第1章 ODA評価を巡る最近の動向


1.評価活動に関する世界の動向

 近年、国際協力の分野において、評価の持つ意味がますます重要視されるようになってきました。世界銀行や国連の諸機関だけではなく、アメリカ、カナダ、フランス、イギリス、北欧諸国をはじめとする他の援助国でも評価が注目され重要視されています。そして、こうした国際機関や他の援助国では、よりよい評価体制を求めて新しい試みがなされています。
 こうした評価に対する関心の高まりの理由は何でしょうか。それは、各国の財政事情の制約、行政分野についての国民への説明責任の必要性の高まり、途上国の人々の貧困削減や生活環境の改善に役立っているのかとの疑問に応える必要性、といった観点からです。国際機関や他の主要援助国は評価体制の改善に取り組んでいますが、それにはいくつかの大きな傾向が見られると言えます。

(1)成果に基づく評価へ

 従来は援助プロジェクトを実施すること自体に注目が集まっていましたが、最近は、その実施により現地の人々に対してどのような効果が実現したのかを検証することに注目が集まってきています。より具体的には、90年代の中頃から、投入された援助額や派遣した専門家の人数の報告などよりも、ODAの実施によって、実際に途上国の人々の生活環境、保健状況、教育状況などにどのような改善効果が現れたかを定量的に把握することに評価の重点を移してきています。さらに、こうして把握された成果を自国の国民に説明する必要性に迫られているとも言えます。
 98年の経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)の下部組織である援助評価部会の年次会合(於:ニューヨーク)は、「成果の管理と評価」という題で行われました。上記の認識に基づき、各国の援助機関や国際機関の取組みが紹介されましたが、アメリカでは「成果のための管理」、カナダでも「成果に基礎を置いた管理と評価」、国連開発計画(UNDP)でも「成果指向型の監理と評価」、オーストラリア国際開発庁でも「活動監理システム」、その他世界銀行、イギリス、デンマーク、スウェーデンなどでも全く同様の考え方に基づいた評価体制が導入されつつあることが報告されました。これらに共通の特徴は、具体的な成果をより重視する考え方です。
 各援助機関によって具体的な手法や手続きは少しずつ違いますが、基本的には、個別プロジェクトについて、事前の企画立案段階から、プロジェクトの目的及び評価指標、そして目標数値を設定し、その達成度合を定期的に検証していくという手法が導入されています。この新しい手法は「成果測定」(あるいは、「パフォーマンス・メジャーメント」)と総称されています。
 特に、評価結果は適切に援助政策の企画・立案過程にフィードバックされなければ意味がないと言えるでしょう。フィードバック体制に関する改善は多くの援助国や国際機関にとっての課題であり最大の関心事のひとつです。多くの援助国や国際機関は、成果に基づく評価を組織マネジメントの一部として位置づけ、意味のあるフィードバックを実現していこうとしています。

(2)一貫した評価システムの確立

 成果を測定するためには、まず援助を実施する前の状態がどうだったかを把握しておく必要があります。例えば就学率の向上を目的とした小学校建設プロジェクトなら、まず実施前の就学率が把握されていなければ、事後的な成果の測定はできません。このように、事前段階の状態の把握が、プロジェクトが成功したのか成功しなかったのかを判断するためにもますます重要になっています。
 また、開発援助は実施前の企画・立案段階での検討がたいへん重要なのは言うまでもありません。言いかえれば、限りある予算で実施されるODA事業においては、被援助国の開発政策と照らし合わせた場合の必要性や妥当性、及び我が国の援助政策における位置付けや妥当性について、実施する前によく吟味することが必要で、事前段階での体系的な調査や評価がますます重要になっています。
 さらに、一旦始められたODA事業は何がなんでも当初の計画どおりに実施されねばならないというものではありません。自然災害の発生、疫病の流行、国際経済の変動など予期せぬ事態に遭遇し、現場の状況に促して当初の計画を修正した方がいい場合も有り得ます。こうした事情を鑑み、ODA事業の実施中にも成果を測定して、予期された成果があがっていなければ、すぐに何らかの改善を施すべきだという認識も他の援助国や国際機関で一般化しています。
 (1)の成果に基づく評価と表裏一体ですが、事前段階では企画立案に役立てる、中間段階では実施改善に役立てる、事後段階では成果を確認して次の援助に役立てるといった、言わば事前から事後への一貫した評価システムの確立と各段階での迅速なフィードバックの重要性が近年強く認識されています。そして、他の援助国や国際機関でそうした一貫した評価システムの充実が進められています。

(3)個別プロジェクトの評価から、より上位のレベルの評価へ

 従来、ODAの評価といえば個別のプロジェクトについての評価が多かったのですが、最近は個別プロジェクトの評価から、評価の対象が広がりつつあります。こうした、個別プロジェクトよりも上位のレベルの評価は、従来あまり考えられてきませんでした。
 近年、世界銀行、アジア開発銀行(ADB)、国連開発計画(UNDP)、アメリカ国際開発庁(USAID)などでは、個別プロジェクトの企画や選定のもととなる、対象国別や分野別の援助政策の策定を本格化しつつあります。また、USAIDが数年前から実施している「戦略計画」(Strategic Plan)(※1)の策定に代表されるように、組織としての明確な運営戦略の策定も同時に活発化してきています。そしてこれらの政策や戦略に基づいてどれだけの成果があがったかを評価する試みが続いています。また、こうした動きはDACの援助評価作業部会でも課題別テーマに沿った形で毎年議論されています。こうして、他の援助国や国際機関などでは、従来の個別プロジェクトの評価とともに、プログラム、政策、戦略といった、より上位のレベルの評価を行なう必要性が認識され、その方向での評価が行なわれつつあります。また、いくつかの関連する個別プログラムをひとつのパッケージとして、つまりプログラムとして評価する動きも同様に世界的に一般化しつつあります。しかしながら、正直なところ、こうしたプログラム、政策、戦略レベルの評価は、定着したものではなく、主要援助国や国際機関も試行錯誤を続けている段階だと言っていいでしょう。
 日本でも、被援助国に対する「国別援助計画」の作成が99年から開始され公表されています。すでに、バングラデシュ、タイ、タンザニア、ヴィエトナム、エジプト、ガーナなど数カ国について作成が終了しており、今後、順次作成対象国を増やし、作成された国別援助計画に基づく評価を実施します。

(※1)  組織全体として目指す明確な大目標(Goal)をトップに据えて、その下にいくつかの目標(Objectives)を、さらにその下に個別のプログラムやプロジェクトを配置した簡便な樹形図で記述される。そしてその目標の樹形図に基づいて詳細な実現戦略が策定される。(USAIDの発行する年次報告書等を参照した)

(4)次々と登場する新しい評価の課題

 現在、世界の総人口60億人のうち、約半数が1日2ドル以下で生活する貧困層と言われています。更に、1日1ドル以下で生活する貧困層は12億人に上るとされています。一体、我々の援助は現地住民の貧困緩和に貢献してきたのだろうかという疑問が提起されるゆえんです。
 90年代に入って、世界銀行やアジア開発銀行も貧困削減を援助の前面に押し出すようになり、これに伴い、評価もどれだけ途上国の人々の貧困削減や基礎的ニーズの充足に貢献したかということを配慮するようになってきています。
 99年のOECDのDAC援助評価作業部会の年次会合(於:エジンバラ)の議題は「貧困削減と評価」というテーマで行われました。そこで議論されたことは、評価対象となる「貧困」をどう定義すべきか、そして貧困削減の成果に関する評価手法はどんなものが適切かといった点でした。途上国の経済全体の改善だけではなく、援助の対象地域で日々暮らす人々の生活にどんな改善効果があったかなど、社会的側面により焦点をあてた評価にも関心が注がれるようになってきたと言えるでしょう。
 もちろん、今後のODA評価においては、環境問題や、開発における女性(WID)といった視点の強化、評価における現地住民の参加や、評価におけるNGOとの共同作業の拡大、インターネットを利用した情報公開等の動きも重要でしょう。ODAを取り巻く環境の大きな変化に伴って、評価の果たす役割もますます重要になるとともに、こうした新たな世界的な動きにも対応した更なる評価体制の改善が世界的にも必要とされています。

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