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2 日米安全保障体制



【日米安全保障体制】

 アジア太平洋地域には、冷戦終了後も民族や宗教などの複雑で多様な要因を背景とした地域紛争、大量破壊兵器やミサイルの拡散等、依然として不確実、不安定な要素が存在している。日本は、自らの自衛力のみでは、自国の安全が脅かされるようなあらゆる事態には対処できない以上、米国との安全保障条約(日米安保条約)を引き続き堅持することで、米軍の前方展開を確保し、その抑止力の下で日本の安全を確保することが必要である。そのような観点から、日米安全保障体制の信頼性を一層高めるために、たゆまない努力を続けていく必要がある。こうした努力の一環として、日本は、新たな「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の実効性を確保するために、日本有事の際の日米共同対処や周辺事態の際の日米協力につき規定する計画について検討作業を引き続き実施している。2002年12月にワシントンDCで開催された日米安全保障協議委員会(「2+2」〔ツー・プラス・ツー〕会合)において、日米両国は、計画について検討が進展していることを歓迎し、その更なる充実を追求すると決定した。

 また、日米安保条約に基づく日米安保体制は、日本及び極東に平和と繁栄をもたらしただけでなく、アジア太平洋地域において平和・安定と繁栄を実現していくための基本的な枠組みとして有効に機能している。こうした日米安保体制の重要な役割は、12月の「2+2」会合の際にも再確認された。また、同会合では、国際的な安全保障環境が変化している中、日米間の安全保障面での協力をいかに進めていくべきかが重要な論点となった。

 2001年9月11日に発生した米国同時多発テロ以降、日本はテロとの闘いを自らの問題としてとらえ積極的に取り組んできた。テロ対策特別措置法に基づく日本の米国等への協力支援活動は、日米同盟関係の強化という観点からも大きな意義を有している。



安全保障に関する日米間の協議の場(2003年3月現在)

安全保障に関する日米間の協議の場(2003年3月現在)


【ミサイル防衛】

 テロと並ぶ重要な安全保障環境の変化として、大量破壊兵器及び弾道ミサイルの拡散が挙げられる。日本は、弾道ミサイルの拡散によって高まりつつある脅威について米国と認識を共有している。弾道ミサイル防衛(BMD)は専守防衛を旨とする日本の防衛政策上の重要な課題であり、国民の生命及び財産を守るための純粋に防御的な、かつ、代替手段のない唯一の手段であると考えている。日米間では、1999年から実施している弾道ミサイル防衛に関する日米共同技術研究を引き続き進めており、2002年12月の「2+2」会合においては、ミサイル防衛に関する協議及び協力を強化していく必要性が認められた。



ミサイル防衛(重層的システム)の概念

ミサイル防衛(重層的システム)の概念


【在日米軍の駐留に関する諸問題】

 日米安保体制の円滑かつ効果的な運用のためには、在日米軍の活動が施設・区域周辺の住民に与える負担を軽減し、米軍の駐留に関する住民の理解と支持を得ていくことが重要である。米国もこの点を十分に認識しており、例えば、12月の「2+2」会合においても、米軍と地域社会との間の「良き隣人」関係を促進するための努力を含め、在日米軍の駐留に関する諸課題の解決のために真剣な努力を継続する必要があるとの日米両国の認識が明らかにされている。

 特に、在日米軍施設・区域の約75%が存在する沖縄県の県民の負担を軽減していくことは重要であるとの認識に立ち、日本政府は、1996年12月にとりまとめた沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告の着実な実施に取り組んでいる。SACO最終報告に盛り込まれた事項については、土地の返還に関し、1998年末に安波〔あは〕訓練場の共同使用の解除が実現したほか、楚辺〔そべ〕通信所及び読谷〔よみたん〕補助飛行場が2004年度に返還されるめどがついている。土地の返還以外にも、米軍の訓練及び運用の方法の調整、騒音軽減イニシアティブの実施、日米地位協定の運用の改善などの項目は、すべて実施に移している。

 普天間飛行場の移設・返還問題については、日本政府は、1999年末の閣議決定「普天間飛行場の移設にかかわる政府方針」に基づき取り組んできており、2002年7月には、米国との緊密な協議も踏まえ、代替施設の基本計画を策定した。12月の「2+2」会合では、基本計画の策定を沖縄県民の負担軽減のため両国政府がとった重要な一歩として歓迎し、同計画に基づいて、迅速に移設を進めることを確認している。

 日米地位協定の運用改善に関しては、国民の目に見える形で、一つひとつ成果を上げていくことが重要である。例えば、在日米軍施設・区域にかかわる環境問題については、日本政府は、2000年9月の「2+2」会合において発表された「環境原則に関する共同発表」を踏まえ、日米間の協力の強化に取り組んでいる。2002年12月の「2+2」会合においても、環境分野において更なる努力を行うことの重要性が確認され、日米合同委員会において環境分野での建設的な協力を継続することの重要性が強調された。また、2002年8月には、在日米軍施設・区域内にあるポリ塩化ビフェニル(PCB)含有物資を米本土に搬出するとの米国防省の方針案が発表され、2003年1月、最初の搬出が行われた。

 さらに、日米地位協定第17条に規定される刑事裁判手続に関する問題については、日本政府としては、2001年から開始されている日米合同委員会の下にある刑事裁判手続に関する特別専門家委員会での協議を加速させていく考えである。



日米安全保障協議委員会(「2+2」会合)に臨む両国関係者(12月)

日米安全保障協議委員会(「2+2」会合)に臨む両国関係者(12月)


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