[14]パレスチナ

1.パレスチナ自治区の概要と開発課題

(1) 概要
 1993年9月のオスロ合意を受け、翌年5月のガザ・ジェリコ合意に基づきガザ地区及び西岸地区のジェリコでパレスチナ暫定自治が開始された。その後暫定自治が拡大し、1996年1月にパレスチナ評議会選挙が実施され、パレスチナ暫定自治政府が成立した。2000年7月のキャンプ・デイビッド首脳会談は成果なく終わり、その後9月末にイスラエル・パレスチナ間の衝突が発生し、2001年3月に右派リクードを中心とするシャロン政権が発足した。暴力の悪循環を断ち切るための国際社会による取組みが行われたが、停戦が実現しない状況下において、2002年6月にブッシュ米大統領はイスラエル、パレスチナの2国家平和共存に基づく中東和平構想を表明した。翌年4月には同構想を具体化するための中東和平「ロードマップ」がカルテット(米国、欧州連合(EU:European Union)、ロシア、国連)によって提示され、イスラエル・パレスチナ双方ともこれを受け入れたが、その具体的な履行は進まず、和平プロセスの膠着状態が続いている。また、2003年12月、シャロン首相は、パレスチナ側にパートナーがいないことを理由として一方的措置としてガザ及び一部西岸入植地からの撤退を内容とする「撤退計画」を打ち出し、翌年6月には、2005年末までに撤退計画を完了させることを宣言し、目下撤退準備を進めている。また、シャロン政権がテロ対策として西岸地区内で推進している分離壁の建設については、住民の日常生活や経済活動に与える甚大な影響が深刻となっている。
 その後、2004年11月11日のアラファト議長の死去を受け、2005年1月にアッバース新長官が全体として公正な選挙によって選出されたことは和平プロセス再開の期待を生み、イスラエル側のリクード党と労働党との連立政権を成立させる中東和平プロセスにとり歴史的な機会となっている。このような政治プロセス再開の気運は経済開発の見通し及びパレスチナ人の居住環境に大きく影響を与える。 
 一方で、2002年6月以降、パレスチナ内部から改革の動きが強まり、国際社会としてこの動きを支援するため、カルテットが監視する「ロードマップ」の履行事項として同年7月にパレスチナ改革タスクフォース(我が国、米国、ロシア、EU、ノルウェー、国連、世界銀行・国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)、カナダにより構成)が形成され、パレスチナ改革への支援に取り組んでいるが、財政、地方自治分野の一部を除き改革の動きは停滞している。
 パレスチナ自治区の経済は、イスラエルの経済に大きく依存しており、過去10年に及びイスラエル政府による断続的なパレスチナ自治区封鎖政策は、イスラエル国内におけるパレスチナ人労働者の雇用機会の減少等によりパレスチナ自治区の経済を疲弊させてきた。2003年の一人当たりの国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)は前年比0.6%増と3年連続のマイナスからプラスに転じたものの、2000年9月末のイスラエル・パレスチナ間の衝突発生以前の経済水準にはほど遠く、依然として困難な状況が続いている。人口の約半分が一日2ドル以下の貧困ライン以下の生活を余儀なくされているとも言われており、2003年の失業率は26%(西岸地区24%、ガザ地区29%)、貧困率は47%(西岸地区37%、ガザ地区64%)とされている。
(2) 中期開発計画(2005~2007年)
 2004年12月にオスロで開催されたパレスチナ支援調整(AHLC:Ad Hoc Liaison Committee for Assistance to the Palestinian People)会合で発表された「中期開発計画」(2005~2007年)では、向こう3ヶ年の支援ニーズ(当面財政支援が最重要)を発表するとともに、(イ)ドナーからの支援を緊急人道支援から開発支援にシフトさせ、持続可能なレベルに貧困率を削減すること及び(ロ)PA能力の向上により効果的開発を行うことを挙げた。また、イスラエルによるガザ地区等からの撤退計画に伴い世界銀行が主導してパレスチナ経済の再生策を実施しており、2004年12月のAHLC会合に世界銀行が提出した技術報告書に沿って、パレスチナ・イスラエル双方において具体的行動が求められている。パレスチナの経済回復の見直しなくして、ガザ地区からの撤退に伴う復興はありえないと考えられている。

表-1 主要経済指標等

表-2 我が国との関係

表-3 主要開発指数

2.パレスチナに対するODAの考え方

(1) パレスチナに対するODAの意義
 パレスチナ問題は半世紀以上も続くアラブ・イスラエル紛争の核心であり、中東和平問題は我が国を含む国際社会全体の安定と繁栄に影響を与えてきたこと、中東和平プロセスの進展にとってパレスチナ自治区の社会経済開発とパレスチナの国造りに向けた準備が欠かせないことなどから、我が国は中東地域に対するODAにおいて、対パレスチナ支援を中心とする中東和平プロセス支援のための協力を最重要視してきた。こうした協力は、主にODA大綱の重点課題である「平和の構築」の観点から大きな意義を有する。
(2) パレスチナに対するODAの基本方針
 援助関係者の安全問題という制約はあるが、中東和平への確固たるコミットメントを確認し、和平プロセスの進展を促進するとともに、パレスチナ人の民生を安定し、将来のパレスチナ国家実現を支援するという観点から、対パレスチナ支援を積極的に実施することとしている。最近では、特に以下のアプローチを重視している。なお、2005年1月に町村外務大臣が現地を訪問した際にパレスチナ経済自立化のための支援を今後強化していくと表明した。
(イ) 和平プロセスを促進し、その進展が経済発展に結びつくよう支援を行うことにより、「平和の配当」を当事者に具体的に示し、和平への動きをより確実なものとする。そのために、国際機関を通じた人道支援等を行う。2003年12月及び2004年1月には、2004年国連統一アピールに応えて約1,500万ドルの人道支援を行った。
(ロ) 「ロードマップ」にも規定されているパレスチナ改革を推進するための支援やパレスチナ自治政府の行政能力向上を支援することにより、パレスチナの国造りに貢献する。そのために、国際機関を通じた関連プロジェクトの実施、JICAによる研修事業等を行う。我が国は地方自治分野の改章タスクフォースの議長を務めていることから地方自治庁の改革支援には特に力を入れている。
(ハ) イスラエル・パレスチナ双方の市民間の対話や相互理解の場を提供し、両者間の信頼醸成に貢献する。そのために草の根・人間の安全保障無償資金協力等を実施する。
(3) 重点分野 
 2003年4月の川口外務大臣(当時)の現地訪問に際して、以下3分野を中心とする対パレスチナ支援を表明して以来、今後は新たにパレスチナ経済自立化のための支援も重視していく。
(イ) 緊急人道支援(緊急人道物資供与(国連開発計画(UNDP:United Nations Development Programme)経由)、パレスチナ難民支援(国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA:United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East)経由)、予防接種拡大計画(UNICEF経由)、雇用創出支援(UNDP経由及び草の根・人間の安全保障無償資金協力)等を実施)
(ロ) 国造り・改革支援(地方自治、司法、選挙改革支援(UNDP経由及び研修員受入れ)、財政改革支援(世界銀行経由、UNDP経由等を実施)
(ハ) 信頼醸成支援(イスラエル・パレスチナ双方精神衛生に関する共同プログラム、パレスチナ人起業家育成計画、双方中高生による対話ワークショップの開催等を草の根・人間の安全保障無償資金協力により支援等)

3.パレスチナに対する2003年度ODA実績

(1) 総論
 2003年度のパレスチナに対する無償資金協力は32.66億円(交換公文ベース)、技術協力は1.68億円(JICA経費実績ベース)であった。2003年度までの援助実績は、無償資金協力408.95億円(交換公文ベース)、技術協力22.81億円(JICA経費実績ベース)である。なお、1993年以降の対パレスチナ支援総額は約6億9,000万ドルに上っている。
(2) 無償資金協力
 2000年9月末以降の治安情勢にかんがみ、新規の一般無償資金協力の実施は見合わせており、国際機関を通じた援助、草の根・人間の安全保障無償資金協力(2003年度は雇用創出、信頼醸成、難民支援等の分野で計25件)、研修事業等を行っている。2004年2月に国連統一アピールに応え、雇用、医療、衛生、教育、貧困の各分野に対して総額約1,479万ドルの緊急援助(UNDP及びUNRWA経由)を実施し、同年9月には、世界銀行の信託基金に対して1,000万ドルを拠出し、パレスチナ暫定自治政府(PA:Palestinian Interim Self-Government Authority)の経常支出のための支援。
(3) 技術協力
 特に行政能力強化に資する分野を重視しており、2003年度ではヨルダンでの第三国研修として、行財政運営、会計検査(内部監査)、司法の分野で特設研修を実施した。

4.パレスチナにおける援助協調の現状と我が国の関与

 オスロ合意以降、ドナーによる対パレスチナ支援が本格化したのを受け、ドナー間の調整が課題となり、ドナー調整委員会(AHLC:Ad Hoc Liaison Committee)、現地援助調整委員会(LACC:Local Aid Coordination Committee)、部門別準備委員会・作業グループ(SWGs:Sectoral Sub-Committees/ Working Groups)等の援助協調・調整メカニズムが設立された。我が国はAHLCのメンバーであり、1999年10月にAHLCを東京で開催するなど、援助調整・協調にも積極的に関与しており、現在見直し中のSWGsに関しては地方自治体サービス、保健・医療、農業の3分野のメンバーである。また、「パレスチナ改革タスクフォース」は改革分野の支援協調・調整を担っており、我が国は地方自治改革分野のグループの議長を務めるとともに、司法分野及び選挙分野のグループにメンバーとして関与している。

5.留意点

(1) 援助関係者の安全に最大限配慮することが不可欠である。
(2) 我が国が積極的に関与している分野(例:地方自治改革、環境分野の協力を通じたイスラエル・パレスチナ間の信頼醸成等)、これまでに実績のある分野(保健、教育等)に選択的にリソース(資金、人的)を投入し、集中と選択の視点から支援を行うことが重要である。
(3) 対パレスチナ支援には和平の当事者であるイスラエルの関与・協力も不可欠であり、我が国の援助が効果的・効率的に実施されるために必要に応じてイスラエル側への働きかけを行うこと、そのためにもイスラエルとの良好な関係を維持することが非常に重要である。

表-4 我が国の年度別・援助形態別実績

表-5 我が国の対パレスチナ経済協力実績

表-6 諸外国の対パレスチナ経済協力実績

表-7 国際機関の対パレスチナ経済協力実績

表-8 我が国の年度別・形態別実績詳細

表-9 2003年度草の根・人間の安全保障無償資金協力案件


プロジェクト所在図


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