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演説

橋本外交最高顧問演説

「国際麻薬統制サミット」橋本外交最高顧問の演説



 ハスタート下院議長、アルラッキUNDCP事務局長、
 本日は、「国際麻薬統制サミット」にお招き頂き、誠に有り難うございます。
 薬物は、人生を破壊し、社会をり崩します。そして今、薬物はグローバル化の進む21世紀の世界にとって明白かつ現在の危険として、認識すべき状況を作っています。このことをまず私達一同が認識した上でお話申し上げたく存じます。
 確かにオスカー・ワイルドのはるか前から、人類は長い間ヘロインやコカイン等伝統的な薬物の乱用に苦しんでまいりました。ところが、最近はこれに加え覚せい剤がヘロインやコカインを凌ぐ勢いで拡大し、恐るべきことに日本では15才の女子中学生の中にも、犠牲者が出始めています。
 我が国の薬物乱用の歴史を振り返りますと、国民の啓発と制度の整備が不可欠であることが良く理解できます。東アジアが19世紀に欧米列強の植民地化の波を防ぐことに苦しんでいた中で、日本人はあの偉大な清帝国があへんを禁じたが故に戦争をしかけられたばかりか、その戦争に敗れ国中にあへんが溢れたのを見て愕然としました。実は日本のアンシャン・レジームを打破した明治維新の一つの大きな動機は、日本を清帝国の二の舞にしてはならないということにあったのです。
 これは、一面では良い結果をもたらし、第二次世界大戦までは一般市民は薬物に手を染めませんでした。ところが戦後、日本人は歴史上初めて薬物乱用を経験することになります。覚せい剤の乱用です。恐るべきことに覚せい剤は戦時中に軍が使用し、戦後、大衆薬として販売されるなど、その害悪の認識が十分ではありませんでした。このため、覚せい剤乱用が急速に拡大しました。覚せい剤は麻薬とは異なる一種の興奮剤のようなもの にすぎないと安易に認識されていたのです。
 1951年には「覚せい剤取締法」が施行され、覚せい剤原料物質の規制や厳格な取締により、一旦は覚せい剤乱用は終息しました。70年代に至り、覚せい剤の量刑があへん系麻薬と比べ軽かったこともあり、暴力団がこれに目をつけ、組織的な密輸・密売をはじめ、再び乱用が拡大しました。その後、覚せい剤の罰則があへん系麻薬と同等になりましたが、乱用は一般市民にも蔓延してしまっていたため、未だ沈静化するに至っておりません。
 暴力団の資金源と一般市民の乱用、こうした中で昨年は約2トンに上る覚せい剤を押収しましたが、これは何と過去5年間の合計を上回る量でした。その多くは中国及び北朝鮮経由のものであることが判明しており、中国との間では、1998年に我が国警察庁と中国公安部との間で積極的な情報交換を行うことが合意されました。それ以降、日中間では捜査協力が進み、着実な成果を挙げています。また、国内では、1998年5月に中期的な薬物対策の戦略を策定し、特に青少年への啓発活動、密売組織の取締りの徹底に、全力を挙げています。
 青少年の啓発運動の一環として、私は総理として東京都内のごく普通の高校を訪問したことがあります。生徒たちは、ティーンエージャーの常として私などに構わずワイワイ騒いでおりましたが、高校時代の覚せい剤乱用により子供を産めなくなってしまった同校卒業生の手紙が紹介され始めるや、深い静寂が訪れました。ピンときていない優等生を尻目に、茶髪の子供達が真剣な眼差しでその数枚の白い手紙を見つめていた姿が今でも鮮やかに思い出されます。覚せい剤を「痩せ薬」と思わされて罠にはまっていく女子高校生が増えています。子供達は悪い子だから覚せい剤に手を染めるのではありません。知らないからなのです。無知ほど身を滅ぼすものはありません。これが日本での「ダメ。ゼッタイ。」運動の信念なのです。
 その上で、治療や社会復帰の意思のある乱用者に対しては、救済の手を差し延べ、必要な医療やリハビリテーションの機会を与えるべきことは言うまでもありません。
 政治家は信念をもってこの戦いを進め、人々に希望を与える義務があります。各国のリーダーは手を携えねばなりません。何故なら、グローバリゼーションが進む今、供給国側と需要国側を結びつける密売組織と屹然として戦わねばならないからです。先日、クリントン大統領がダボス会議で言及された、麻薬ゲリラとの抗争を対象としたコロンビア支援計画を高く評価します。
 この機会に、アジアの状況について一言触れてみたいと思います。
 私は、昨年末、久し振りにミャンマーを訪れ、ケシの不正栽培撲滅に携わっている政府関係者と会談する機会を持ちました。薬物供給国における不正栽培の原因は貧困です。高収益のケシは、社会の貧困層にとって重要な生活の糧なのです。このため、ミャンマーでも政府はケシ代替作物への転換に努め、また国連薬物統制計画の麻薬代替作物転換プロジェクトも進められています。この国連の活動と食糧増産を日本は支援しています。因みに、アメリカでも皆さんがコーヒーを沢山飲めば飲むほど中南米でコカからコーヒーに栽培が戻りやすい環境が出来ることを付言致します。
 さて、このような国際社会の努力が実を結び、タイ、ラオス、ミャンマーのいわゆる「黄金の三角地帯」におけるケシの違法栽培は減少し始めています。ところが、現在ではこの「黄金の三角地帯」において覚せい剤の密造が始まっており、国境付近における違法取引の中心があへんやヘロインからメタンフェタミンの錠剤に代わってきています。これらの覚せい剤は中国やインドから持ち込まれたエフェドリンから密造されていると考えられており、今後は、この分野での国際的な対策が急務となっております。
 我が国は、依然として薬物乱用問題を抱えておりますが、この50年に及ぶ努力の結果、法規制による原料物質の流通の徹底した管理による横流しの防止や厳格な取締りにより、国内における覚せい剤密造の撲滅に成功致しました。我が国は、覚せい剤対策において有している知見を覚せい剤の生産・経由国に対して積極的に提供していきたいと考えております。具体的には、覚せい剤の危険性などに関する研究成果と日本の経験を踏まえた取締対策に関する情報の提供、薬物乱用防止教育・啓発用の資機材の提供、関係諸国の捜査員・啓発指導者の研修・訓練活動の充実強化などの包括的施策の総合的且つ積極的な実施です。
 また、これと併せて重要なのは、近隣諸国・地域間での情報の共有です。我が国はこの分野でも積極的な役割を果たしていく考えであり、昨年及び本年、二年連続して、東・東南アジアの薬物対策関係者が参加する会議を開催しました。「1999アジア薬物対策東京会議」及び「2000年薬物対策東京会合」です。これらの会議を通じて情報交換のコンタクトポイントを指定するなど、薬物対策における具体的且つ着実な協力が開始されています。特に、アルラッキUNDCP事務局長のイニシアティブのもと、東京会合に併せて先月開催された「アジア覚せい剤乱用予防対策会議」においては、覚せい剤問題を地域の最優先課題と位置づけ、覚せい剤や原料物質に関する法規制や取締制度の整備、薬物鑑定や乱用防止啓発活動等における人作りなどに地域の国々が手を携えて取り組むことが決議されました。
 薬物問題は、貧困や社会的弱者の問題と、社会の影の部分とが複雑・密接に結びついて生み出されるものであり、我々の日常に存在する非常に身近な問題であります。そのような現実を認識し、我が国は、不正薬物問題に悩む国の一つとして、政治家や国民の力を結集し、国際社会との協力の下、薬物の脅威のない安全な世界の実現のために積極的に取り組んでいく決意をこの場を借りて改めて表明したいと思います。
 ご静聴有り難うございました。



橋本外交最高顧問演説 / 平成12年 / 目次


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