世界の動き3月号
GLOBALEYES
一人でも多くの子どもを救うために
李 権二
Kwoni Lee
東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野
PROFILE
1972年生まれ。岐阜大学を卒業後、小児科医として亀田総合病院に勤務。2003年より東京大学医科学研究所先端医療研究センターにてHIV/エイズ研究に従事。2004年国際協力機構(JICA)によるインドネシアとの緊急災害医療セミナーに参加。スマトラ沖地震・インド洋津波の被災地へ国際緊急援助隊医療チームとして派遣される。在日韓国人3世。
地震発生直後に現地入り
昨年12月28日、国際緊急援助隊に登録していた医師・李権二さんのもとに、国際協力機構(JICA)から出動要請の連絡が入りました。「スマトラ沖大地震の被災地へ、国際緊急援助隊医療チーム1次隊として3日後にインドネシアへ行ってほしい」――正月休みをとることもなく、あわただしく出発。そして1月2日、李さんを含む22名の医療チーム、そして格納庫に入りきらないほどの医薬品を載せたチャーター便がバンダアチェに到着しました。
「緊急援助は時間が命。一刻も早く到着しなければいけないんです」
李さんを待っていたのは、あちこちに遺体が放置され、家々は倒壊し、街中泥だらけの悲惨な光景でした。気温35℃、湿度90%のうだるような暑さの中、サッカー場にテントを張って仮設診療所を開きました。
現地はもともと貧しい地区で、「病院はお金がかかるから行けない」という住民が多いところです。そこで、「日本の国際緊急援助隊による無料の診療所があります」と看板を立てて呼びかけました。
診療所開設と同時に、大勢の人がやってきました。津波にのまれて鎖骨を骨折した女の子、行方不明の家族を探す途中にがれきで足を怪我した男性、下痢が止まらない赤ちゃん…。子どもを亡くして1週間泣き続けたために目がおかしくなったという女性もいました。限られた医療設備の中で、李さんは精一杯の治療を続けました。
現地の人々の暖かい心遣い
バンダアチェは、李さんたちにとっても過酷な環境でした。ホテルはどこも壊滅状態で、民家を借りて寝泊りしましたが、そこでは水道やトイレも故障していました。食料は日本から持参したインスタント非常食。「日本から来た僕らが、現地の食料を買い占めるわけにはいきませんからね」
懸命の治療を続ける日本の国際緊急援助隊の姿を見て、感謝の思いを伝えようと様々な人が診療所にやってきたといいます。
「救助活動をしていた軍の人たちが、非番の日に休日返上で患者の列の整理をしてくれました。また、JICAの留学生受入事業で日本に留学した経験のある若い人が、ボランティアで診察の通訳に。住居を提供してくれたのも彼らです。それから、インスタント食品ばかり食べている私たちの栄養状態を心配して、村の人がヤシの実やフルーツを差し入れてくれたりしました」
そして、李さんら国際緊急援助隊医療チーム1次隊は延べ1,436人を診察し、9日間の任務を終えて帰国しました。
「求められる医療を提供できたと自負しています。しかし、現場では心のケアまではなかなか手が回りませんでした。診察中、何を言っても全く表情を変えない女の子に会いましたが、その子はあまりの恐怖に感情が消えてしまったのでしょう。被災者の心のケアが今後の課題だと思います」
国際医療に従事して子どもを助けたい
李さんは、高校生の頃から国際医療に携わりたいという夢をもっていたそうです。
「アフガニスタン難民の医療援助をする日本人・中村哲さんの活動に感動し、医師を目指すようになりました」
大学在学中は熱帯医療研究会に打ち込み、フィリピンの世界保健機関(WHO)やタイの医療施設などでの研修に参加。
「子どもは常に弱者。開発途上国では、下痢などで大勢の子どもが5歳を待たずに亡くなる。こうした現状を見て、国際医療に携わって子どもを救いたいと考えました」
小児科医となってからも、李さんは何度も海外研修に参加し、欧米での先端医療研究のほか、途上国で感染症の治療・研究にも携わりました。そして、「小児科医として子どもを救うこともできますが、HIV/エイズの病態を解明することで、より多くの人を救える」と、現在は東京大学医科学研究所で基礎医学の道に。
「世界中に、母子感染によって感染し、エイズ孤児として亡くなる子どもが大勢います。1日も早く、こうした子どもたちを救いたいと思っています」
国際医療に必要なもの
研究者としても、国際医療の医師としても最先端にいる李さん。常日頃心がけていることとはどんなことなのでしょうか。
「自分の力を求められた時、100%の力を発揮するためには、常日頃の準備が必要です。中学・高校生の頃の勉強や課外授業などには、その時は無意味に思えても、後から役に立ったことがたくさんあります。地道な積み重ねが大切なのです」
さらに、国際的な活動に必要なことは、(1)世界の共通語としての英語を学生の時から意識的に勉強しておくこと。(2)自分の専門をできるだけ高いレベルにしておくこと。(3)文化や宗教の違う国で活動するために、協調性をもつこと。この3つだといいます。
「それから、国際緊急医療の現場では、頭だけではだめ。しっかりしたフットワークに、どんな環境でも健康でいられる丈夫な足腰と胃腸。そして思いやりのハートを何よりも大切にして下さい」
|