河野外務大臣演説
南東欧ハイレベル会議
平成12年5月15日
於:三田共用会議所 講堂
御列席の皆様
本日、ホンバッハ南東欧安定協定特別調整官を始め南東欧地域の安定と発展に貢献する国際社会の代表の方々及び南東欧域内諸国の代表の方々をお招きし、「南東欧ハイレベル会議」を開催出来ますことを喜ばしく思います。
(歴史を共有する日本と欧州)
冷戦の終焉という世界史的意義を持つ地殻変動は、南東欧地域の人々に、民主主義、自由及び人権という崇高な価値を自ら実現し、真の市民社会を構築する機会を与えるものでした。しかしながら、この地殻変動は、多民族国家であった旧ユーゴの分裂を促し、悲惨な民族紛争の遠因を作り出すことともなり、南東欧地域の人々に大いなる試練と苦悩をもたらしております。
多くの民族が共存する欧州における過去数世紀に亘る歴史は、民族主義が生まれ、それが抑圧され、更に他の民族主義との戦いを重ねるというように、尊い人命と流血により、今日の安定と繁栄を築いた歴史であると申しても過言ではないでしょう。幾多の悲劇をへて、今日、多くの欧州の国々に、異文化と異民族との対話に際して必要とされる繊細さと寛容の精神が根付き、政治による民族主義の濫用を阻止し、また民族主義的感情を文化、芸術により昇華させるような成熟した社会が形成されてきております。
他方、我が国も過去の一時期に近隣の諸民族との調和をはかることができず、第2次世界大戦の大きな渦に巻き込まれましたが、戦後は自由と民主主義を基本価値として、世界の平和と繁栄に貢献しております。
このような経緯を考えれば、文化的・社会的背景の異なる国々の対話には繊細さと寛容の精神が必要であることを、実感している欧州と日本が、民族問題を含む南東欧の諸問題の解決にあたり、協力し合い、補い合える可能性が十分あるといえるのではないでしょうか。
(日本と南東欧地域との係わり)
遠く離れてアジアに位置する日本が、南東欧の諸問題の解決に、深く関心を持ち始めたのは第二次大戦勃発以前からで、日本は南東欧地域の情勢を冷静かつ客観的に理解し、分析する伝統を培ってきました。戦前長く外交官として欧州に在勤し、その後政界に身を転じ、終戦後には総理大臣の重責を務めた芦田均氏の「バルカン」と題する本は60年以上も前に出版されております。この著作は南東欧の諸国、諸民族の歴史、文化、政治社会状況を、また、当時の列強の対バルカン政策についても怜悧な外交官の目から見た鋭い分析が展開されています。
第2次大戦後も日本は南東欧地域に関心と親しみを持ち続けてきました。日本の国会では、ブルガリア、ルーマニア、クロアチア、そしてハンガリーといった国々との友好議員連盟は伝統的に大変活発です。
更に日本は、冷戦の終焉をもたらしたベルリンの壁の崩壊直後から、G24の一員として、南東欧諸国の改革努力に対し各種の協力を行ってまいりました。また、旧ユーゴの各地で繰り返された人道上の悲劇に対しても様々な支援を行ってまいりました。本日、この後に基調報告をお願いしている明石康日本予防外交センター会長の旧ユーゴ国連事務総長特別代表時代の御苦労も我々同胞としては決して忘れることが出来ません。
91年の旧ユーゴ紛争勃発後、私の95年のクロアチア訪問及び昨年12月のコソヴォ、マケドニア訪問を含め、日本の外務大臣の旧ユーゴ地域訪問は5回にのぼります。このことは日本が旧ユーゴ紛争に関心を払い続けてきた一つの証左と言えましょう。
(グローバル化による欧州と日本との相互依存関係の深まり)
昨年のコソヴォ紛争に際しては日本はG8の一員として安保理決議案作りに参画した他、コソヴォ及びその周辺国に対し総額2億3千7百万ドルの支援を行っております。また、南東欧諸国に対する最大の経済援助国の一つとして、更に南東欧安定協定のメンバーとして、この地域の安定と繁栄のために出来る限りの貢献を行ってきております。このように日本が南東欧地域の諸問題の解決に向けた国際的な取組に積極的に関与してきた背景には、グローバル化に伴い欧州と日本との相互依存関係がますます深まっており、両者の協調はもはや必然であるという認識があります。
日本がコソヴォやボスニアの和平への取組に深く関与し続けているのはもとより、コソヴォやボスニアの問題自体の早期の解決を願う気持ちがあるからです。同時にアジアと欧州の安全保障は不可分と考えており、その観点からも、欧州のコソヴォ、ボスニア、アジアの東チモール、KEDOのケースのように、それぞれの地域における紛争や挑戦に対し、互いに支援し合う意思と能力を有する欧州と日本が、これまで以上に相互に連携し、協力しあうことはグローバル・パートナーとしての責務であると考えます。
(「南東欧ハイレベル会議」の意義)
本日から2日間に亘り開催される「南東欧ハイレベル会議」は、南東欧の平和と安定のために様々な形で関与されている関係国、関係国際機関及び南東欧諸国から政府と民間のハイレベルの方々が個人の資格で参加し、自由に考え方を述べ合い、南東欧全体に多様性に根ざす調和のとれた政治文化を実現すること、そして人間が中心となる社会を実現することを目的とするものであります。官民双方の参加するこのユニークな国際会議が、南東欧安定協定等既存の様々なメカニズムを補完し、推進する一助となれば幸いに思います。
このハイレベル会議は南東欧の安定と発展を図るための処方箋について、3つのステップにおける議論を想定しております。第1のステップは、「調和の政治文化への移行」、第2のステップは、「人間の尊厳の回復・確立」、そして第3のステップは、「市場経済化への移行」のための方策です。
折しも本年(2000年)は、ユネスコの決議に基づく「平和の文化の国際年」にあたります。これを機に冷戦とそれに続く旧ユーゴ紛争により長年に亘り平和の果実を享受することの出来なかった南東欧の多くの国に21世紀において真の平和が訪れることが切に望まれます。当該地域の国々も、また、それを支える国際社会ももう一度原点に立ち戻り、民族間の憎しみやいがみ合いを助長している原因の究明、政治や経済の問題もさることながら異文化と異民族に対する尊敬、希少文化財や遺跡の保全等を通じる寛容と繊細さの精神風土の涵養、争いよりも平和を尊ぶ教育のあり方につき、英知をめぐらせて議論頂ければと思います。
また、暴力と恐怖から人間を解放することはもとより、個人が自由に能力を発揮し、人間性を高めていくことが出来るように表現の自由、メディアの独立を尊重すると共に、知識人、文化人ならびに市民社会の役割が強化されることが重要と考えます。人間の尊厳が回復され、人間中心の社会が実現されてこそ、真の平和と安定がこの地域に訪れると言えましょう。
そして、健全な民主主義を定着させるためには、経済の安定はやはり重要な要素です。市場経済化を通じて、民族の融和を促進するために、一国レベル、或いは地域全体に対する措置として如何なる方策をとりうるかについて議論していただければと思います。
私は年頭の欧州諸国訪問にあたり、仏国際関係研究所(IFRI)において「日欧協力の新次元」をテーマに講演をいたしました。その中で日欧が今後一層政治面での協力を強化すること、そしてそのために来年から始まる10年間を「日欧協力の10年」とすることを提唱いたしました。本日より開催されるこの「南東欧ハイレベル会議」が日欧間の新たなパートナーシップの一つの試みとなればまことに意義深いことであります。
(結びにかえて)
最後に南東欧とその近隣の地域から遠路はるばるお越し頂いた皆様に一言申し上げます。日本人は南東欧地域の伝統、文化に親しみを持っております。かつて東西の文明間の主要な交易路として、世界の最高レベルの物、文化が行き交っていた南東欧地域は、本来、欧州内で最も異文化に対して開かれ、繊細さと寛容の精神が根付いた世界であったはずです。私たち日本人が感じる親しみ易さもこの地域のそのような歴史と無縁ではないはずです。南東欧地域の復興が達成され、多様な伝統と文化が花開く豊かな地域に生まれ変わり、欧州統合の流れに歩調を合わせて持続する発展を遂げられる日が一日も早く到来することを願っております。
今回の「南東欧ハイレベル会議」及び、本年以降、フォローアップとして日本政府が関係国際機関等と連携して逐次実施していく方針である教育、文化財保護、環境等のセミナー等の共同事業が、そのためのお役に立つことがあれば私としては本望です。
本年7月の九州・沖縄サミットのテーマは、21世紀に全ての人々が「より繁栄を享受し」、「心の安寧を得」、「より安定した世界に生きられる」よう、各国、そして国際社会は何をすべきか、ですが、G8サミットの議長国として、今回の会議の成果が出来る限りサミットでの議論にも反映されるよう努力してまいります。
御静聴ありがとうございました。
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