2. 「人間の安全保障」の視点について
(1)「人間の安全保障」の考え方
(イ)近年、グローバル化の深化により、国際社会はこれまでにない緊密な相互依存関係を持つようになった。しかし、同時に、テロや環境破壊、HIV/エイズ等の感染症、国際組織犯罪といった国境を越えた脅威、突然の経済危機や内戦などによる人道上の危機が増大している。これらに対応していくにはグローバルな視点や地域・国レベルの視点とともに、個々の人間に着目した「人間の安全保障」の視点を導入する必要がある。
(ロ)「人間の安全保障」は、一人一人の人間を中心に据えて、脅威にさらされ得る、あるいは現に脅威の下にある個人及び地域社会の保護と能力強化を通じ、各人が尊厳ある生命を全うできるような社会づくりを目指す考え方である。具体的には、紛争、テロ、犯罪、人権侵害、難民の発生、感染症の蔓延、環境破壊、経済危機、災害といった「恐怖」や、貧困、飢餓、教育・保健医療サービスの欠如などの「欠乏」といった脅威から個人を保護し、また、脅威に対処するために人々が自らのために選択・行動する能力を強化することである。
(ハ)我が国としては、人々や地域社会、国が直面する脆弱性を軽減するため、「人間の安全保障」の視点を踏まえながら、「貧困削減」、「持続的成長」、「地球的規模の問題への取組」、「平和の構築」という4つの重点課題への取組を行うこととする。
(2)「人間の安全保障」の実現に向けた援助のアプローチ
「人間の安全保障」は開発援助全体にわたって踏まえるべき視点であり、以下のようなアプローチが重要である。
(イ) 人々を中心に据え、人々に確実に届く援助
支援の対象となっている地域の住民のニーズを的確に把握し、ODAの政策立案、案件形成、案件実施、モニタリング・評価に至る過程でできる限り住民を含む関係者との対話を行うことにより、人々に確実に届く援助を目指す。そのために様々な援助関係者や他の援助国、NGO等と連携と調整を図る。
(ロ) 地域社会を強化する援助
政府が十分に機能していない場合には、政府の行政能力の向上を図るとともに、政府に対する支援だけでは、援助が人々に直接届かないおそれがあることから、地域社会に対する支援や住民参加型の支援を組み合わせる。また、地域社会の絆を強め、ガバナンス改善を通じて地域社会の機能を強化することにより、「欠乏」や「恐怖」から地域社会の人々を保護する能力を高める。
(ハ) 人々の能力強化を重視する援助
人々を援助の対象としてのみならず、自らの社会の「開発の担い手」ととらえ、自立に向けての能力強化を重視する。具体的には、人々を保護し、保健、教育など必要な社会サービスを提供するだけでなく、職業訓練等を通じて生計能力の向上を図り、さらに、人々の能力の発揮に資する制度、政策を整備して、人々の「自立」を支援する。
(ニ) 脅威にさらされている人々への裨益を重視する援助
「人間の安全保障」の視点を踏まえた援助では、貧困を始めとする「欠乏からの自由」と紛争のような「恐怖からの自由」の双方を視野に入れ、人々が直面している脅威に対して、可能な限り包括的に対処していく必要がある。
また、その際、生命、生活及び尊厳が危機にさらされている人々、あるいはその可能性の高い人々がどこに分布し、何を必要としているのかを把握した上で重点的に援助を実施する。
(ホ) 文化の多様性を尊重する援助
人々が文化的背景のために差別されることなく、文化の多様性が尊重される社会の形成を支援する。また、文化の名の下に個人の人権や尊厳が脅かされないように配慮する。
(ヘ) 様々な専門的知識を活用した分野横断的な援助
貧困や紛争が発生する国々では、人々が直面する問題の構造は極めて複雑である。これらの問題に対処するためには、問題の原因や構造を分析し、必要に応じて様々な分野の専門的知見を活用して、分野横断的な支援を実施する。
(注)「人間の安全保障」の視点を理解する上で参考となる案件例を、本文末の附属に示した。なお、「人間の安全保障」の視点を踏まえた案件は、これらに限られるものではなく、今後ともその反映に努力していく。