コラム 9 1杯のコーヒーをメキシコから世界へ ~マヤビニック生産者協同組合に対するコーヒー技術支援~
コーヒー豆の主要生産国であるメキシコでは、伝統的に先住民が小規模にコーヒー豆の生産を行っています。かつては、メキシコ・コーヒー公社が政府保証価格でコーヒー豆を買い上げたり、生産者に対する技術指導を行っていました。しかし、国営企業の民営化と財政健全化政策の一環として、1989年には政府保証価格の買い上げが廃止されたため、生産者の収入が不安定となりました。そこで、生産者が集まって独自に商品を開発し、販売する協同組合が結成されるようになりました。チアパス州チェナロー区にあるマヤビニック生産者協同組合(MV)も、こうした協同組合の一つです。
1999年に組織されたMVは、独自に販売ルートをつくり、焙煎豆の国内販売と、フェアトレード(注1)による生豆の海外輸出を行ってきました。特に有機栽培のコーヒー豆は、海外に輸出する際、高値で買い取られるため、有機栽培によるコーヒー豆の生産にも力を入れています。しかし、生産設備が十分ではないことや、販売経験の不足等、様々な問題を抱えています。これまで外部により機材供与や資金協力を受けたこともありましたが、こうした問題に対して、自ら解決していくきっかけをつかむことができずに、問題が放置されたままになっていました。
そのような折に、2001年、協同組合の理事長であるアグスティン・バスケス氏と、慶應義塾大学の山本純一先生は偶然に出会いました。バスケス氏は、山本先生に日本に組合のコーヒー豆を輸出するにはどうしたらいいか、という相談を持ちかけました。この相談がきっかけとなり、山本先生はMVと深くかかわっていくようになります。2003年からは「慶應義塾大学山本純一研究室 Fair Trade Project(Keio FTP)」を立ち上げ、フェアトレードの研究や現地での調査を始めました。そして2006年からは、JICAが実施している草の根技術協力事業(支援型)(注2)を通じて、技術協力を行っています。
Keio FTPは、山本先生を中心に、民間企業に勤めるコーヒー専門家や学生も参加し、MVが生産するコーヒー豆の質の向上と品質管理の改善、コーヒーに関する理解や、マーケティング能力の向上等を目指しています。また、このプロジェクトの最終的な目的は、MVが自力で組合を運営し、組合員が経済的に独立することです。そこで、組合関係者が自ら問題や現状を認識するために、MVの関係者とKeio FTPの関係者の間で、話し合いの機会を多く設けました。また、実際にコーヒー豆が消費されている現場を見てもらおうと、2007年には、研修の一環としてMVの組合員を日本に招待し、研修を行いました。研修を通じて、組合員の皆さんはクレームに対する処理方法や、日本のコーヒー愛飲者のこだわり、品質管理の大切さ等を学ぶことができたようです。また、自分たちが生産したコーヒー豆が、消費者の手元へ届く過程を見ることも良い経験になりました。
山本先生は、これまでの活動を振り返り、次のように話してくださいました。「私自身、バスケス氏との偶然の出会いがなければ、フェアトレードやコーヒーについてここまで深くかかわることはなかったでしょう。私たちKeio FTPは、支援し続けることを目的としているわけではありません。最終的には、彼らが自立し、自力で組合を運営できるようにならなくてはいけません。今、私たちのプロジェクトは過渡期にあると思っています。これから彼らがどのように自立への道を探っていくのか・・・。まだまだ課題もありますが、少しでも前に進むことを願っています」
Keio FTPの熱心な協力により、現在では必要な設備の整備も進み、組合員自らが目の前の問題に取り組むようになりました。そして、MVの生産するコーヒー豆をアメリカに輸出する計画も進められています。一歩でも自立の道へ、そしておいしいコーヒーを世界中へ。Keio FTPとMVの活動は今日も続けられています。
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修理改良された焙煎機と新任の焙煎担当ハビエル君(18歳)
(写真提供 : Keio FTP)
マヤビニック協同組合総会の様子
(写真提供 : Keio FTP)
Keio FTPの総会兼役員会で。左端が山本先生
注1 : フェアトレードは、1960年代に、経済的、社会的に立場の弱い生産者に対し、通常の国際市場価格よりも高めに設定した価格で継続的に農産物や手工芸品などを取引し、発展途上国の自立を促すという人道的側面が強い運動としてヨーロッパから始まった。現在では、経済的、社会的、環境的問題のバランスをとりながら、開発途上国の持続可能な経済発展と貧困解消のために、重要な役割を果たしている。
注2 : 日本のNGO、大学、地方自治体、公益法人団体等が、これまでに培ってきた経験や技術をいかし、開発途上国で国際協力を行う際、JICAがその活動を支援し、共同で実施する事業。