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人間の安全保障
セミパラチンスク支援東京国際会議
武見外務政務次官基調報告

1999年9月6日

 トカーエフ副首相をはじめとするカザフスタン代表団の皆様、
 UNDPをはじめとする国際機関代表の方々、
 日本側議長を務められる中山先生、
 御列席の皆様、

 本日、UNDPとの共催により、「セミパラチンスク支援東京国際会議」が開催の運びとなりましたことをお喜び申し上げます。今回の会議は、昨年の国連総会でコンセンサスにより採択された決議に基づき、わが国が日本での開催を提案し、それが受け入れられたものです。この会議に世界各国より、政府関係者、援助機関関係者、専門家の方々、NGOの代表の方々にご参加いただいたことに、主催者を代表して感謝申し上げます。

 ここにお集まりいただいている機関や専門家、NGOの方々の中には、これまで、放射線被曝者への支援活動やセミパラチンスク地域住民に対する支援を行ってきた方が多くおられるものと承知しております。今回の会議では、まず、セミパラチンスクの直面する課題について、カザフスタン政府をはじめ、こうした方々にこれまでの活動や経験を踏まえた意見を交換していただき、更に研究者の方々に科学的見地からの見識を出し合っていただくことにより、国際社会の共通の認識を深めることが極めて重要であると考えます。その上で、今後の具体的なセミパラチンスク支援について、公的機関、専門家、NGOなど、それぞれの立場から何ができるかを検討し、共に考え、将来の共通の方向性を探ることができれば、この会議開催の意義は更に深くなるものと考えます。ご参加の方々には、自由な立場から活発にご発言をいただきたいと思います。

ご列席の皆様、
 私は、この会議に先立つ8月下旬、セミパラチンスクを訪問しました。そこでは、上空より旧核実験場の跡を拝見しました。また、この核実験場での数多くの実験の結果、放射能に最も汚染されているとされている地域にある村を訪れたり、セミパラチンスク市内の病院を訪ねたりして、私自身の目で、この地域での医療の実態を見て参りました。

 セミパラチンスク核実験場の跡地は、まさに広大な平原であり、その中には核爆発でできたアトミック・レイクがあります。今は静かな平原であり、また、湖です。ここで、旧ソ連時代の1949年8月から89年10月までの40年間にわたって、地上及び地下を含め約500回の核実験が行われたと聞きました。特に初期の49年から62年までの13年間には、120回を数える核実験が大気中と地上で行われた結果、この実験場周辺の人々は、放射性降下物で汚染した空気や水、食物などにより、健康に深刻な影響を受けたと懸念されております。冷戦の時代には、こうした事実はほとんど外部に知られることがなく、カザフスタンが独立した91年頃より、この冷戦が生み出した負の遺産の実態が次第に世界の人々に知られるようになりました。

 89年10月を最後に核実験が中止された後、91年8月、ナザルバエフ大統領によって核実験場は公式に閉鎖されました。91年12月にソ連邦が解体し、新生の独立国家となったカザフスタンは、94年2月には非核兵器国として核拡散防止条約に加入しました。95年5月には、カザフスタン政府はセミパラチンスク旧核実験場からすべての核弾頭を撤去したと発表し、これにより、中央アジアで唯一核兵器が存在したカザフスタンは、現在では核兵器のない国となっております。わが国としてもカザフスタンが核兵器の拡散を防ぎ、以て世界平和の促進に貢献するとの政策を支持し、支援を行ってきました。

 ご存知のとおり、わが国は、唯一の被爆国として、政府としても、また、国民一人一人としても、核の問題に無関心でいることはできません。被曝地域の住民に対する日本国民の支援の気持ちは、自然な感情であります。広島・長崎が体験した核兵器による破壊及びその影響からの回復には、長く、大きな苦痛が伴いました。我々は、地球上の如何なる地域の人々にも同じ苦難を味わってほしくないと切望しており、核廃絶の実現に向け、具体的かつ持続的な措置を講じていかなければならないと真剣に考えております。先般も、広島、長崎での原爆記念日を目前に控えた7月下旬、わが国で「核不拡散・核軍縮に関する東京フォーラム」が過去1年にわたる議論を締めくくり、核廃絶を目指す21世紀への行動計画として、提言をまとめました。

ご列席の皆様、
 我々は、現在、21世紀の新たな国際社会の建設について展望する時点に置かれています。こうした時にあって、人類の直面する問題の解決を図ろうとする上で、とりわけ「人間の安全保障」という視点が重要になってきていると考えます。従来の国家安全保障の視点だけではなく、一人一人が人間としての尊厳を保ち、人間として生きる上で、その安全を脅かすような問題が無視できなくなっています。近年の技術の著しい発展を背景にして、人、もの、カネ、情報が大量かつ高速で移動するグローバリゼーションが進行し、経済成長を促す要因になっている一方で、貧困、環境破壊、感染症、国際組織犯罪といったマイナスの結果も深刻化しています。それは、また、地域紛争や内戦に伴う対人地雷、小火器、或いは紛争下の児童といった問題でもあります。発展の過程で、こうした人間の尊厳を否定する事態と取り組む必要性が生じており、速やかな対応を迫られています。
 人間は、創造的で価値ある人生を生きるための豊かな可能性を持っています。そこに人類の英知の根源があるのだと思います。その英知は、自らの生を自らの責任で生きる自由があって初めて花開くものです。そのためには、人が人として尊重され、持っている可能性が高められることが大切であります。

 冷戦という東西間の国家安全保障上の強烈なせめぎ合いの核心部分が核兵器の均衡であり、セミパラチンスクの住民は、いわば肥大化した国家安全保障のために本来守られるべき「人間の安全保障」が犠牲にされた悲惨な例の一つと言えましょう。冷戦が終わった今、国際社会がともにセミパラチンスク支援に乗り出すことは、単に人間の尊厳の回復に貢献するだけでなく、21世紀の安全保障は、「人間の安全保障」を確保することなしには成り立たないのだという強いメッセージを発する大きな意義があると考えます。
 わが国は小渕総理の提唱により、国際社会が直面する新たな諸課題に対応することを目的として、国連に「人間の安全保障基金」を設立しました。今回の国際会議は、この基金の趣旨を生かすものと考え、この基金を活用して開催することと致しました。

ご列席の皆様、
 昨年11月の国連決議が呼びかけているとおり、セミパラチンスクの問題は、国際社会がそれぞれ得意の分野の知識と経験を分かち合う形で連携して取り組むことにより、一層効果的な支援が行えるものです。UNDPの協力の下、カザフスタン政府はセミパラチンスク支援のための38プロジェクトをまとめるなど、UNDPは既に積極的な活動を行ってきています。こうしたイニシアティヴに対し、わが国は敬意と賛同を表するものであり、UNDPの呼びかけに応え、今回の支援会議をわが国においてUNDPと共催で行うことと致しました。
 「人間の安全保障」に係わる課題は、多くの場合、様々な側面を内包しており、その根本的解決を図るためには、幅広い、長期的な取組みが求めらます。セミパラチンスクの問題も例外ではありません。カザフスタン政府とUNDPが38にわたるプロジェクトをまとめたのも、問題そのものが抱える多面性の故であると思われます。こうした課題解決の取組みにおいて、NGOの役割は極めて重要であり、不可欠であります。セミパラチンスクにおいては、すでにAbt Associates、合同メソジスト教会、Save the Children、Coun-terpart Consortium Humanitarian Programme, Internationaler Hilfsfonds Foundationなどの国際NGOのほか、ソロス財団の支援を受けている現地NGO核実験被災者同盟(IRIS)等、カザフのNGO17団体が活動を行っていると聞いております。今後更に、セミパラチンスク支援38プロジェクトへの参加をはじめ、NGOの積極的な参加が期待されます。
 わが国においても、最近ではとくにコソヴォ紛争の難民支援、トルコ地震被災者支援などにおいてNGOの果たした役割が高く評価されております。わが国の開発支援協力におけるNGOとの連携強化を今後大いに進めるべく、予算措置を含め、NGOの活動強化支援策が検討されているところであります。

 わが国政府は、これまでもセミパラチンスク関連の支援を行ってきました。核兵器の廃棄に係わる協力の枠組みの下で、94年3月に締結した二国間協定に基づき11億7000万円(約980万米ドル相当)を拠出し、そのうちセミパラチンスク被曝者支援として、97年2月に国立核センターに対し放射性物質測定機器ESR(電子スピン共鳴分光測定装置)を、97年8月には、アルマティの大祖国戦争障害者病院にCTスキャナー及びX線診断装置等を供与し、合計5億5300万円(約500万米ドル)相当の支援を行っております。また、最近では、セミパラチンスク医科大学付属病院及びセミパラチンスク放射線医学物理研究所に対し、遠隔医療診断システム等の放射線関連医療機器を供与し、セミパラチンスク核実験場で最初の核実験が行われてからちょうど50年目にあたる本年8月29日、セミパラチンスクで引き渡し式を行いました。(明日は、このシステムを使って、セミパラチンスクとこの会場を映像で結ぶことを予定しています。)また、ODAでは昨年夏、技術協力としてセミパラチンスクにおける放射能汚染状況調査を実施しました。

 学術研究協力の分野においても、95年広島大学による「セミパラチンスク核被災における白血病調査」、98年長崎大学による「国際癌特別調査研究」をはじめとして、広島大学、長崎大学、金沢大学、京都大学、大阪大学などによる調査が行われています。

ご列席の皆様、
 セミパラチンスク地域では、住民に被曝についての様々な不安があると聞いております。遺伝についての不安もあり、現地では女性が出産をためらうケースもあるとのことです。先般の私のセミパラチンスク訪問に際しても、このような住民の不安を感じました。被曝地域の人々が正しい知識をもつことは、このような不安を払拭する上で極めて大切なことです。被曝者に出やすいと言われる甲状腺癌などについても、早期発見により治癒は可能です。セミパラチンスク地域においては、既に核実験場は閉鎖されており、閉鎖されるまでの放射能汚染以上に放射能の影響が広がることはないことを考えれば、地域住民に正しい情報を供与することが、今後の支援に含まれるべき重要な要素になると思われます。

 広島及び長崎には、それぞれ県、市、医療関係機関、研究機関等が参加し、広島ではHICARE(放射線被曝者医療国際協力推進協議会)、長崎ではNASHIM(長崎ヒバクシャ医療国際協力会)という国際協力のためのNGO組織が設立されております。HICARE及びNASHIMは、チェルノブイリ支援をはじめ、セミパラチンスク支援を含む被曝者医療に関する国際協力活動を積極的に実施しておられると承知しております。こうした活動は、広島、長崎が長年積み上げてきた被爆者検診・治療の実績及び放射線障害に関する調査研究を、国境を越え、時間を超えて伝えていく上で大きな貢献をしているものと信じております。実際、NGOの活動は、人道援助において必要とされるきめ細かな支援を行うために必要不可欠なものであります。本日はこの会場に、広島、長崎の関係者が大勢参加して下さっています。また、その他のNGOの方々も参加されております。セミパラチンスクに対する大きな関心を示すものとして、歓迎したいと思います。

ご列席の皆様、
 次に、セミパラチンスク地域の住民に対する今後のわが国の支援について基本的考え方を述べたいと思います。
 わが国は、ODAによりセミパラチンスク地域住民への支援を行うため、本年6月、専門家を含めた調査団を派遣しました。その結果を踏まえ、具体的な支援策についてこれまで検討を行って参りましたが、基本的な方向性としては次のようなものです。すなわち、第一に、セミパラチンスク地域の被曝者医療の基盤整備を行うことを目的として、医療・検診体制の確立に向けた支援を行います。具体的には、検診体制の基盤整備と医療水準向上のため、日本人専門家による技術指導を行い、関連機材を供与することを検討します。これを中心に据え、更に、セミパラチンスク核実験場周辺の汚染地域は広大な範囲にわたっていること、また、居住する地域によっては住民が検診設備の備わった医療機関があるセミパラチンスク市まで出向くことが困難であることを考え、巡回検診バス導入の可能性も含めて検討しております。この支援を中心の柱として、第二に、被曝者医療を効果的・効率的に実施するため、基礎データ整備への支援の検討を行います。広島・長崎の悲惨な体験と犠牲を通じ、我々は、基礎データ整備の重要性を学んだのです。第三に、わが国がこれまで広島・長崎で行ってきた経験に基づき、被曝者対策に関する行政ノウハウの移転に協力する用意があります。この三つを柱として、ODAによる支援を行う方向で準備を進めております。

 ここで一つ重要な点を指摘しておきたいと考えます。それは、わが国のODAによる協力は、相手国が自分自身で問題を認識し、解決する努力に対し支援する、という基本的な考え方を踏まえて実施している点です。問題が存在する国自身が問題解決のため強い意思を持ち、行動することなくして問題の解決はあり得ないからです。カザフスタンは、独立後8年の若い国家として、民主主義、市場経済の確立を目指して、今なお多くの課題に向かって努力されていることは十分承知しております。こうした中で、セミパラチンスクの問題に取り組むことは、多くの困難が伴うものと想像されます。しかし、セミパラチンスク地域の住民に対する支援を効果あるものとするためには、カザフスタン自身としても、少なくとも国内の政府関係機関の間の協力調整を十分に行い、支援国や支援機関からの協力受入れ体制を整備することは不可欠であります。セミパラチンスク支援のために、カザフスタン自身の努力を土台とし、その上に、我が国やその他のドナーからの支援を生かしていく体制を築くことができるよう期待しております。

 この会議では、本日は、主催者の一人として日本側がリードをし、主にセミパラチンスクの保健医療分野について、専門家やその他の関係者よりご意見を発表していただきます。それを踏まえた上でご議論いただき、この分野での今後の支援について会議参加者を始め、広く国際社会の理解を深めることができればと思います。また、今回の会議を機会に、国際社会でのセミパラチンスク支援への連帯の輪が少しでも広がることになれば、主催者としてこれに勝る喜びはありません。

 最後に、本シンポジウムの開催に尽力された関係者、参加者の方々に感謝の気持ちをお伝えして、私の基調報告とさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。



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