1.面積 |
14万3,100平方キロメートル(日本の約40%)(出典:CIS統計委員会) |
2.人口 |
710万人(2010年:国連人口基金) |
3.首都 |
ドゥシャンベ(Dushanbe) |
4.民族 |
タジク系(79.9%),ウズベク系(17.0%),キルギス系(1.3%),ロシア系(1.0%),その他(0.8%)
(タジキスタン共和国統計年鑑) |
5.言語 |
公用語はタジク語(イランのペルシア語やアフガニスタンのダリー語などとともにイラン語派の西方方言群に属する。現在タジク共和国で使用されているタジク語北西方言は,ウズベク語などテュルク諸語との接触により文法や語彙の面で大きな影響を受けている)。ロシア語も広く使われている。 |
6.宗教 |
タジク人の中ではイスラム教スンニ派が最も優勢。パミール地方にはシーア派の一派であるイスマーイール派の信者も多い。 |
7.略史 |
紀元前4世紀 |
アレクサンドロス大王により制圧 |
紀元前250頃 |
グレコ・バクトリア王国成立 |
1~3世紀 |
クシャーン朝による支配 |
6世紀中頃~ |
テュルク系遊牧民(突厥)の侵入,次第に住民のテュルク化が始まる |
7世紀 |
ソグド人の活動が最盛期に |
8世紀以降 |
アラブ勢力の侵入,土着のイラン系住民がイスラーム教を受容。テュルク系諸民族がこれらイラン系住民をタジクと呼ぶようになる |
9世紀後半~10世紀 |
イラン系のサーマーン朝成立(文芸・学問の発展) |
13世紀 |
モンゴル帝国の支配 |
14世紀後半~15世紀 |
ティムール帝国の支配 |
16世紀 |
シャイバーン朝の支配 |
18世紀~19世紀 |
ブハラ・ハン国,コーカンド・ハン国の支配 |
1860年代 |
現在のタジキスタン北部がロシア帝国に併合 |
1890年代 |
パミール地方の大部分がロシア帝国に併合 |
1924年 |
中央アジアの民族・共和国境界画定により,ウズベク・ソヴィエト社会主義共和国内にタジク自治ソヴィエト社会主義共和国が成立 |
1929年 |
ウズベク共和国から分離し,タジク・ソヴィエト社会主義共和国に昇格 |
1990年2月 |
ドゥシャンベ事件(アルメニア難民移住への抗議行動を契機とする騒乱事件) |
1990年8月23日 |
共和国主権宣言 |
1991年8月31日 |
国名を「タジキスタン共和国」に変更 |
1991年9月9日 |
共和国独立宣言 |
1992年5月 |
タジキスタン内戦状態に |
1992年11月19日 |
ラフモノフ最高会議議長就任 |
1994年11月6日 |
ラフモノフ大統領選出 |
1997年6月27日 |
タジキスタン内戦の最終和平合意成立 |
1999年11月6日 |
ラフモノフ大統領再選 |
2006年11月6日 |
ラフモノフ大統領再選 |
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