column I-1 「人間の安全保障」と貧困削減への新たな取組~国際協力機構(JICA)緒方貞子理事長

津波被災地の子供たちと
NGO/JICA連携支援事業現場(写真提供:JICA)
グローバル化の進展により、人、モノ、カネ、情報が大量かつ高速に国境を越えて移動するようになった。その結果、感染症、大規模自然災害、環境破壊などのように、人々の生存に対し深刻な脅威を与え、ひとつの政府や国民だけでは解決することが困難な課題が出てきている。
このような状況を踏まえ生まれたのが「人間の安全保障」という考え方で、新ODA大綱の基本方針の一つとして位置づけられている。具体的には、個人やコミュニティ、特に、貧しい人々、弱い立場にある人々に焦点をあて、人々の権利や自由を守り促進する政府の能力向上、すなわち「上からのアプローチ」と、人々やコミュニティ自身が開発の主役となるための能力強化を図る「下からのアプローチ」の両方を併せて取り組むことを重視している。
また、通常政府や国際機関の機構は縦割りでそれぞれが独立して活動する傾向が強いが、「人間の安全保障」の実現のためにはこれを克服し、包括的、分野横断的で、かつ柔軟な発想に基づく事業を進めることが極めて重要である。
私が理事長を務める独立行政法人国際協力機構(JICA)も、「人間の安全保障」の視点を活かし事業の見直しを行い、地域開発、農村開発をはじめとする自助努力支援の取組の中で「人々への裨益」を最優先に位置づけるよう意識と体制の改革を進めている。
2004年12月に発生し120万人以上の被災者を出したスマトラ島沖大地震・インド洋津波はその未曾有の大被害ゆえに世界に衝撃を与えた。これに対して国際社会は支援の手を差し伸べ、JICAも被災した各国に対し迅速に国際緊急援助隊を派遣し、過去最大規模の被災者救援を行うとともに復旧・復興支援を実施している。
他方、アフリカでは毎日6千人の子供がマラリアやエイズなどの感染症で死亡するといういわゆる「静かな津波」が人々の生命と生活を脅かす厳しい現実があり、幅広い貧困対策支援が求められている。アフリカは最貧国が最も多く存在する地域で、今年の英国グレンイーグルズ・サミットでも同地域への援助の拡充が重視された。これまでのJICAの対アフリカ支援の事業費は全体の15%程度であったが、2004年にアフリカを担当する部署を新たに設け、現場の体制も強化し、これを今後20%以上に増やしていくことを考えている。
アフリカを巡ると、ケニアの感染症の研究機関や病院、セネガルの職業訓練センター、アフリカ諸国に広がる理数科教育など、日本の協力が効果を挙げていることがわかる。こうした成果を「点」とすれば、今後さらにこれを「面」に広げていくことが、「人間の安全保障」を通じた貧困削減への途である。
また、日本の協力が最も効果を挙げたアジアでは、JICAを通じた人造り援助とインフラ整備の実施がいわば車の両輪として相乗効果を発揮した。アフリカにおいても、今後は「人々への裨益」に加え、国境を越える交通網等のインフラ整備、及び、政府や人々の能力の向上を図る支援もまた、貧困削減に取り組む上で重要な課題である。
国際環境が常に変化していく中で、柔軟かつ迅速に変化に対応すべく、今後とも知恵や工夫を凝らし、貧困削減という大きな挑戦に取り組んでいきたい。