VI 中南米地域


1.概  説

(1) 中南米地域は、北米大陸のメキシコ以南、カリブ諸島、南米大陸からなる地域で、世界地表面積の15%を占めている。
 人口は約4億9,800万人であり、その多くは、スペイン語、ポルトガル語圏である。33の独立国といくつかの外国領に分かれている。
(2) 中南米は赤道をはさんで南北に広がり気候風土は様々であるが、乾燥地域はアンデス山脈の西側とアルゼンティン西部程度で、その他多くは湿潤な耕作可能地域である。そのため農業生産力は豊かで、特にブラジルの中南部のサバナ・温帯地域、アルゼンティンのラ・プラタ川流域の温帯地域は一大農業地帯となっている。また地下資源も豊かで、鉄鉱石、銅、銀、ボーキサイト、すず等を多く埋蔵するほか、原油も産出する。
 このような豊かな天然資源を背景に、第一次産業は盛んであるが、第二次及び第三次産業は、ブラジル、メキシコ、アルゼンティン等の一部の国を除き依然として遅れている。多くの国は経済を一次産品の輸出に依存し、その基盤は脆弱である。世銀の分類では、中所得国に分類される国が比較的多く、一般に途上地域の中でも中進地域という位置付けがなされているが、それらの国についても、社会資本への投資不足、国内の所得格差から生じる貧困問題は深刻である。加えて麻薬、環境等の問題もあり、近年の経済状況の改善にもかかわらず、中南米地域各国は依然として経済社会開発のために先進国の資金的、技術的、人的援助を必要としている。
(3) 中南米では、60年代以降軍事政権が相次いで登場したが、80年代初めより各国で民政移管が実現し、民主化が定着しつつある。94年にハイティの民政復帰が実現したことにより、現在では、キューバを除く域内全諸国が民主的政権を擁するようになった。キューバのカストロ政権についても、経済面では危機打開のため徐々に自由化措置を採ることを余儀なくされてきつつある。政治面では、98年1月のローマ法王のキューバ訪問を機に政治犯を含む約300名の拘留者の釈放を発表し、これを受け米国も対キューバ制裁緩和措置を発表するなど、キューバを巡る情勢には若干の変化が見られる。
(4) 現在、中南米地域においては、政治・経済両面における域内協力・域内統合の動きが活発であり、中南米主要18カ国により構成されるリオ・グループ、カリブ14カ国から構成されるカリブ共同体(CARICOM)(注)、更には中南米33カ国及び米、カナダが参加する米州機構(OAS)は、中南米各国の民主化定着への貢献のほか、経済統合プロセス、軍縮・軍備管理等に関する意見交換等を行い、中南米地域の諸課題の解決に向け積極的に活動しており、域外国との対話の強化も近年益々盛んである。また、94年12月、キューバを除く南北米州34カ国の首脳を一同に集め、マイアミで開催された第1回米州サミットにおいては、民主主義の強化や経済・社会開発の促進等の分野で広範かつ具体的な行動計画が採択され、96年12月には持続的開発に関する米州首脳会合(於ボリヴィア)が開催される等、各種フォローアップ会合を通じて一層の域内協力に向けた動きが進んでいる。このようなフォローアップの一環として、98年4月、チリのサンティアゴにおいて第2回米州サミットが開催され、第1回サミットで採択された「行動計画」に則り、(1)貧困と差別の撲滅、(2)民主主義、人権の維持・強化、(3)貿易及び経済統合等に関し、第1回米州サミット後の作業の進展が報告され、今後の方向性が議論された。
 中南米のGDP成長率は、年平均で81~90年1.1%、91~96年3.1%と伸びており、先進国経済が停滞する中、東アジアに次ぐ世界の成長センターとなっている。94年末に発生したメキシコ通貨危機の影響で95年のGDP成長率は0.3%と鈍化したが、96年は緩やかな成長へと回復した。
 その中で97年7月以降のアジア通貨危機及び98年9月のロシア金融危機の影響が、新興市場であるブラジル、アルゼンティン、メキシコ等中南米にも波及し、特に中南米最大の経済大国であるブラジルにおいて99年1月に従来のクローリング・ペッグ制から変動為替相場制への変更や、大幅な通貨切り下げを余儀なくされる等、中南米全体の経済成長に大きな影響を与え99年は波乱含みのスタートとなった。
 99年一年間を通して見ると、中南米経済は石油を除く一次産品の下落による輸出入額減少や資金流入額低下等から中南米全体のGDP成長率は0%と低迷したが、99年後半からは、南米諸国でも景気回復の兆しが見え始め、2000年にはそのスピードが上がっていくものと思われる。インフレ率は9.6%と安定的に推移し、貿易収支・経常収支の赤字幅は減少した一方で、失業率は中南米全体で8.7%に達し、過去最高の失業率を記録した国が多かった。
 90年代以降、中南米では、地域経済統合の動きが活発化してきた。現在中南米には、交渉予定のものを含め20以上の地域経済統合があるが、代表的なものとしては南米南部共同市場(メルコスール:ブラジル、アルゼンティン、ウルグァイ、パラグァイ)、グループ3(G3:メキシコ、ヴェネズエラ、コロンビア)、アンデス共同体(ボリヴィア、コロンビア、エクアドル、ペルー、ヴェネズエラ)、中米経済統合(グァテマラ、エル・サルヴァドル、ニカラグァ、ホンデュラス、コスタ・リカ)及びカリブ共同体(トリニダッド・トバゴ、ジャマイカ、ガイアナ、バルバドス等14カ国及び1地域)がある。南米南部共同市場は95年1月に関税同盟として発足し、チリ、ボリヴィアの周辺諸国と自由貿易地域を創設したほか、EUとの関係強化を目指している。更に、近年は各地域統合の組織化に加え、統合の拡大、また他の統合体との自由貿易へ向けた関係強化にまで発展を見せている。94年12月の第1回米州サミットにおいては、南北米州全域を統一市場とする米州自由貿易圏(FTAA)の創設についての交渉を2005年までに終了するとの合意がなされ、98年4月の第2回米州サミットではFTAAについての交渉を開始すること等を内容とするサンティアゴ宣言・行動計画が採択されている。また、99年6月にはラテンアメリカ・カリブとEUの48カ国首脳の間でEU・ラ米サミットが開催され、両地域間の政治・経済両側面で協力の拡大を謳った「リオ宣言」が採択された。
(5) 中南米地域における環境問題に対する関心も一層大きくなっており、特に、アマゾン地域の森林減少が中南米における自然環境破壊の問題の中で注目されている。
 麻薬問題は、環境問題と並び地球的規模の問題となっている。米国で不法消費される麻薬(特にコカイン、マリファナ)の大部分がコロンビア、ペルー、ボリヴィア、メキシコ等の中南米で生産されている。中南米地域における麻薬生産は、農村・山岳地域の貧困、所得格差が一因と言われ、また、麻薬絡みの犯罪、テロ、地下経済の発達等が、中南米地域全体の政治的安定と健全な経済・社会発展に対する阻害要因の一つとなっている。
(6) 我が国にとって中南米地域は距離的に最も遠い地域であるが、古くから日本人の移住が行われ、現在ではブラジルを中心として、ペルー、アルゼンティン、メキシコ、ボリヴィア、パラグァイなどに多くの日系人・日本人移住者が存在する。また、外交的にも1873年に初めてペルーと外交関係を開設したのを皮切りに同地域との関係を深め、要人往来も活発であるなど伝統的に友好関係にある。ここ数年、我が国と中南米主要国とは相次いで修好・移住100周年を迎えており、97年5~6月に天皇皇后両陛下がブラジル及びアルゼンティン、98年9月に秋篠宮同妃両殿下がアルゼンティン、99年5~6月に清子内親王殿下がペルー及びボリヴィアを御訪問された。
 OASの常任オブザーバーである我が国は、近年ではOASが派遣したペルー大統領・国会議員選挙(95年4月及び2000年4、5月)、ハイティ議会・大統領選挙(95年6月・12月)、グァテマラ大統領選挙(95年11月)等における選挙監視団に選挙オブザーバーを参加させて、OASの民主化支援活動に積極的に協力しているほか、OASの麻薬対策活動に対し、91年以来毎年拠出を行うなど人的・資金的貢献を行っている。リオ・グループとは、89年以来、毎年国連総会時に外相レベルの協議を行っている(但し、99年より、リオ・グループ全体とではなく、トロイカとの外相会合へと移行)。更に、日・中米「対話と協力」フォーラム、日・カリブ協議等を開催し、中南米諸国との一層の関係緊密化および国際社会に対する一致した協力のための対話を行っている。首脳レベルでは、96年8月に、橋本総理(当時)がブラジル、メキシコ、チリ、ペルーを訪問するとともに、コスタ・リカにおいて中米諸国首脳と会談する等、日・中南米関係は一層強化されつつある。
 また中南米の一部地域、具体的にはメキシコ、チリ、ペルーとはAPECを通じての協力があったが、近年、東アジア・ラテンアメリカ間に新たなフォーラムを設けようとの動きもあり、単に二国間の関係にとどまらず、地域に注目した協力も深まりつつある。

図―1 中南米地域




(注) CARICOM(Caribbean Community)は、73年、旧英国植民地を中心に単一市場経済の形成を目標として発足した。加盟国・地域は、アンティグァ・バーブーダ、ガイアナ、グレナダ、スリナム、セント・ヴィンセント及びグレナディーン諸島、ジャマイカ、セント・クリストファー・ネイヴィース、セント・ルシア、ドミニカ国、トリニダッド・トバゴ、バハマ、バルバドス、ベリーズ及びハイティ、英領モンセラットの14カ国・地域。

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