第2章 > 第2節 > 3 国際経済におけるその他の課題
【情報通信技術(IT)革命】
2000年には、九州・沖縄サミットを始め、情報通信技術(IT)に関する議論が活発化したが、2001年に入ると米国等におけるIT分野の景気減速により、成長や需要の原動力としてITが果たしうる役割について、より冷静な議論ができる状況になってきた。しかし、このような状況の下にあっても、中長期的視点から見てITが果たすことのできる積極的な役割への期待は依然として高い。生産効率の向上や市場の長期的将来性などITに対する経済的な期待にとどまらず、ITが情報発信・伝達の手段として、民主主義の強化や政府の透明性と説明責任の向上、人権の促進などについても大きな力を発揮しうるとの観点から、政治、文化などの幅広い方面においてITの活用が望まれている。
現在、日本は、世界で最先端の高度情報通信ネットワーク社会を形成することができるよう努力している。こうした取組は、グローバルな情報社会の構築に向けた取組と本質的に相互補完的な関係にあり、両者が相俟って進むような好循環を形成することが、日本にとっても重要である。そのためには、ITを引き続き経済外交の文脈に適切に位置づけていく必要がある。
こうした問題意識の下、日本は引き続きITに関する国際協力に取り組んできた。第一に、国際的なルール作り、制度・政策面での協調に取り組んできた。日本は、税、認証、電子署名、暗号等幅広い分野に関する取組を行っている経済協力開発機構(OECD)、電子商取引にかかわる貿易事項や電気通信サービスの貿易に関する取組を行っている世界貿易機関(WTO)、電子商取引や電子署名に関するモデル法等の作業を行っている国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)、知的所有権について取り組んでいる世界知的所有権機関(WIPO)など、多くの国際的な枠組みにおける作業に積極的に参加している。また、サイバー犯罪についても、G8国際組織犯罪上級専門家会合(リヨン・グループ)などでの作業に積極的に参加しているほか、欧州評議会で策定されたサイバー犯罪に関する条約に最初に署名した30か国のうちの一つとなった。さらに、新たな試みとして、2002年1月に署名されたシンガポールとの新時代経済連携協定において情報通信技術に関する協力を規定し、電子署名の促進、情報通信技術関連サービスの利用の促進、情報通信技術に関する人材養成などの分野において協力を進めることに合意した。また、韓国、インドなどとの間でも二国間の協力が進められている。
第二に、日本は、情報格差(デジタル・ディバイド)の解消に向けて協力を行ってきた。九州・沖縄サミットの際の「グローバルな情報社会のための沖縄憲章」のフォローアップのために設立されたデジタル・オポチュニティー作業部会(ドットフォース)は、2001年5月に、G8各国政府、企業、非営利機関、開発途上国、国際機関などの幅広い利害関係者による議論を基に行動計画集をとりまとめた。この行動計画集は、ジェノバ・サミットにおいて首脳の支持を得て、関係者による実施が奨励された。さらに、日本は、九州・沖縄サミットの際に公表した国際的な情報格差問題に対する包括的協力策の実施に努めている。今後とも、政策・制度作りへの知的支援、人造り、情報通信基盤の整備・ネットワーク化支援、援助におけるIT利用の促進を柱に、引き続き積極的に協力を行っていく考えである。
【マネー・ロンダリング対策】
犯罪により得た収益を合法的に得られた資金のように偽装するマネー・ロンダリング(資金洗浄)は、こうした犯罪収益が将来の犯罪活動に用いられる可能性が高いこと、また、国際金融市場の健全な発展に悪影響を与えることから、経済のグローバル化の進展に伴い、国際的に取り組まなければならない問題として強く認識されるようになった。このような流れを受けて、マネー・ロンダリングに国際社会が協調して取り組むため、1989年のアルシュ・サミットにおいて、金融活動作業部会(FATF)と呼ばれる国際的なフォーラムが召集された(参加メンバーは、OECD加盟国を中心とする29か国・地域及び2国際機関)。
FATFは、マネー・ロンダリングに関する国際的な対策と協力の推進に指導的な役割を果たしている。具体的には、マネー・ロンダリング対策に関する国際的な基準となる「40の勧告」を策定し、その見直し及び実施状況の監視を行っているほか、新たなマネー・ロンダリング手法や対策の研究も行っている。日本は、国際的な組織犯罪対策の強化と国際金融市場の健全性確保の観点から、マネー・ロンダリング対策は極めて重要であると認識しており、FATFの中心メンバーとして、その取組に積極的に参画してきている。今後も、日本は、地域レベルの取組も含め、マネー・ロンダリング対策に関する国際的な取組の推進に引き続き積極的に貢献していく方針である。さらに、9月11日の米国同時多発テロを受け、FATFは、テロ資金対策に関する勧告を採択するなど、テロ資金問題にも取り組むようになった。日本は、この分野についてもFATFの取組に積極的に参画し、貢献してきている。
【バイオテクノロジー・食品の安全性】
食品の安全性については、近年、欧州におけるいわゆる狂牛病(牛海綿状脳症(BSE))の発生などにより国際的な関心が高まってきた。日本においても、2001年9月初めに狂牛病の発生が認められ、国内の関心が非常に高まった。また、近年、遺伝子組換え技術の発展とともに、遺伝子組換え技術を応用した作物や食品が普及しつつあることから、遺伝子組換え食品の安全性についても、国際的な関心を引くようになった。こうした高い関心を背景に、2001年5月のOECD閣僚理事会や7月のジェノバ・サミットのコミュニケにおいて食品の安全性を確保することの重要性について言及がなされた。
食品の安全性に関する作業は、様々な国際機関においても取り上げられてきている。例えば、コーデックス食品規格委員会(注)においては、食品に関する基準や規格の検討が行われており、OECDでも、遺伝子組換え食品の安全性の評価や各国の政策や実情の分析がなされている。また、WTOでも食品安全に関する規制と衛生植物検疫措置や貿易の技術的障害にかかわるWTOルールとの整合性について議論がなされている。さらに、2002年1月には、国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)による食品安全当局者のグローバル・フォーラムが開催された。
食品の安全性の問題は、しばしば、科学的に不確実性が残る場合における予防措置の適用や表示制度などの面で、食品の国際的な流通に関する議論とも結びつく問題である。その中で、過度の規制を行うべきではないという傾向の強い米国と、消費者や環境関係者の社会的な関心を背景に食品の安全性に対して適切な規制を行っていく必要があると強く主張する欧州諸国との間で意見の相違が見られることがある。日本は、食品の安全性について、
安全性の確保を第一義とすること、
消費者に適切な情報提供を行うべきであること、
科学とルールに基づくアプローチを採用すべきであること、
遺伝子組換え技術については、その将来性を念頭にバランスのとれた対応をとるべきであることを基本的な立場として、このような国際的な議論に臨んでいる。
【エネルギー】
〈日本のエネルギー外交〉
日本は、国民生活と経済活動の基盤たるエネルギーの約80%を海外に依存しており、エネルギーの安定的な供給の確保(エネルギー安全保障)が重要な課題となっている。このため、日本は、石油供給途絶などの緊急時における対応策の整備やエネルギー需給構造の改善などについて他の先進国と協調して取り組むとともに、エネルギー生産国との良好な関係の維持・強化や近隣のアジア諸国との協力の推進を図り、エネルギー安全保障の強化に努めている。
アジアにおいて、エネルギー需要が急増し、エネルギー需給構造の脆弱性が問題化しており、アジア諸国によるエネルギー安全保障の強化のための協力の推進が重要であるとの観点から、7月の東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国と日中韓によるASEAN+3外務大臣会議において、田中外務大臣は、ASEAN+3諸国がその取組を強化することにより、アジアにおけるエネルギー安全保障を強化することの重要性を指摘した。これを受けて、小泉総理大臣は、11月のASEAN+3首脳会議において、ASEAN+3でのエネルギー協力を進めるとの観点から、2002年3月に日本でアジア・エネルギー安全保障セミナーを開催することを提案し、2002年1月のASEAN諸国訪問における政策演説においても、日本としてエネルギー安全保障の強化のために地域協力を進めていく考えであることを改めて表明した。また、11月のASEAN+3首脳会議の際に開催された日中韓首脳会合においても、小泉総理大臣が、北東アジアにおけるエネルギー安全保障の強化のためには、日中韓3国間協力を強化していくことが重要であると考えると指摘した結果、3国間でエネルギー分野における協力を進めていくことなどが合意された。また、10月のAPEC首脳会議においても、地域におけるエネルギー安全保障強化のための取組が合意された。
5月には、先進国がメンバーである国際エネルギー機関(IEA)の第18回閣僚理事会が開催され、日本から平沼経済産業大臣と植竹外務副大臣が出席し、議論に積極的に貢献した。同閣僚理事会では、エネルギー安全保障、経済成長及び環境保全の調和的な推進を目指す共同声明が採択された。9月の米国同時多発テロ後は、IEAのメンバー及び事務局はエネルギーの緊急事態に備え、緊密に連絡をとりあい、エネルギー市場の情報収集・分析などを行った。また、G8における取組では、米国の提案を受け、2002年のカナナスキス・サミットの前に、G8エネルギー大臣会合を開催することになった。
日本は、エネルギーの安定供給のため、エネルギー生産国との二国間関係を維持し、強化していくとともに、多国間の枠組みにおいても、エネルギー生産国と消費国との間の相互理解を推進し、エネルギー市場の安定への貢献を図るとの観点から、従来から主要なエネルギー生産国と消費国との対話(いわゆる産消対話)を重視してきている。日本は、2002年9月に大阪で第8回国際エネルギー・フォーラムを開催する予定であり、2001年を通じ関係国・機関と協議を行ってきた。
さらに、日本は、旧ソ連及び中・東欧諸国を含む国々との間でエネルギー協力を推進するため、1995年にエネルギー分野における貿易の自由化・投資の促進・保護等を目的とするエネルギー憲章に関する条約に署名し、エネルギー憲章プロセスに積極的に参加してきている。12月にブリュッセルで開催されたエネルギー憲章10周年記念会合において、小島外務大臣政務官が基調演説を行い、エネルギー憲章プロセスのアジア等への地理的範囲の拡大の重要性を訴えた。
〈石油市場の動向〉
2000年を通じ高水準で推移した原油価格は、2001年前半も高水準で推移した。しかしながら、9月の米国同時多発テロが世界経済の減速に拍車をかけ、石油需要の減退基調が明らかとなったため、原油価格は大幅に下落した。さらに、10月に始まった米国等による軍事行動が中東地域を巻き込んでいないことから、原油価格は低い水準で推移し続けた。石油輸出国機構(OPEC)諸国やOPEC事務局長は、米国同時多発テロ直後、OPECとして必要な石油の供給を約束していると表明したが、原油価格が下落し続けたことから、OPECは11月の第118回臨時総会において、非OPEC産油国から合計50万バレル/日の減産をOPEC諸国の減産と同時に行うという約束が得られることを条件に、合計150万バレル/日の減産を2002年1月1日より実施することに合意した。その後、非OPEC産油国が46.25万バレル/日の協調減産を表明したことを受け、OPECは12月末に2002年1月からの減産実施を決定した。
国際エネルギー機関(IEA)第18回閣僚理事会に出席する平沼経済産業大臣及び植竹外務副大臣(5月)

原油価格(週平均価格)の推移

【食糧問題】
食糧問題は依然として深刻であり、国際社会が直面する大きな課題の一つとなっている。1996年に開催された世界食糧サミットにおいてローマ宣言が採択され、2015年までに約8億人の栄養不足人口を半減させるとの目標が掲げられた。FAOの統計資料によれば、世界全体の食糧生産高も1996年から2000年にかけて過去5年間と比べて著しく上昇しており、世界全体では、その食糧需要を満たすのに十分な食糧が生産されているにもかかわらず、その期間における開発途上国での食糧生産高は低下しているという不均衡が生じている。このため、開発途上国における栄養不足人口は、依然として1997年から1999年の平均で7億7700万人と高水準の状態が続いている。地域別に見ると、アジア地域においては栄養不足人口の推移に改善が見られるものの、アフリカ地域での状況が悪化しており、全体的には顕著な改善は見られていない。
食糧問題は、紛争、自然災害、砂漠化、人口問題等種々の要因が複合的に絡み合う問題であることから、その対応にあたっては、農業開発、国際貿易、食糧援助、教育、技術移転等を含めた包括的な取組が必要とされている。日本としては、こうした状況に対処するため、二国間あるいは国際機関を通じて、食糧援助や食糧増産援助を始めとする様々な形での協力を行っている。
また、2002年6月に世界食糧サミット5年後会合が開催される予定であり、ローマ宣言において掲げられている目標の達成に向けた取組を加速していくことにつき協議されることになっている。
【漁業問題】
日本は、伝統的に水産物を重要な食料源として利用しており、国民1人当たりの水産物消費量は他国に比べて著しく多く、水産物は国民の食生活の中で重要な位置を占めている。一方で、世界の海洋漁業資源の4分の3は満限利用状態にあるか、あるいは、それを超え乱獲状況にあるとの懸念が国際的に広まりつつあり、漁業資源の保存と海洋環境保全のための国際協力がますます重視されてきている。このような中、日本は世界有数の漁業国としてのみならず、主要水産物の輸入国としての立場からも、国際漁業資源管理に積極的な役割を果たすことが期待されている。
特に、回遊する範囲が広いカツオ・マグロ類については、近年、規制を逃れる目的で地域漁業管理機関の非加盟国に船籍を置くいわゆる便宜置籍漁船による無秩序な漁獲が資源に対する脅威となっている。日本は、地域漁業管理機関等を通じて便宜置籍漁船の廃絶に向けて取組を強化しており、便宜置籍漁船の漁獲物の輸入禁止を含む種々の対策をとっている。
オーストラリア及びニュージーランドとの間で国際裁判となったみなみまぐろ保存委員会(CCSBT)におけるみなみまぐろの保存管理問題については、4月に3国で共同調査計画及び資源評価方法について合意が見られ、さらに、10月には、みなみまぐろをCCSBTの枠外で漁獲してきた韓国がCCSBTに加盟するとともに台湾も協力姿勢を示すなど、将来のみなみまぐろの保存管理強化に向けた国際協力に大きな進展が見られた。
捕鯨については、2000年に続き、5月から7月にかけて、第2期北西太平洋鯨類捕獲調査(予備調査)が実施され、また、11月より、第15年目の南氷洋における鯨類捕獲調査が開始された。捕獲調査実施に対しては、国外から批判はあるものの、日本は、この問題は鯨類を含む海洋生物資源の持続的利用の原則に基づき、冷静かつ科学的に議論されるべきであるとの立場を伝えている。特に、7月の第53回国際捕鯨委員会(IWC)年次総会では、鯨類調査について、日米共同で二つのワークショップを開催することがIWCに提案され、了承された。