-海洋法をめぐる諸問題-

 

第9節 海洋法をめぐる諸問題

 

1. 概     況

 

1970年の第25回国連総会は,原則として1973年に,第三次海洋法会議を開催することを決定するとともに,その準備作業を従来から設置されていた海底平和利用委員会に行なわせることとし,同委員会の構成国を42ヶ国から86ヶ国に拡大することを決定した(この拡大された海底平和利用委員会を,従来の委員会と区別するため,通称「拡大海底委員会」と称しており,また,その構成国は,第26回国連総会において,更に91ヶ国に拡大された)。拡大海底委員会の下部機構として更に三つの小委員会が設置され,第一小委員会は,国家管轄権を超えた部分の海底資源の問題および右海底資源に関する国際レジームの問題を主として取扱い,第二小委員会は,公海,領海,接続水域,海峡,群島等の海洋レジームの問題および漁業ないし公海生物資源の問題を取扱い,第三小委員会は,汚染防止を含む海洋環境の保全および海洋の科学調査の問題を取扱うこととなつた。

拡大海底委員会は,第1回会合を1971年3月1日から26日まで,第2回会合を1971年7月19日から8月27日まで,第3回会合を1972年2月28日から3月30日まで開催した。本年3月までの討議の概要は次のとおりである。

 

2. 深海海底レジーム

 

第25回国連総会において採択された海底法原則宣言(第5節第3項参照)に則りつつ,拡大海底委員会においては,海底条約案作成のための審議が行なわれており,国家管轄権以遠の海底利用,特に資源開発を規制するための国際機構(マシーナリー)の設立,海底の利用,開発を支配する法制度確立のための作業を行なつている。現在すでに国際機構の権限などをめぐつて,先進国と発展途上国,内陸国と沿岸国といつた各種利害を異にするグルーブ間の意見の相違が明確になつて来ている。主要点は次のとおりである。

 (1) 国際海底の範囲

国家管轄権を超える海底(これを国連では国際海底と呼んでいる)の範囲をどこに決めるか,裏返しに言えば,沿岸国の排他的権利に服する法的意味での大陸棚の範囲をどこに確定するかの問題は,世界の海底資源の配分と直接関連する重要かつ困難な問題である。1958年の大陸棚条約において大陸棚の範囲が十分明確に定義されていないところに問題の端を発している。国際海底の範囲の決定に関しては,現在までのところ,これをどのような基準(水深,距岸距離,前二者の併用,地形学的要素等)によるかにつき種々の見解が述べられている。傾向としては,水深基準のみという考えは少数派に属し,少なくともこれと距岸基準のいづれかを沿岸国が選択できるとの併用主義,ないし距岸基準のみとする提案が有力になりつつある。殊に領海200マイルを主張するラ米諸国および多くのアジア,アフリカ諸国は,例えば200マイルの如く極端に広い距岸距離を提案しており,数から言えばこのような主張をする国が一般に増えつつある。このような状況にあつて,わが国は,諸般の複雑な情勢から十分明確な態度を打出すに至つていないが,将来国際海底のレジームが成立する場合には,特にこれが発展途上国の利益を考慮すべきものとなつている以上,経済的に意味をもちうる十分な広さを持つべき,であるとの立場を表明している。

 (2) 国際機構(マシーナリー)

国際海底の管理のために新設される国際機構にいかなる権限を認めるかは将来の海底開発活動と重要な係わりあいを持つ問題であるが,一般的に技術先進諸国は同機構に国際海底の資源開発等のライセンス発給の権限を与え,また,ライセンス料,利権料等を徴収し,これを発展途上国の経済開発等のために充当させることを提案している。これに対し,発展途上国の多くは,原則として国際機構自身に直接開発を行なわせるか,または少なくとも,ライセンス発給と直接開発の2本立てにすることを提案し国際機構自身がこのために必要な十分強い権限をもつことを主張している。

その他機構の中に,常任理事国を置くか否か,また,特定の理事国に加重投票権を認めるか否か,国際海底資源開発によつて特に発展途上国等の陸上資源の市場価格が下落した場合には国際機構に防止措置を採る権限を与えるか否か等の問題がある。

拡大海底平和利用委員会は本年も引続き国際海底条約の起草を行なうことになつている。昨年中,この国際海底条約案審議のため既に12もの具体的提案が条約草案ないし作業文書の形で各国から出されておりわが国も国際海底条約案要綱と題する作業文書を1971年11月,国連に提出し,国連での活動に積極的に参加している。

 

3. 漁業その他の海洋レジーム

 

漁業を中心とした海洋レジームに関する各国の主張については,(イ)沿岸国に隣接する例えば200海里の水域を「排他的経済水域」として,沿岸国がその域内の生物資源等につき独占的な管轄権を有すべきであるとする多数のラ米,アジア,アフリカ諸国,(ロ)沿岸国は,隣接する水域における生物資源の保存につき義務を有していると同時に,これらの生物資源の利用についても或る程度の専属的な管轄権を有するとするカナダ,オーストラリア等の多数の西欧諸国,(ハ)開発途上国に対しては或る程度の優先的地位を認めるとしても,漁業資源の利用については,関係国間の合意により,沿岸国と遠洋漁業国との双方の利益が衡平に計られなければならないとするソ連,ポーランド等の諸国との三つのグループに大別されるが,わが方の立場は,前記(ハ)のグループに近く,回遊魚および遡河性魚種を除く沿岸性魚種につき,「(i)沿岸国と遠洋漁業国との双方の利益の衡平が計られるために,漁業レジームは,関係国間の合意によつて定められるべきである。(ii)但し,開発途上国に対しては或る程度の優先的地位を認め,また,先進国の小規模沿岸漁業に対しても若干の優先権を認める。」との点を基本的内容とする非公式ワーキング・ぺーパーを作成して,拡大海底委員会の場等を利用して,各国との非公式な協議を行なつた。

なお,領海幅員の問題については,昨年7月の拡大海底委員会において,わが方小木曽代表より「わが国は領海幅員12海里につき国際的なコンセンサスが得られれば,これを支持する用意がある」趣旨の立場を表明した。

この他にも海洋法会議で採り上げられることを予想される問題は国際海峡の通航問題,海洋汚染の防止問題など広範多岐に亘つており,漁業,海運など重要な活動を安定した海の法秩序に依存している海洋国たるわが国としては,他国の動向を勘案しつつ,慎重に拡大海底委における準備作業に取組んでいく必要がある。

 

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