第4章 国際社会で活躍する日本人と外交の役割


(1)多様化する危機

 22万人を超える犠牲者を出した2004年末のスマトラ沖大地震及びインド洋津波では、40人の邦人が死亡し、いまだに2人の邦人が行方不明のままである(2005年12月現在)。2005年も大規模自然災害は跡を絶たず、米国南部のハリケーン、パキスタン等での大地震等、これまでの想定をはるかに超える規模の自然災害が発生した。こうした災害では、電力・通信インフラ等の崩壊により、現地の都市機能が長期にわたって麻痺し、現地へのアクセスも困難になるなど、被災者等の安否確認に多大な時間と労力を要した。

 海外におけるテロ・誘拐の脅威は依然として大きく、2005年に邦人が巻き込まれたものだけでも、マラッカ海峡での日本船舶襲撃事件(3月)、イラクでの武装勢力による邦人襲撃事件(5月)、ロンドンの連続爆弾テロ事件(7月)、バリ島の連続爆発事件(10月)等がある。2005年のテロ事件の特徴としては、携行可能な小型爆弾を利用した自爆テロが、ホテル、レストラン、地下鉄といった公共空間で多発したことが挙げられる。

 2005年における一般犯罪・事故の特徴としては、海外に渡航する邦人の旅行形態が多様化したことに伴い、海・山等でのレジャー・スポーツ中の事故が多発するとともに、危険地域に無防備に入り殺害されるケース等、多分に危機意識の欠如に起因すると思われる事件・事故等が目立った。邦人が巻き込まれる犯罪については、「いかさま賭博」等の際にナイフで脅かされ暴行を受けるなど、事件の凶悪化も見られた。さらに、麻薬の所持・運搬をはじめ、児童買春、児童ポルノ密輸、外国文化財の密輸、希少動物の密輸等、現地の法令に対する認識が不十分なため重刑に処され、拘禁されるケースが増えたことも特徴の一つである。

 そのほか、新型インフルエンザ発生の危険性も新たな対応を要する問題と言える。

 

▼2004年の海外邦人援護件数の事件別・地域別内訳

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外務大臣表彰 ~プーケット日本人会の功績~

 2004年12月26日朝、インドネシアのスマトラ島沖で発生した大地震による巨大な津波は、インド洋沿岸地域の街を一瞬にしてのみ込み、20万人以上の多くの尊い命を奪いました。タイでは、多くの外国人が休暇を楽しむプーケット島の近隣地域で、多くの日本人が被災し死傷者が出ました。

 そうした中、プーケット日本人会は、いち早く被災者への支援に取り組みました。着の身着のままの状態で避難生活を強いられた被災者の方々に対して、炊出しや差入れはもちろん、安否照会のための案内や宿泊場所の紹介、空港までの車の提供など様々な支援を行いました。日本政府も、在タイ日本国大使館を中心に、多くの職員を現地に派遣し支援に当たりましたが、同日本人会は事務局スペースを日本政府の現地支援室(臨時相談室)として提供する等日本政府の活動を支えました。

 2005年7月、外務省は未曾有の大災害の中で日本人被災者の支援に当たったプーケット日本人会の多大な貢献に対し、外務大臣表彰を贈り、その功績を讃えました。

▲タイ津波犠牲者慰霊碑 2005年12月26日に プーケット日本人会により建立




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