25世界の平和、繁栄、安定(地球益)に寄与し、自国とパートナーの「人間の安全保障」強化に資するODAを!廣野 良吉先生(成蹊大学名誉教授 日本評価学会顧問)村岡 「外交の視点からの評価」については、開発協力大綱に言及されています。この大綱をつくる際に、過去の10年間の外務省ODA評価案件のレビューを行いましたが、廣野先生にはそのときの評価主任を務めていただきました。国民の税金を使って行うODAが外交政策にどのように貢献しているか等、「外交の視点からの評価」に対するお考えをお聞かせください。廣野1. 我が国ODAのあり方:「地球益」と「狭義の国益」の増進 どの国の外交政策も広義の国益を守り推進する政策であると言ってよいでしょう。 まず、「広義の国益」には、世界のすべての国々、人々に共通普遍的な便益、即ち「地球益」と「狭義の国益」が含まれます。我が国は現在、この「地球益」を外交政策に主流化しています。「地球益」を無視しては、いずれの国も国際社会の責任ある一国として世界の人々から信頼され、敬愛されることはありません。「地球益」とは、「恐怖、飢餓、無知からの自由」という国連憲章で採択された理念、即ち国内外の紛争解決、平和構築、貧困撲滅、教育普及や保健振興を通じた「全人類の安全保障」の確保です。その後「地球益」には「自然・地球環境悪化やあらゆる社会的差別からの自由」、即ち環境保全、公正な社会の構築が国際社会の変遷に応じて新たに加わりました。我が国はこれらすべてを「地球益」ととらえて、特に経済・社会・環境・安全面で恵まれていない開発途上諸国の発展・自立へ向けて積極的に取り組んでいます。よって、我が国ODA評価でも、地球益増進の視点からの評価が必須です。 更に、自国の安全・安定、繁栄、自国民の安全保障、国際社会における名誉ある地位の確保、善隣友好関係の維持などに代表される「狭義の国益」の増進と、それを可能にする国際環境の整備も、我が国の外交・ODA政策に課せられたもう一つの重要な責務です。このような狭義の国益の追求は、ODA供与国すべてに共通しています。しかし、狭義の国益に含まれる具体的な内容、範囲、度合いなどは各国多様です。各国の歴史的背景、経済社会構造、支配的な価値観、宗教的な背景などによって異なるだけではなく、各個人や安全保障の優先順位などによっても異なるが故、ODA政策の形成・実施では多様性の尊重が不可欠です。特に、国内外で社会の分断が顕著化している今日の世界では、狭義の国益増進が国際的に合意された透明かつ包摂的なルールに基づいて展開されて、地球益増進に資することが喫緊に求められていると言って過言ではないでしょう。評価もまたしかりです。2. 日本の強みをもっと生かそう:先進国と途上国との橋渡し役 国際協力政策の形成・運営においては、現在米国の自国ファースト政策、EUの難民政策や中国の一帯一路の推進、ロシアのCIS諸国や周辺諸国を巡る諸問題、中近東地域における紛争の激化を反映して、単に先進国対途上国だけでなく、先進諸国間、新興国・先発途上国と後発途上国、政治体制が異なる国の間でも不協和音が激しくなっています。現在我が国は先進国の一員ですが、明治の近代化過程での不平等通商条約のみならず、戦後の復興過程では被援助国として途上国の痛みを経験しています。更に、近年の経済グローバル化にも拘らず、他の先進諸国に比べると所得格差の度合いも低く、国民の間の社会的分裂・分断・対立傾向も少ないと言って良いでしょう。対立する国際社会では、円滑な国際協力の推進に不可欠な高度な利害調整能力という我が国が持つ稀有な強みを十分生かすことが重要です。一方で欧米諸国に対しては性急かつ杓子定規な原則運用を回避するよう助言し、他方では途上国に対して中長期的視点に立って国際的ルールの合意・遵守を助言するという、欧米先進国と途上国との橋渡しをする重要な役割を担っている自覚が肝要です。3. 国際協力枠組み構築で日本モデルを:社会の各層能力を動員した「身の丈にあったODA」 我が国は国際協力を推進する上で、自国ファーストを過度に強調するODA供与国、被支援国には、合意された国際協力ルールに従うよう促すことが重要です。自国ファースト自体が問題ではなく、合意された国際協力枠組みを無視することが、国際社会の不安定化と相互不信を招くことを、国際社会に一層喚起すべきです。また、気候変動も手伝って世界各地で深刻で多様な自然災害が頻繁に発生しており、広範かつ迅速で効果的な国際協力体制の構築が要求されています。現在世界の主要なODA供与国では、いずれも膨大な財政赤字を抱えており、経済成長も鈍化していることを考慮して、我が国は、各国民間企業が有する膨大な資金調達力、技術力、管理能力をはじめ、市民社会、大学、研究機関、財団などもODAの重要なパートナーとして、それぞれの比較優位に基づいた役割分担と協力体制を構築し、「身の丈に合った協力」を推進できるよう国内外の条件を整備するという、国際協力における新しい日本モデルを提供し、各国に働きかけることが一層求められています。更に、各国が固有の芸術文化と共に、国民各層がそれぞれ共有しており、国際社会が評価する知識、技能や経験、価値観を国際社会に一層発信していくことで、文化の多様性に富んだ国際協力の枠組みの構築に主導力を発揮することも、文化立国を目指す我が国の重要な外交目標の一つとして位置づけることが重要です。
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