第3章 > 第3節 > 6 人間の安全保障
【総論】
冷戦時代のように、価値観や国境等に基づく明確な枠組みがあった世界と異なり、グローバル化が急速に進む世界においては、イデオロギーに起因しない紛争の多発、難民の急増、麻薬犯罪等の国際化、HIV/AIDS等の感染症、テロ、環境破壊、さらにアジア通貨・金融危機に見られたような突然の経済危機等、人々に対して国境を越えて忍び寄る様々な脅威が、従来とは異なった形で深刻の度を増している。こうした中で、人間が人間らしく尊厳をもって生きるために、国家の安全と繁栄を通じて国民の生命・財産を守るという伝統的な国家の安全保障の考え方に加え、人間ひとりひとりの視点を重視した取組を強化することがますます重要となっている。
人間に対する直接的な脅威から各個人を守り、かつ人間個人がもつ可能性を花開かせるために、個々人の集まりとしての「コミュニティ造り」を柱とする「人間の安全保障」という考え方の推進が、グローバル化された世界にとっての課題となっている。
【人間の安全保障委員会の提言】
日本は、21世紀を人間中心の世紀とすることが重要と考え、この人間の安全保障の考え方を外交の重要な視点の一つとしている。2000年9月の国連ミレニアム・サミットにおける森総理大臣の呼びかけにこたえて設立された、緒方アフガニスタン支援担当総理大臣特別代表(前国連難民高等弁務官)及びノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・セン・ケンブリッジ大学トリニティカレッジ学長を共同議長とする人間の安全保障委員会は、2003年2月に報告書に合意した。報告書では、人間の安全保障とは何か、また、国際社会がそれをどう活用し、どの方向に進むべきかについて貴重な提言が提出された。同報告書は小泉総理大臣に提出され、また、その後アナン国連事務総長に提出されることになっている。
この報告書においては、紛争下の人間の安全保障と、開発における人間の安全保障について記述されている。紛争の観点からは、例えば、人が家を離れて移動しなければならない事例、すなわち難民や避難民、移民が人間らしく生きることができるように、様々な問題を包括的に考える必要があると指摘している。また、開発・貧困の観点からは、突然の経済危機に伴う問題及び人づくりの基礎である保健・衛生や教育の分野で、人間の安全保障の概念を導入することにより、どのような付加価値が得られるかについて分析している。さらに、紛争から平和、復興への過程を国際社会がどのように円滑に支援していくかについても強調されている。このような観点から、「人づくり」と「国造り」に加え、両者の間に位置するとも言うべき「コミュニティ造り」を推進する重要性が指摘されている。それはまた、人間の安全保障を実現する上で、紛争及び開発・貧困に至る様々な課題を包括的にとらえ、人々や社会に焦点をあて、上からの「保護」の観点に加え、下からの「自立」を図っていくことが重要であるとの指摘である。これは、従来から日本が行っている開発援助の思想とも軌を一にするものである。
人間の安全保障
【日本のリーダーシップ】
日本は、この委員会の活動を従来から支援しているが、委員会の報告書で示された理念を積極的に広め、実施に移すことが最も重要だと考えている。これは、「人づくり」が、「村おこし」や「コミュニティ造り」へと通じ、さらに「国造り」につながってきた日本の経験が、グローバル化された今日の世界において改めて多くの開発途上国の参考事例になるべきと考えているからである。日本が国連に設置した人間の安全保障基金に対しては、2002年12月末時点で189億円が拠出されており、同基金は、国連で最大の信託基金となっている。この基金を通じて、アフガニスタン支援を始め、紛争に悩まされ、従来は二国間での支援を行うことが難しかったシエラレオネにおいて、職業訓練及び経済的自立を通じた元兵士の社会復帰のための支援案件を実施するようになったことなど、着実に成果を上げている。今後は、この基金に加え、その他のODAの手段も活用しつつ、コミュニティ造りの重要性を柱に据えて、真に人間ひとりひとりの豊かな生活を守り、伸ばしていくために、実際の行動を強化していく必要がある。
人間の安全保障委員会と委員会報告書