本はその危機が世界経済全体に与える影響に鑑み、他の関係国・国際機関とも連携を図りつつ、問題の解決に向けて積極的にODAを活用してきている(第1章2.(3)参照)。二国間ODAによる具体的な対応としては、円借款、無償資金協力を活用した社会的弱者対策への支援を中心とした構造調整支援や、「日・ASEAN総合人材育成プログラム」等を通じた人材育成、さらに緊急無償資金協力を活用した留学生支援や医薬品等支援などがある。世界には経済成長と民主的な国家建設に成功する国がある一方で、アフリカ諸国を初め依然として深刻な貧困、紛争、テロなど厳しい現実に直面している地域も多い。日本は10月東京において、国連と「アフリカのためのグローバル連合(GCA)」との共催の下で第2回アフリカ開発会議(TICAD II)を開催した。日本は、新開発戦略(第1章4.(注)参照)の考え方に基づき、ODA等を通じてアフリカの開発問題に積極的に取り組んでいく意思を同会議において明らかにした(第1章2.(5)参照)。96年5月にDACで採択、98年5月のバーミンガム・サミットでもその意義が再確認された新開発戦略は、日本がその策定・推進に主導的な役割を果たしてきたものであるが、同戦略は21世紀に向けての長期的な開発戦略として確実に定着し、現在ではその具体的な実施段階にある。
 5月のインドとパキスタンによる核実験に対しては、日本はODA大綱の原則に従い、緊急・人道的性格の援助及び草の根無償を除く新規無償資金協力の停止、有償資金協力については新規円借款の停止、国際開発金融機関(世界銀行等)による融資に関する慎重な対応といった厳しい措置をとった。
 また、98年は世界中で自然災害が多発したが、日本は緊急援助物資・資金の供与や国際緊急援助隊の派遣を通じて積極的に被災国に援助の手を差し伸べた。特に、11月にはハリケーン「ミッチ」によって甚大な被害を被ったホンデュラスにおいて自衛隊部隊が初めて「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」に基づき海外で緊急援助活動に従事し、現地政府・国民より高い評価を得た。