はじめに
東アジア経済は、1998年も概して厳しい状況に置かれた。一部の東アジア諸国では経済が回復し始めたが、98年を通じて経済の縮小が続いた国もあり、特にインドネシアでは経済危機から社会不安、暴動、更には5月のスハルト政権退陣に至り、その後も厳しい状況が続いた。これら諸国は我が国と密接な関係を有し、その経済の回復は我が国を含めた国際経済全体にとっても重要である。また、こうした経済変動は、開発途上国に対し大きな経済的・社会的影響をもたらし、特に社会的弱者に負の影響を及ぼしやすく、従来の開発の成果が損なわれるおそれがある。そのため、現下の経済危機への対策とともに、将来の経済危機を予防・緩和するための施策や、社会的弱者を支援するための社会的安全網整備の必要性が強く認識された。このような視点を踏まえ日本は東アジア経済の安定と再活性化のため、政府開発援助(ODA)を含め、これまでに800億ドルの支援を表明し、実施してきている。アフリカ(注1)においては、民主化が進展し着実な経済成長を達成する国が増加する一方で、依然多くの人々が貧困や紛争の脅威にさらされ、また伝統的援助国の「援助疲れ」の傾向も指摘されている。アフリカにおける好ましい動きを更に促進し、国際社会がアフリカ諸国とともに手を携えて貧困や紛争等の問題への取組を進めるため、98年10月、我が国は国連等とともに、第2回アフリカ開発会議(TICAD2)を東京にて開催した。
98年から99年にかけては、経済危機のほか、大規模な自然災害が人々を直撃した。中国、バングラデシュや中米・カリブ地域における洪水やハリケーン、またコロンビアの地震等の災害は、直接人命に脅威を与えるとともに、人々の生活の基盤を破壊した。その後の復興や自然災害への備えを整えることが課題として指摘される。
また、人間が自由と責任に裏打ちされた自立した個人として創造的で価値ある存在として生きるために、貧困、環境の悪化、感染症、人権侵害、地域紛争、対人地雷といった種々の脅威から人間の営みを守る「人間の安全保障」の視点から種々の課題に取り組んでいく必要がある。
日本はODAを用いて開発途上国の経済・社会情勢の安定や改善に向けて支援しているが、食料、エネルギー等の資源や市場を海外に大きく依存する日本にとり、ODAを通じた開発途上国の経済・社会的安定と友好関係の強化は極めて重要である。更に、一国のみでは対処できない環境、人口、食料、薬物、エイズ、難民の発生等の地球規模の問題への取り組みは、日本国民自身の生活を守ることにも繋がる。以上のような考えに基づきつつ、日本は98年には約108億ドルにのぼるODAを実施し、その結果91年以来8年連続して世界第1位のODA供与国となった。
予算面で見れば、我が国の厳しい財政状況を反映し、平成10年度当初予算は一般会計で対前年比10.4%、事業予算では17.1%の減少となったが、上述のアジア経済支援の重要性に鑑み、当初予算に加えて、補正予算が組まれた。すなわち、第一次補正予算において一般会計で300億円が計上され、また、第三次補正予算では、円借款の財源の1,000億円の補充等の措置が講じられた。平成11年度一般会計当初予算は前年度当初予算に比べ0.2%増とほぼ前年並みとなり、事業予算ベースでは、アジア経済支援を念頭に置いた円借款原資の増額により、11.2%の増額となった。
厳しい財政予算状況を背景として、前年に引き続き98年中もODA改革に関する議論が活発に行われた。外務大臣の懇談会である「21世紀に向けてのODA改革懇談会」、経済企画庁調整局長の懇談会である「経済協力政策研究会」がそれぞれ報告書を発表した(それぞれ98年1月、97年6月)。また、総理大臣の諮問機関である対外経済協力審議会は、その議論の結果を第13期対外経済協力審議会の意見「今後の経済協力の推進方策について」としてまとめた(98年6月)。国会においても、参議院国際問題調査会において、ODAの理念や在り方についての提言を含む報告書がまとめられた(6月)。更に7月には、小渕総理大臣より組閣後の初閣議において「ODAの在り方については、その透明かつ効率的な見直しを行う」よう指示がなされた。これに基づき、11月に対外経済協力関係閣僚会議幹事会申し合わせ「ODAの透明性・効率性の向上について」において、ODA中期政策(仮称)や国別援助計画の策定を行い、ODAの透明性・効率性を高めるための方針が示された。中期政策は、累次の中期目標のような量的目標は設定しないとの方針の下、5年程度を念頭に置いたODAの基本的方向性、重点分野・課題、地域毎の援助方針等について関係省庁連携の下策定し、公表するものである(99年8月10日に公表された)。また本年次報告においても調達情報を詳細に掲載する等透明性の向上を図っている。さらに援助の効率的な執行の観点から、政府全体を通じた効果的・効率的な連携及び調整のシステムを確立するとともに関係省庁間の連絡の緊密化等を通じた資金協力と技術協力の連携等の各種スキーム間の連携の強化に努めることとされた。
また、政府全体の行政改革の中で、98年6月制定された中央省庁等改革基本法において、ODAについての方針が明記されており、更に99年8月に公表された「政府開発援助に関する中期政策」においては、「ODAに関係する省庁間の連絡の場を拡充させるなど関係省庁間の情報の共有化、相互の意思疎通の円滑化を進めつつ、政府全体を通じた効果的・効率的な連携及び調整のシステムの確立を図る」こと、及び「技術協力については、関係省庁が有する知見やノウハウ及び人材を十分に活用しつつ、国際協力事業団を中心として実施するものとし、国際協力事業団及び各省庁の効果的・効率的な連携・調整に努める」こと等がのべられている。
政府開発援助大綱(ODA大綱)の原則の運用に関しては、98年5月11日及び13日にインドが、また同月28日及び30日にはパキスタンが世界的な核実験の全面的禁止の流れに逆行し地下核実験を行ったことを受け、我が国としては両国政府に対し強く抗議し、核実験及び核兵器開発の早期中止を強く申し入れた。更に政府はインドに対しては5月14日までに、パキスタンに対しては同月29日、ODA大綱の原則に鑑み、新規の無償資金協力の原則停止や新規の円借款供与の停止等の措置をとった。
(注1) 本報告では、サハラ砂漠以南のアフリカをアフリカと表記する。
BACK / FORWARD / 目次 |