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「日本の進路と日米関係」
橋本総理大臣のナショナル・プレスクラブにおける演説


1997年4月25日

(冒頭挨拶)
 サモン会長、
 ご列席の皆様、
 本日は、このナショナル・プレスクラブにお招きいただきありがとうございます。同時に大変こわい顔触れが揃っておられるので緊張しています。どうか優しく扱って下さい。
 先般、ペルーの日本大使公邸占拠事件が3名の犠牲者を出しつつも、大部分の人質が無事解放され解決をみました。この場をお借りし、人質の犠牲者の御家族に対し心から哀悼の意を述べるとともに、改めてフジモリ大統領をはじめとするペルー政府の努力や米国をはじめとする国際社会の連帯と支持に対し、感謝の意を表します。今後とも、日本は、テロリズムと戦っていきます。
 さて、本夕は、日本とアメリカとの絆を、今後如何にして更に深めていくかについて、私の考えを率直にお話ししたいと思います。

 今世紀の初頭、欧米列強の圧力が高まる中で、「アジアはようやくその眠りから目覚めた」と言われました。20世紀が終わろうとしている今、アジアは大洋州地域も巻き込みつつ、アジア太平洋として21世紀に向けて飛躍しようとしております。この一世紀の間に日本と米国は、過去の悲劇的な対立を乗り越え、異なる文化的背景の中で、同じ価値、同じ夢を分かち合い、今や同盟国として協力の翼を全世界に広げております。21世紀におけるアジア太平洋の姿は、まさに日米両国がどのような進路を取るか、そして如何に力を合わせるかによって決まると言っても過言ではないでしょう。このような観点から、本日は、私の三つのメッセージをお伝えしたいと思います。第一は、日本の経済・社会の改革への決意、第二は、日米同盟へのコミットメント、第三は、アジア太平洋における日米協力の推進です。

(日本の改革及び進路)
 次の世紀への日本の進路は、戦後、日本を支えてきた今や「アンシアン・レジーム」になってしまった諸制度を未来を先取りするものに変革する「創造への道」と言えるでしょう。
 戦後半世紀にわたって、日本の行財政、金融、社会経済システムは、他の先進国に追いつき追い越せという直線的発想の下で整備され、おおむね効率的に機能してきました。しかし今や、日本の経済・社会は成熟期を迎え、国民も多様な選択を求めております。また、これまで日本の発展を支えてきた制度や慣行が、逆にこれからの発展への足かせになってきていることから、国としてのダイナミズムを取り戻すため、私は現在6分野にわたる改革を自ら先頭に立って実施中であります。
 その第一は、行政改革、第二は、財政構造改革、第三は、持株会社の解禁や需給を理由とした参入規制の撤廃等の規制緩和を含む経済構造改革、第四に、金融システム改革、第五に、国民皆保険の下で、医療、年金、介護等多岐の分野にわたって行う社会保障構造改革、そして第六に、国民一人一人の個性や創造性を尊重するべく行う教育改革、の六つであります。
 もはや日本の社会は、中央の政府が民間や地方に対し細かに指導、監督していくといった体制を求めてはいません。国も地方も仕事を減らし、民間には最小限の明確なルールの下、企業精神を大いに発揮してもらう、そのような制度に変えていく必要があります。
 金融システム改革については、「フリー」、「フェアー」、「グローバル」をキーワードとして進めていきます。即ち、参入の促進や商品の多様化に加え、手数料の自由化などにより競争的で多様なサービスをもたらすとともに、ルールの明確化・透明化を行い、更には、グローバル化に対応した法制度、会計制度、監督体制の整備を行います。このための第1弾として、資本取引や対外決済などを律する外国為替制度を抜本的に改革する法案を既に国会に提出し、衆議院ではこの法案が通過しました。
 日本の財政については、国の借金である国債残高が約2兆ドルにも上り、主要先進国中最悪の状況にあります。米国が、2002年に向けた財政均衡に努力されていることには大いに勇気づけられます。私は、2003年度に、地方も含めた財政赤字を現在の対GDP比5.4%から3%にすることを目標とし、来年度予算一般歳出の伸び率をマイナスに押さえる決意でおります。
 日本の規制緩和や経済社会の構造的変化は、既に進みつつあり、これにより米国企業の対日市場アクセスも増大しつつあります。去年、クリントン大統領が訪日された時にはまだ店がなく、お好きだと聞いていたので、スターバックスコーヒーを米国から取寄せましたが、今はスターバックスコーヒーが日本にあるので、クリントン大統領にはいつでも日本に来て頂くことができます。サブウェイ・サンドイッチの店も並んでいます。また、ナイキのシューズとギャップのジーンズをはいた親子が、クライスラーのレクレーショナル・ヴィークルのショールームや米国からの輸入住宅フェアを訪れるという光景も見られます。
 21世紀に向けた日本の蘇生には、個々の制度改革だけでは不十分であり、戦後の日本のシステム全体のパラダイム・シフトをはかる必要があります。これは包括的かつ一気呵成に、それも我々自身の手で成し遂げなければなりません。もちろん、これには大変な痛みも伴いますが、当面の苦しさを克服しながら、私はこれらの改革を成し遂げる決意です。私はどうもマスコミの皆様から他の日本の政治家と比較して、悪く言うと守旧派、良く言って慎重派と呼ばれます。しかし、そろそろ認識を変えて頂いて改革派橋本と呼んで頂ければと思います。

(米国との協力)
 ご列席の皆様、
 過去の一世紀余の間、明治維新による近代国家の形成、敗戦後の民主主義の建設という二度にわたる歴史の転換期にあたり、日本は米国の影響を受けましたが、その影響は素晴らしいものでした。であればこそ、日本は米国を同盟国として信頼し、それによって生きる道を選んだのです。その選択は、この半世紀、日本の平和と繁栄を支え、また、日本がアジア太平洋ひいては世界において活動する礎となりました。揺るぎない日米関係が他の諸国にとって如何に安心感を与えるものであるか、私は特にアジアの首脳と話すときにしみじみと感じます。
 このような日米関係の基礎が、日米安保体制です。これは、冷戦期を通じて地域の安定と繁栄を支えてきました。冷戦後も朝鮮半島をはじめとする多くの不安定要素がある中で、その価値と役割は減ずるどころか、むしろ高まっていると考えます。日米安保の歴史を振り返ってみると、46年前、吉田茂総理が自由主義陣営との単独講和の道を選ぶことによってその礎を築き、25年前、佐藤栄作総理が沖縄返還を実現しその体制を盤石にしました。そして昨年4月、私は、クリントン大統領との間で「日米安保共同宣言」を発表し、その意義を再確認するとともに、新しい時代における日米防衛協力の方向性を示しました。これを具体化するものとして、例えば不測の事態が生じた、或いは生じ得る場合に、具体的に日米間でいかなる対処が必要かを記述する「日米防衛協力のための指針」を現在米国と協力しつつ、今秋を目処に見直す作業を進めています。この見直しについては、国内的にも、また国際的にも高い透明性をもって議論していきたいと思います。
 ここで、沖縄の問題に触れなければなりません。沖縄は先の大戦で激しい陸戦の恐怖を経験しました。そして、十万人近くの住民の方々が犠牲となりました。その沖縄は、本土復帰が大幅に遅れ、また、日本国土面積全体のわずか0.6%しかないところに在日米軍施設・区域の約75%が集中しており、住民の生活環境や意識に少なからぬ影響を及ぼしてきました。それ故、沖縄県民の精神的、物理的負担を日本の全国民が背負っていくことは国政の最重要課題の一つであり、私は総理就任以来、この問題に自ら先頭に立って取り組んできました。幸い、これまでの日米の共同作業により、普天間飛行場を含む11の米軍施設・区域の返還が合意されました。この合意を作り上げて以来、この合意の実施や沖縄の振興策について、沖縄の方々の感情に配慮しつつ、内閣をあげて取り組んできました。先週には日本の国会で米軍用地の使用権限を確保する法案が圧倒的多数で成立しました。
 先般、米議会下院において、日米安保体制を支える沖縄県民に対する感謝決議が採択されたと承知しています。沖縄の抱える問題に真剣に取り組むことは、幅広い国民の支援を得て日米安保体制の信頼性を高めることとなり、日米両国の国益に資すると考えます。従って、米国においても引き続き本件に敏感に対応して頂くことが重要だと考えております。
 日米は、政治、経済のみならず、社会、文化等国民生活のあらゆる面において、友好協力関係を築き上げており、また、両国の協力は、中東、ボスニア、アフリカ等グローバルな広がりを持って進展しています。更に、日米は、エイズ、麻薬、環境等の地球規模の課題に対する取組みへの協力を文字通り「コモン・アジェンダ」として推進しています。 マスコミの方々は、洋の東西を問わず、良いニュースより悪いニュースを取り上げることの方が好きではないかと思いますが、私は是非「コモン・アジェンダ」にも関心を持って頂きたいと思います。日米安保体制が、このような「世界で最も重要な二国間関係」を作り上げ、広範な協力関係の基礎となっていることを日本国民は十分理解しております。

 日米経済関係も変わりつつあります。日本企業は、近年、製造業を中心として、米国やアジアへの投資と技術移転を本格化した結果、現地での雇用をはじめとして地元経済に多大な貢献をしつつ、企業活動にいそしんでおります。例えば、日本の自動車メーカーは120億ドルを超える対米投資を行い、全米で九つの州に生産拠点を持ち、多くの雇用を生み出し、その完成車は日本や欧州にも輸出されています。このような構造の変化は、日米経済関係に良い影響をもたらしており、長期的に見て、日本の対米貿易収支黒字は減少の傾向にあります。今後出てくる個別経済問題についても、そのうちの多くは日本の六つの改革の中で解決されていくものと信じております。また、私は、日米双方の長年にわたる経験の蓄積が摩擦を減少させていくことにより、日米経済関係を一層深めていくことができると確信しております。

(地域安定努力)
 ご列席の皆様、
 アジア太平洋地域は、歴史的にも、民族的にも、宗教的にも、また文化的にも多様であります。それ故に、活発な交流により幾多の機会が生まれ、経済のグローバライゼーションの下で急速に経済発展を成し遂げております。しかし、この地域が未だ多くの課題を抱えていることも事実であります。
 中国は21世紀の前半には、世界一のGNPに達するとの見通しもあるように、その存在は今後一層大きなものとなるでしょう。中国の改革・開放路線を支援し、中国が国際社会における建設的パートナーとしての地位を固めていくようにすることが地域の安定と繁栄にとって極めて重要であります。その際、中国が種々の国内制度を国際的なルール・基準との整合性を確保しつつ整備する必要性が益々高まっています。中国のWTO加盟は、経済面で、このような整備を促進することになり、中国の経済発展に資するのみならず、国際貿易体制の強化に大きな役割を果たすでしょう。この見地から、私は、APECでも、また、クリントン大統領との会談においても、中国のWTO早期加盟を支援すべき旨を強調してきました。安全保障面では、中国が国防の透明性を高める努力を続けていくことが重要です。更に、アジアの膨大な人口と急速な経済成長が食料、エネルギー、環境に与える影響は、この地域の諸国が共に取り組んで行かねばならない重要な課題です。この点でも、私は中国の建設的役割を強く期待します。
 その巨大さ故に中国と国際社会の接点は、一挙に広がるというわけにはなかなかいきません。段階的に、しかしながら着実に拡大していくものと考えます。経済発展は、地理的にも沿海地方から内陸部へと伝播し、国民の生活水準の向上により、人権を含む社会問題への意識も一層向上していくものと思います。また、返還後の香港が一国二制度の下で貿易・金融センターとして繁栄を続けることにより、ショーウィンドーとしてどんな役割を中国国内に及ぼしていくかにも注目していきたいと思います。
朝鮮半島は、依然として不確実な要素を多くはらんでいますが、朝鮮半島の平和と安定のため四者会合が速やかに開始され、また、南北間の対話が進展することを強く期待しています。更に、核不拡散及び地域の安全保障の観点から、KEDOの事業を着実に進めていくことが不可欠であり、日本も積極的に取り組んでいく考えです。
 近年アジア太平洋地域では、APEC、ARF等の多国間の対話と協力の枠組みが形成されております。これらは、域内国がその発展の悩みを分かち合いながら解決策をコンセンサスで見出して行こうというアジア的なアプローチで進められておりますが、このプロセスを日米両国が尊重し、また成功に導いていくことが重要であると考えます。

(結語)
 21世紀に向けて、また、次の千年に向けての扉は、まもなく開こうとしております。日本と米国というお互いに全く異なった歴史的、文化的背景を持った国の運命が結びついたこの一世紀を振り返ると、人間の持つ限りなき可能性に勇気づけられます。新世紀の新たな章において、日米はより強い絆で結ばれ、共生し共栄していくことを学ぶでしょう。また、そうすることが世界の平和と繁栄にとって不可欠であります。私が今行おうとしている諸改革は、そのような未来を描くためどうしても日本が通らなければならない一歩であり、私は全力を尽してこれに取り組んでいく考えであります。
 ご静聴ありがとうございました。


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