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(2)ジェンダーと開発(GAD)イニシアティブ
平成17年3月
日本政府
1 基本的な考え方
(1)我が国は、第1回世界女性会議(1975)において採択された世界行動計画を始めとし、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(1979)、北京宣言・行動綱領(1995)、国連ミレニアム宣言(2000)等、女性のエンパワメントとジェンダー平等の達成を目指す一連の国際的な誓約(注1)を支持してきた。国内においても、男女共同参画社会基本法(1999)を施行し、男女共同参画社会の形成に関する国際的な相互協力の円滑な推進を図るために必要な措置を講じるよう努めることを規定している。政府開発援助(ODA)政策においては、1995年に「途上国の女性支援(WID)イニシアティブ」を発表し、その後、国際開発機関への拠出や二国間援助を通じ、女性の教育、健康、経済社会活動への参加の3分野を中心に支援を行うとともに女性の開発プロセスへの統合に努めてきた。また、2003年8月にはODA政策の基本文書であるODA大綱を改定し、基本方針として公平性の確保を定め、男女共同参画の視点の重視を明記した。2005年2月にはODA大綱を受けて、新たにODAに関する中期政策を策定した。
(2)21世紀を迎え、開発途上国の人々を取り巻く状況は大きく変化している。経済や政治のグローバル化の進展は、開発途上国の女性に雇用や能力向上の機会を提供した。1990年代に社会、経済、政治面でジェンダー格差は大きく改善されてきた一方、紛争、テロ、難民の発生、HIV/エイズを含む感染症の蔓延、人身取引(トラフィッキング)、地震、津波や洪水などによる大規模な自然災害や環境問題等、特に女性や子どもに深刻な影響を及ぼす地球的規模の課題への対応が必要となってきている。また、依然としてジェンダー不平等が存在していることから、ミレニアム開発目標(MDGs)においても、国際社会が一体となって達成に向け取り組むにあたり、ジェンダー平等の推進と女性の地位向上の推進が不可欠であり、すべての目標においてジェンダーの視点に考慮して活動することが重要であると認識されている。
国際協力の分野では、開発途上国の女性の地位向上に着目した「開発と女性(WID)」という開発アプローチに加え、「ジェンダーと開発(GAD)」というアプローチが、1980年代以降重視されるようになった。GADは、開発におけるジェンダー不平等の要因を、女性と男性の関係と社会構造の中で把握し、両性の固定的役割分担や、ジェンダー格差を生み出す制度や仕組みを変革しようとするアプローチである。GADアプローチは、ジェンダー不平等を解消するうえでの男性の役割にも注意を払うとともに、社会・経済的に不利な立場におかれている女性のエンパワメント(注2)を重視する。GADアプローチを定着させる方法として、1995年の第4回世界女性会議以後、「ジェンダー主流化(注3)」が国際社会で重視されるようになった。
ジェンダー主流化とは、すべての開発政策や施策、事業は男女それぞれに異なる影響を及ぼすという前提に立ち、すべての開発政策、施策、事業の計画、実施、モニタリング、評価のあらゆる段階で、男女それぞれの開発課題やニーズ、インパクトを明確にしていくプロセスである。従来、ジェンダーの視点から中立と考えられてきた開発政策や事業が、結果として男性と女性に対し異なる影響をもたらす例もあるため、特に女性を直接に裨益の対象としない開発政策においてもジェンダーの視点に立って策定されることが重要である。また、開発事業を進めるにあたり、男女の生活状況やニーズの違いを事業の計画段階で的確に把握し、実施の際に考慮することによって、開発援助をより効果的・効率的に実施できる。ジェンダー主流化のプロセスでは、女性と男性が平等に開発に参画しかつ便益を受け、不平等が永続しないよう考慮しながら、政治・経済・社会といったあらゆる分野を対象とした法律、政策・施策・事業を策定し、その実施状況をモニタリング・評価することが強く求められる。
(3)ODA大綱及びODA中期政策の下で、開発におけるジェンダー平等推進に対して一層効果的に取り組むために、この度、第4回世界女性会議から10年を経た節目の年に、1995年に発表した「WIDイニシアティブ」を抜本的に見直し、ここに新たに「ジェンダーと開発(GAD)イニシアティブ」を発表する。新しいイニシアティブでは、開発途上国のオーナーシップを尊重しつつ、当該国におけるジェンダー平等と女性のエンパワメントを目的とする取組に対して、我が国ODAを通じた支援を一層強化するためにジェンダー主流化に基づく取組を示す。
2 ジェンダー主流化のための基本的アプローチ
本イニシアティブを通じ、ODA全般にわたって、かつ、ニーズ把握から政策立案、案件形成・実施・モニタリング・評価に到る一連のプロセスを通じてジェンダー主流化を図る。そのための基本的アプローチは以下の通りである。
(1)援助政策におけるジェンダー平等の視点の導入強化
国別援助計画及び重点課題別・分野別援助方針などの策定に当たっては、ジェンダー平等の視点を十分に踏まえるよう努める。また、政策協議等の場を活用し開発途上国におけるジェンダー平等のための課題の共有を図る。特に、開発途上国の状況に即した協力を可能とすべく、男女別の基本データ並びに開発途上国のジェンダーに関する課題及び取組状況を十分把握するよう努める。
(2)ジェンダー分析の強化及び女性の参加促進
ジェンダー不平等を形成する要因はその国・地域の経済構造、政治、文化、社会、地理等の諸要因が複雑に絡み合ったものであることから、案件の対象となる女性・男性が公正な便益を享受できるよう、必要に応じ案件の計画段階において、受益者に関する情報、ニーズ、案件によりもたらされる影響等を性別に把握することが重要である。その観点から、ジェンダーの視点に立った事前評価を強化し、必要に応じ女性の社会的・経済的状況を把握するための調査等を支援する。同時に、自らの生活に影響を与える援助政策の策定やプロジェクトの計画や実施段階において、男性と女性が同等に意思決定プロセスに参加できるよう配慮を行う。また、案件実施中・実施後に、ジェンダーの視点に立った案件のモニタリング及び評価、ならびに効果的なフィードバックも行うべく努める。
(3)ジェンダー平等を推進する政策・制度支援
北京宣言・行動綱領や女子差別撤廃条約等、女性のエンパワメントとジェンダー平等の達成を目指す国際的な誓約の実現にむけた開発途上国自らによる取組を支援することが重要である。その観点から、女性の地位向上のための国家政策の策定、国内本部機構(ナショナル・マシーナリー)の機能強化、ジェンダーの視点に立った法律や制度の整備、ジェンダー統計の整備、ジェンダー研修等を通じた政府関係者の意識向上等、開発途上国による取組を支援する。
(4)国際社会・NGOとの連携強化
他の援助国や国際援助機関、内外の大学や教育・研究機関、NGOや市民社会との連携を強化する。これらの機関等との連携を通じて、我が国に知見や経験の蓄積がまだ十分でない分野における支援の強化及び開発途上国のジェンダーに関する概況や統計などに関する情報の共有に努める。さらに、我が国と開発途上国の女性支援センターやジェンダー研究センターを含む教育研究機関等との連携を通じ、センターの管理運営や活動内容等に関する我が国の知見の活用を促進する。また、開発途上国の主体性を高め、開発途上国間の知見の共有と相互協力を強化するために南南協力を支援する。
(5)組織の能力向上及び体制整備
本イニシアティブを推進するため、我が国のODA関係者のジェンダーに関する問題への意識を更に向上させるとともに体制を強化する。そのため、ODA関係諸機関の職員および事業関係者の研修の強化、政府及び実施機関のODA担当部署へジェンダー主流化を担う職員の配置等を通じ実施体制の充実に努める。ジェンダー主流化の実施状況を把握すべく、ジェンダーの視点を組み込んだ案件の統計の整備を進める。
3 ジェンダー主流化の視点に立った分野別の具体的取組
ODA大綱、並びにODA中期政策の重点課題に取り組むに当たっては、ジェンダーは分野間相互に関連する横断的な課題であることに留意しつつ、例えば以下のような観点から積極的に取り組んでいく。なお、取組に当たっては個々の人間に着目した「人間の安全保障(注4)」の視点を考慮することが重要である。
(1)貧困削減
貧困は、単に所得や支出水準が低いといった経済的な要因に加え、教育や保健などの基礎社会サービスを受けられないことや、意思決定過程への参加機会がないことにも起因しており、社会、文化、政治などの多元的な対応が必要な開発課題である。世界で貧困状態にある11億人の約70%は女性とも言われ、例えば、世界の非識字者の3分の2を女性が占める等、経済、社会、政治の多くの面でジェンダー不平等が顕在している。したがって、貧困削減を目的とした政策や事業計画の策定にあたっては、女性も男性と同じように裨益できるよう、様々なサービスや支援機会への女性のアクセス向上に配慮し、女性の意思決定プロセスへの参加を促進する。
教育分野については、女子が通学のしやすい社会・経済環境の形成や遠隔教育の活用等を通じた教育機会への平等なアクセスの確保および識字率、就学率(特に初等・中等教育)、修了率等におけるジェンダー格差の解消、ジェンダーに配慮した教育関連の法律の整備や制度及び教育政策の策定、ジェンダー平等と女性のエンパワメントを促進するような教育内容(カリキュラム・教材等)の開発、教育行政担当者や教員のジェンダーに関する理解促進や教授法の研修、親や地域の意思決定者を含むコミュニティーにおける女子教育の重要性に関する意識向上などを支援する。
保健分野については、保健医療サービスへのアクセス格差やHIV/エイズを含む性感染症に対する女性の脆弱性等、ジェンダーに起因する健康面の格差の解消、また、ライフサイクルを通じた女性固有の健康上のニーズへの対応や、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康および権利)を推進する。具体的には、良質で安価な保健医療サービスへの女性と男性の平等なアクセスの確保、女性と男性・家族・地域社会等に対するリプロダクティブ・ヘルス及び家族計画に関する情報・教育の普及、妊産婦死亡率・乳児死亡率の低減のための母子保健サービス強化、女性の生涯にわたる健康支援のための制度や医療設備・体制の整備、統計を含む研究の推進等を行う。
農村開発及び農林水産分野については、女性が生産において果たす役割が軽視されがちであり、土地所有や相続権などの権利がなく生産資源を活用できない等の問題も生じることがある。また、地域によっては出稼ぎ等による都市部への流出や紛争による男性の労働人口の減少により、農業における女性が果たす役割がさらに増大している。農村開発における女性の役割および男女間で異なる農業生産物の生産目的の違いを認識し、女性の農業労働負担の軽減に資する施設整備、栽培技術、家畜飼育や養殖等の高収入が得られる技術の普及、食品加工業への女性の参画、女性生産者の組織化とその運営強化、農薬や化学肥料の利用方法を習得するための研修に関する支援等を行う。また、開発途上国の農村部では、湧水や河川、森林などの自然資源に依存した生活を送っており、生活用水や燃料の確保は多くの場合女性の役割とされているため、自然資源管理を進めると同時に水くみや薪集めなどの女性の再生産労働が軽減される措置を支援する。
(2)持続的成長
持続的成長のための経済政策や経済社会基盤(インフラ)の整備も男性と女性に対して異なる影響をもたらし得ることから、計画・実施においてジェンダーの視点を組み入れないとその恩恵が女性に届かないばかりか、女性の状況を更に悪化させる場合がある。また、女性と男性の生活状況やニーズの違いをインフラ事業の計画段階で的確に把握・分析し、実施の際に考慮することにより、インフラ事業の効果や効率性の拡大につながることも明らかとなってきている。したがって、政策や事業の策定段階においては、男女が共同して意思決定過程に参加し、また、事業の恩恵が女性に公平に届くよう配慮する。
インフラ分野については、ジェンダーの視点に立った計画・実施を推進し、女性の裨益が確保されていくよう、必要に応じ対策を講じる。例えば、プロジェクトの関係者に対するジェンダー研修の実施や女性の雇用機会の拡大等も配慮する。
経済・労働分野においては、女性は相対的にインフォーマル・セクターや非正規雇用による経済活動に多く携わる傾向にある。また、地域社会・世帯内での無償労働は経済統計に含まれていない。このような状況を踏まえて、賃金や職種などの労働条件の違いによるジェンダー不平等の是正、貧困女性が恩恵を受けられるような貿易・投資政策の策定、産業及び雇用における女性の経済機会拡大のための能力強化、女性の起業家育成及び女性のためのマイクロファイナンス支援、フォーマル/インフォーマル・セクターにおける女性労働者の権利や法的保護の促進、女性及び男性の職業及び家族責任の両立促進等を支援する。
(3)地球的規模の問題への取組
広域におよぶ地震や洪水などの自然災害、自然環境の劣化・環境汚染等の環境問題、人身取引や暴力を含む人権上の問題やHIV/エイズを含む感染症など、地球的規模の課題においてもジェンダーの視点に立った取組みが必要である。地球的規模の課題への取組を進めるにあたっては、男女別のニーズを把握しながら、女性の生活環境を脅かすような要因や、女性に有害かつ差別的な伝統や慣習の撤廃を促進する支援を女性および男性の参画を得つつ推進する。
環境分野においては、開発途上国の農村部では、自然資源に依存した生活を送っており、薪集めや薬草の採取など日常生活に起因する作業により自然に接する機会が多い。したがって、自然環境を保全するためには、天然資源の管理や環境保全に関する研修の実施や女性が担う作業を考慮した環境保全施策(植林、改良かまど等)を進め、生物多様性の保全等においても女性の経験や知見を活用する。
人権及び暴力に関しては、法制化のみならず実質的なジェンダー平等達成のため、女子差別撤廃条約をはじめとする人権文書に基づく開発途上国の取組を支援する。また、ジェンダーに関する伝統的な固定観念を背景とする女性に対する暴力、女性移住者に対する暴力や人権侵害等の問題解決に努める。具体的には、女性の人権に関する意識向上のための情報普及、先住民族等マイノリティや障害をもつ女性に対する偏見や差別の撤廃、女性の人権を侵害する伝統的悪習の排除、ドメスティック・バイオレンス(DV)等女性に対するあらゆる形態の暴力防止・対策のための法律や制度の整備、人身取引にかかる包括的な対策の推進、被害を受けた女性とその子どもの支援・保護のための法制度および組織やシェルターの整備を支援する。
(4)平和の構築
大量の難民や国内避難民の発生、紛争下での性的暴力や誘拐、権利や自由の剥奪、地雷や小型武器による被害など、紛争によって引き起こされる諸々の課題において、女性は暴力の対象となりやすい等、男性とは異なる深刻な影響を受ける。また、紛争後においても、配偶者を失った女性や女性帰還兵等の社会復帰が後回しにされたり、戦場で心的外傷を受けた夫から暴力を受ける例もある。このため、人道緊急援助、復興・開発支援、紛争予防・再発予防、という平和構築支援の全段階でジェンダーの視点に立った取組を行い、女性や社会的弱者のニーズを適切に反映する必要がある。また、女性を単に紛争の被害者として捉えるのでなく、平和構築に貢献する主体としての女性の参画が重要である。
人道支援・復興支援に関しては、紛争下の性的暴力からの女性の保護、紛争による心的外傷後ストレス障害(PTSD)からの精神的回復等を支援する。また、難民・国内避難民に対する支援や、紛争後の引き揚げ・再定住・社会復帰への継ぎ目のない支援を進めるとともに、その全ての過程において、女性の特別なニーズを考慮し、女性・女児の安全確保や、復興後の女性の能力向上や経済的自立に取り組む。
紛争予防・再発予防においては、和平プロセスの意思決定に男女が平等に参画できるよう支援する。男女の平等な政治参加の促進、男女双方を対象とした平和教育の実施等を支援する。また、紛争後の社会再建において、ジェンダーに平等な法律や制度の構築を支援し、社会への平等な参画の促進を通じて、安全かつ恒久的に平和な社会が実現されるよう支援する。
(了)