第2章 各論-分野ごとに見た国際情勢と日本外交

第2節 世界経済の繁栄の確保と途上国の開発問題
   1.世界経済の繁栄の確保と日本の政策努力

    (1)概観(グローバリゼーションへの対応)

[グローバリゼーションの進展]

 冷戦終結後の国際社会を特徴づける一大潮流は、モノ、カネ、情報、そしてヒトといった要素が国境を越えて自由に移動し、経済効率化を世界規模で図ろうとする動き、いわゆるグローバリゼーションである。この一大潮流は、世界市場を格段に「深化」させ、国境のない「一つの市場」の形成に世界を導いている。このような世界市場の変化は、世界経済の繁栄にとっての大きな機会であると同時に、世界が相互に密接に関連していることを改めて認識させている。
 このことを端的に示したのが97年半ば以来タイに端を発したアジアの通貨・金融不安である。アジア通貨・株式市場の動揺は、インドネシア、香港、韓国の経済を大きく動揺させ、我が国を含む世界経済全体に深刻な不安感を与えた。これに対し、国際社会は、タイ、インドネシアに対して協調して支援を行った他、11月に採択されたIMFを中心とする新たな支援の枠組みである「マニラ・フレームワーク」に基づき、12月には韓国に対する支援を決定した。このような中で、日本も、世界経済に対する責任を果たすべく、それぞれの場合に関係国及び国際機関と協調しつつ、二国間では最大の金融支援を表明したほか、インドネシアに対する経済構造調整のための円借款の供与等を表明した。11月にヴァンクーヴァーで開催されたAPEC非公式首脳会議でも、アジア経済の問題は大きく取り上げられ、APEC地域の経済は長期的な成長のための基礎的条件と見通しは極めて強固であることを確認するとともに、特に健全なマクロ経済政策と構造改革を始めとする賢明かつ透明な政策を行うことが、金融市場の安定を回復し潜在的成長力を実現するための鍵であるとの認識で一致した。

[日本の対応:21世紀を見据えた政策努力]

 グローバリゼーションの進展は、基本的には、日本経済のみならず世界経済全体にとって多大な利益をもたらすことは改めて言うまでもない。例えば、世界の貿易は急激に拡大を続けている。IMFの統計及び推計によれば、世界の実質経済成長率は96年は対前年比4.0%、97年は同4.1%、98年は同3.5%と持続的・安定的な成長を続けるものと見られており、また、世界の貿易量(商業サービスを含む)は96年は対前年比6.2%、97年は同8.6%、98年は同6.2%と今後も拡大を続ける見込みである。
 日本としても、引き続き日本経済と国際経済との一層の調和を図るとの視点に立ってグローバリゼーションの流れに積極的に対応すべく、21世紀を見据えて政策努力を続けていくことが必要である。その際、(A)グローバリゼーションに対応した日本経済の構造改革の推進、(B)グローバリゼーションの恩恵を最大限享受するための多角的自由貿易体制の維持・強化、(C)グローバリゼーションによってもたらされた「新たな課題」への対応という3点に留意する必要がある。

<経済構造改革の推進>
 第一に、国内的には、市場の力を十分に生かすことのできる経済構造にするために、経済構造改革を積極的に推し進めていく必要がある。その一環として、経済・社会の柔軟性を高めるべく、これまで以上の思い切った規制緩和、市場アクセスの改善等の政策努力を行っていかなければならない。このため、97年5月に閣議決定した「経済構造の変革と創造のための行動計画」の着実な推進に努めるとともに、その内容を深化し、動きを加速化させるため、12月に、可能な限りの計画前倒しと新たな施策の追加を含むフォローアップを行ったところであり、引き続き、抜本的な改革を強力かつ速やかに推進していくことが重要である。97年11月には、情報通信分野等の大幅な規制緩和や不動産・債権等の資産流動化促進のための措置を含む緊急経済対策を発表した。また、経済構造改革の大きな柱でもある規制緩和については、95年に11分野、1091項目からなる「規制緩和推進計画」を策定し、96年には新規569項目、97年には新規890項目を追加して改定を行った。本計画は98年3月で終了するが、同時に新たな規制緩和推進3ヶ年計画を策定し、引き続き規制緩和を積極的に推進していくべきである。

デンヴァー・サミット(6月) <多角的な貿易・投資の枠組みの整備>
第二に、グローバリゼーションの進展の中で世界経済が持続的に発展するには、世界規模での自由化の更なる進展と公平な競争を確保するためのルール作りが不可欠である。そのために多角的自由貿易体制の維持・強化が益々重要な課題となっている。WTOにおいては、95年の設立以降、基本電気通信及び金融サービス分野における自由化交渉の成功裡の妥結や情報技術関連製品に対する関税撤廃の合意(ITA)などの成果を挙げている。  98年5月には第2回WTO閣僚会議及びガット50周年記念会合が予定されている。こうした場においては、ウルグアイ・ラウンド合意の着実な実施や2000年以降の更なる多角的自由化のあり方を含めた今後の課題についての議論が予想される。多角的自由貿易体制の強化及び信頼性の維持のためにも、日本を始めとする各国がこれらの会合を通じ、同体制に対する支持を積極的に打ち出していくことが重要である。
 また、日本はWTOにおいて、中国・ロシア等の国々のWTO加盟交渉の促進や、地域統合への対応、さらに、貿易と環境、投資、競争政策、政府調達の透明性など新分野の検討を始めとし、多角的自由貿易体制の一層の強化に向けた取組に積極的に参画している。
 さらに、日本は、OECDにおける多数国間投資協定(MAI)(仮称)や、UNCTAD等その他の多角的なフォーラムにおける議論にも積極的に取り組んでおり、多角的で公正・透明なルールに立脚した国際経済システムの実現に努力している。
一方、こうしたグローバルな貿易・投資の枠組みの整備と並行して、近年はEU、NAFTA等地域統合・地域協力を推進する動きが見られる。地域統合・地域協力の進展は、規模の経済、産業の競争力強化と構造調整の進展などによる域内経済の活性化を通じ、世界経済の発展に貢献しうるものである。その一方で、こうした地域統合・地域協力の進展が域外差別的となるおそれもあることから、日本としては地域統合等がWTO協定に整合的であり、かつ多角的自由貿易体制を強化・補完するものであることが確保されるべきだと考えている。アジア欧州会合(ASEM)においても、地域統合が国際社会全体の利益となることの必要性が認識されており、98年4月にロンドンで開催予定の第2回ASEM首脳会合でも、以上のような国際社会全体の利益となる形でのアジアと欧州の関係強化につなげるべく、日本はアジア側調整国として同会合の成功に向け積極的に努力している。また日本は「開かれた地域協力」としてのAPECを積極的に推進しているが、APECは、自由化の成果をWTO協定に従って域外にも広く行き渡らせることとしている。

<グローバリゼーションに伴う「新たな課題」への対応>
第三に、グローバリゼーションの進展に伴う「新たな課題」への対応が必要である。具体的には、(A)新たな経済分野でのルール作り(投資、電子商取引等)、(B)「国境を越えた」新たな挑戦(テロ、国際組織犯罪、資金洗浄、麻薬、感染症等)、(C)従来国内問題とされてきた問題の国際化(雇用、福祉等)、(D)地球規模の長期的課題(食糧、エネルギー、環境等)(E)グローバリゼーションに十分対応できていない国々への対応等が挙げられる。サミットは、こうした新たな課題について常に積極的に議論をリードしてきた。97年のデンヴァー・サミットでは、グローバリゼーションの積極的な側面を強調するとともに、グローバリゼーションに十分対応できていない国々、特にアフリカを正面から取り上げた。さらに、高齢化、環境、感染症、テロ等に焦点を当て、参加国がこうした新たな課題に協力・協調して取り組んでいく決意が表明された。今後とも新しい時代への対応についてのサミット参加国間の協議、協調は益々重要となろう。

    (2)世界貿易機関(WTO)と多角的貿易体制の強化

[WTO体制の進展]

 この1年で、発足3年目を迎えたWTOが多角的貿易体制の強化に向けて総じて有効に機能していることが示された。第一に、サービス貿易分野における自由化が更に進展した。WTO協定の下ではモノの分野に加えてサービス貿易も多角的規律の対象になったが、97年はウルグァイ・ラウンド(UR)で決着せず継続交渉となっていた分野のうち、基本電気通信、金融サービス両分野の自由化交渉が相次いで合意に達した。これによりサービス貿易の分野での自由化が実質的に大きく進展したことになる。第二に、WTO発足に伴って、改善・強化された紛争解決制度も着実にその機能を果たしてきている。第三に、中国やロシア等のWTO加盟に向けた交渉も進展をみた。また、96年12月に開かれた第1回閣僚会議(於シンガポール)における成果を受けて、情報技術関連製品に対する関税撤廃が合意された(ITA)。

WTOの紛争解決手続の流れ | WTO加盟交渉のプロセス

[ サービス貿易における一層の自由化 ]

 基本電気通信分野においては、96年4月末が当初の交渉期限とされていたが、交渉が難航したため、97年2月15日まで交渉期限が延長された。同分野においては、主要交渉参加国からの意味のある自由化約束の確保、外資規制の緩和等の市場アクセスの改善、国際通信、衛星通信の自由化、国内規制が実質的な市場参入障壁とならないようにするための枠組みの策定等が交渉の焦点となったが、期限までに計69カ国・地域が自由化約束を提出し合意に至った。日本は外資規制の撤廃を含む積極的な自由化約束を提出するとともに、規制の枠組みのとりまとめ等を通じ交渉の成功に貢献した。
 また、金融サービス分野については、95年7月に米国を除く44カ国・地域が参加して基本的に最恵国待遇(MFN)義務に基づき97年12月末迄の暫定合意が成立していたが、同年4月より交渉を再開し、12月13日未明に米国を含む71カ国・地域が参加しMFNベースの恒久的合意が成立した。懸案となっていたアジア及びラテン・アメリカの開発途上国からは、日本や米国等からの働きかけもあり、基本的に現在の自由化の水準を反映しつつ、一部実質的な改善を伴う自由化約束が提示された。日本も金融システム改革の進展を踏まえ、外為法等の改正結果を反映した自由化約束を提出するとともに、96年の日米保険協議及び95年の日米金融サービス協議の成果につき「追加的な約束」を行うなど、交渉の成功に中心的役割を果たした。
 自由職業サービス分野では、WTOの作業部会において、会計サービスにおける国内規制が、客観的で透明性のある基準に基づき、必要以上に貿易制限的にならないようにするための多角的規律の作成を行っている。

[紛争解決制度]

 WTOの紛争解決制度は、ガット時代と比べて手続の自動性と迅速性が強化され、実効性が著しく改善された。紛争解決手続に付託される事案も、ガット時代の年平均6.6件から飛躍的に増加し、95年1月のWTO設立以来、97年末までに109件もの協議が要請されている。このうち上級委員会の勧告が出されたものは7件、上級委員会で審議中のものは3件、小委員会(パネル)で審議中のものは15件であり、こうした数字は紛争解決制度が有効に機能していることを示しているものと考えられる。
 日本を当事国とする紛争事案は12件であるが、このうち97年末現在勧告が出されたものが1件、パネル審議中のものが3件、二国間で解決ないし実質的に解決したものが5件となっている。なお、パネルが設置された4件の事案についての状況は以下のとおりである。

(イ)日本の酒税格差については、WTO協定に違反しているとの勧告が出された後、勧告実施のための制度改正の内容や実施期間が長期となることの代償について当事国(米、EU、加)との間で協議を行い、97年12月に決着した。

(ロ)日本におけるフィルムの販売に関する問題については、97年12月にパネルの中間報告が出された(その後98年2月に最終報告が出された)。同報告において、フィルム・印画紙市場に関連して米国が問題とした日本国内の措置がWTO協定上問題がないと判断された。

(ハ)インドネシアの国民車政策については、日本と並んで米、EUが申立てを行い、97年6月にパネルが設置され、12月に第一回の審議が行われた。

(ニ)日本の植物検疫制度については、米国からの要請により97年11月にパネルが設置された。
 WTOの紛争解決制度は、WTO協定に従って貿易紛争についての明確な解決を確保し、多角的貿易体制に安定性と予見可能性を与える上で重要な役割を果たしてきている。今後とも各メンバーがこの制度を尊重し、更に制度の実効性と信頼性を高めていくために努力していくことが重要である。

[新規加盟交渉]

97年12月末日現在、中国、台湾、ヴェトナム、サウディ・アラビア、ロシア及びウクライナを含む29の国・地域についてWTO加盟交渉のための作業部会が設置されている。97年はサミット宣言に続き、APEC首脳宣言でも、WTOの普遍性を高めるため、WTO協定への加入のための議定書交渉と市場アクセス交渉の加速化を奨励することがうたわれた。WTO協定に基づく多角的貿易体制を一層強化するためには移行経済国を含むより多くの国・地域の参加が不可欠であり、日本は、これらの国、地域のWTOへの早期加盟を支持し、その実現に向けて必要な協力を行っている。なお、中国のWTO加盟について日本は米、EU等に先駆けて、97年9月、橋本総理大臣の中国訪問の機会に関税及び非関税措置の市場アクセスについて実質的に一致した。サービス貿易分野につき中国側による一層の自由化努力が望まれるが、こうした意見の一致が中国の加盟交渉のプロセスを一層促進させることが期待される。

[今後の課題]

 98年はガット・WTO体制50周年の節目の年を迎える。5月にはジュネーヴにおいて、第2回閣僚会議及びガット/WTO創設50周年会合が予定されている。こうした機会などを通じ、世界経済の持続的発展の下支えとなる多角的貿易体制の強化の重要性と今後の更なる自由化の推進を打ち出していくとともに、現下のアジア経済情勢によっても保護主義的な傾向が生ずることのないよう警鐘を鳴らしていく必要がある。日本としても引き続き、WTOを中心とする貿易・投資の自由化に向けた取組に対し、積極的に参画していくことが重要である。

    (3)地域的経済協力

 97年も前年に引き続き、地域的経済協力の動きが活発な年であり、域内協力が深化する一方で、地域的経済協力間の連携や、域外国との協力が進む等、多様化、重層化を見せてきている。
 北米地域にあっては、締約国団(米国、カナダ、メキシコ)の貿易・投資の障壁削減を目的として94年1月1日に北米自由貿易協定(NAFTA)が発効し、北米大陸に、域内GNP約7.6兆ドル、人口3.8億人を擁するEUとほぼ同じ規模の世界最大の自由貿易地域を創出した。同協定は、関税撤廃、投資の優遇などの貿易・投資の自由化に関する規定のほか、知的所有権の保護、紛争解決手続、労働及び環境の規定を含むなど多岐にわたる内容となっている。NAFTAは発効した94年の末にメキシコ金融危機の影響を受けたものの、締約国間の貿易量は着実な伸びを見せており、特にメキシコの対米、対加輸出が増加してきている。予定されているチリのNAFTA加盟について、カナダ、メキシコはチリとの交渉を完了しているが、米国はファスト・トラック(通商合意交渉権限)成立の遅れから交渉を進められない状況となっている。
 欧州連合(EU)では、97年10月にアムステルダム条約が調印され、EUの役割として雇用確保や環境保護などの新たな分野を追加するなど、協力の内容に一層の広がりが見られた。99年に予定される単一通貨の導入後、安定的な財政・経済運営を確保するため、単一通貨導入国の財政規律の維持を義務づける「安定及び成長協定」が合意され、加盟国間の財政・経済政策調整を行う方法についての議論も進展した。12月のルクセンブルグ欧州理事会は、98年3月からサイプラス及び中東欧諸国のEU加盟のためのプロセスを正式に開始することを決定した。これら諸国とEUとの経済面での結びつきは、すでに各国がEUと結んでいる欧州協定等に基づき緊密の度を増しており、日本としては、地域協力の拡大が、域外国を不利に扱うことなく、世界経済の発展に貢献するものとなるよう促している。
 中南米地域においては、アルゼンティン、ブラジル、パラグァイ、ウルグァイの4ヶ国による南米共同市場(メルコスール)が、95年1月に正式に発足し、その結果、域内貿易は飛躍的に拡大した。メルコスールは、97年にはサービス分野の自由化に向けた交渉を開始したほか、アンデス共同体(ボリヴィア、コロンビア、エクアドル、ペルー、ヴェネズエラ)と南米大陸全体の自由貿易地域創設に向けた交渉を進展させるなど深化と拡大の動きを見せている。94年12月の第1回米州サミットで2005年までに創設のための交渉を終了することとされた米州自由貿易地域(FTAA)は、その交渉が98年春に開始される予定であるが、米国のファスト・トラック法案(議会の通商交渉権限を行政府に委任する法案)の成立が遅れていることから、右交渉における米国の主導権を危ぶむ見方もある。なお、日本は前年に引き続いて97年10月、メルコスールとの第2回目の政府間協議を開催した。
 東南アジアでは、関税引き下げ項目の追加が進み、ASEAN自由貿易地域(AFTA)の実現に向けて協力が進められた。また、12月に行われたASEAN非公式首脳会議において「ASEANビジョン2020」が採択され、経済関係では、2003年のAFTA実現以降の協力のあり方についての目標を示した。主なものとしては、域内経済統合の推進、公正かつ開放的な多角的自由貿易体制の確保、サービス貿易の自由化促進、ASEAN投資地域(AIA)構想の推進、中小企業の近代化と競争力強化、金融セクターの自由化、マクロ経済及び金融政策面での協議の緊密化等があげられる。
 他方、アジア、米州の地域を超えた経済協力に目を転じると、日本も参加するアジア太平洋経済協力(APEC)が、アジア、大洋州、北米、南米といった広範な地域を包含し(98年よりロシアも参加予定)、構成国・地域も社会的背景、経済体制、発展段階等が異なるなど多様性を抱えるこの地域の経済協力の柱として、重要な意義を果たしている。他の地域協力と比した場合の特徴として、各メンバーによる「協調的自主的行動」を通じた緩やかな政府間協力である点と、域外に対しても貿易・投資の自由化・円滑化の成果が広く享受されるという「開かれた地域協力」を標榜している点があげられる。(APECヴァンクーヴァー会合の詳細については第1章2.(6)参照)。
 アジアと欧州の間では、96年3月に開始されたアジア欧州会合(ASEM)が97年も順調に進展した。特に、96年3月の第1回首脳会合を受け、97年には外相(2月)、蔵相(9月)、経済閣僚(9月)による閣僚級の会合が開催され、98年4月のロンドンでの第2回首脳会合に向け、ASEMの体制が整った(ASEMの詳細については、第1章2.(6)参照)。
 以上に概観したように、地域経済協力は多角的自由貿易体制を補完する可能性をもつ一方で、世界経済の保護ブロック化につながる危険を伴うものである。このため、地域経済協力が域外国に対する障壁を上げることなく、より開放的な貿易の拡大につながるよう注視していく必要がある。WTOに設立された地域貿易協定委員会は、個別協定についてWTO協定との整合性の審査を行っており、97年にはNAFTA、メルコスール、EU拡大等の審査が行われた。この委員会では同時に、地域貿易協定を規律するルールの明確化等、地域統合と多角的自由貿易体制の関係全般についても検討している。日本は多角的自由貿易体制の維持・強化に寄与するとの観点から、同委員会での議論の枠組みについて提案を行うなど、積極的な役割を果たしている。

    (4)グローバリゼーションに伴う新たな課題への対応

 グローバリゼーションの進展、つまりはモノ、カネ、情報、そしてヒトといった要素の移動は、従来の伝統的な貿易関係の範囲を超えた新たな機会と挑戦を人類に投げかけている。

[新たなルール作りの必要性]

 現在の世界経済は、相互依存の進展により多国籍企業による越境経済活動の重要性が飛躍的に高まっている。また、アジアの新興工業国にも見られるように、外国からの投資は経済成長の主要な推進役としての役割を果たしている。このような中で、投資に関する規律は、従来より主として二国間の投資保護協定等により担われてきたが、投資家による投資活動が円滑かつ安定的に行われるためには、強力かつ効果的な多数国間のルールを確立することが不可欠となっている。この観点から、OECDにおける多数国間投資協定(MAI)(仮称)策定交渉に積極的に参加してきている。今後とも、このような投資に関する規律を確立するための多数国間の作業には主体的に関与していく必要がある。
 また、電子商取引は、高度情報通信技術の進展に伴い、近年急速に増大してきた分野である。日本、米国、EUをはじめとする主要国においては既に国内・国際的環境整備に向けての検討が本格化しているが、ヴァンクーヴァーでのAPEC非公式首脳会議においてもその経済的・社会的重要性が確認された。現在、電子商取引促進のための必要最小限かつ一貫した法的環境整備に向けて、WTO、OECD、APEC、世界知的所有権機関(WIPO)、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)等において検討作業が行われている。

[新たな挑戦への対応]

 グローバリゼーションの進展に伴い、テロ、国際組織犯罪、資金洗浄(マネー・ローンダリング)、麻薬、感染症等の「国境を越えた」新たな挑戦への対応がますます必要となっている。デンヴァー・サミットでは感染症の問題への国際的な対応強化の必要性が表明され、テロについてもあらゆる形態のテロリズムと闘う決意を再確認し、各国政府に人質交渉専門家、テロ対応部隊の能力強化等を求めた。98年のバーミンガム・サミットでは、主要議題の一つとして国際組織犯罪を挙げ、サミット参加国間の協力を強化するとともに、国際社会の対応を呼びかけることを目指している。また、麻薬の問題についても国連その他の場において活発に議論が行われている。資金洗浄対策についても、日本は国際会議への参加や国内制度整備などを通じた積極的な取組を行っている。

[国内問題の国際化]

 グローバリゼーションの進展は、競争の激化を通じ、国内的には失業、福祉等の社会問題を提起している。これらの問題は、従来基本的に国内の社会問題として扱われてきたが、近年の相互依存関係の深化等を受け、世界経済が直面する課題として国際的な取組が必要であると認識されるようになった。福祉については、橋本総理大臣の「世界福祉構想」の下、デンヴァー・サミットで高齢化の問題について本格的に議論して「活力ある高齢化」という概念を提唱する一方、OECDの場等を中心に、持続可能な社会保障制度の確立を目指し、各国と知見・経験を交換している。この関連で日本は、97年11月に神戸雇用会合を開催した。また、国際商取引における外国公務員に対する贈賄行為が、公正な競争を害しているとの認識の下、OECDにおいてかかる行為を犯罪化するための条約交渉が行われ、97年11月に採択、12月17日に日本を含め33ヶ国が署名した。

[長期的課題]

 食糧、エネルギー、環境等の長期的課題については、デンヴァー・サミットで環境を主要議題の1つとして取り上げたほか、APECの場において、アジア太平洋地域における人口増加と急激な経済成長が食糧及びエネルギー、環境に与える影響について分析し、APECの長期的課題としての取組が進められている。

[開発途上国問題]

 グローバリゼーションの流れに十分対応できていない国への対応が重要である。デンヴァー・サミットではこうした観点から世界経済から疎外されかねない後発開発途上国、特にサハラ以南のアフリカに関し、開発援助、貿易・投資、平和構築などの面でいかなる政策手段をとるべきかについて議論が行われた。

    (5)資源、エネルギー

 世界のエネルギー需要は今後約15年間で4割以上増大すると見られ、エネルギーの安定供給及び地球温暖化問題を含む環境対策の必要性が一層高まっている。97年は気候変動枠組条約第3回締約国会議の開催もあり、エネルギーと環境の問題が特に脚光を浴びることとなった。
 5月にパリにて開催された国際エネルギー機関(IEA)第16回閣僚理事会では、気候変動問題に焦点を当て、エネルギー分野の現実を踏まえた提言を行った。今後IEAには、合意された京都議定書の実施面や、積み残しとなったスキームの細部の検討等における貢献が期待される。その他、エネルギー市場を含む世界情勢の変化を踏まえた政府の役割との観点から、規制緩和、エネルギー安全保障等が扱われたほか、初めて非加盟国のエネルギー大臣として中国が非公式会合にゲスト参加した。
 8月カナダ・エドモントンにて行われた第2回APECエネルギー大臣会合では、前年のシドニーでの第1回会合以来の進展を確認しつつ、日本が提唱したエネルギー利用効率向上を初め、インフラ整備のための民間投資促進、環境整合的なインフラ、基準の調和など、より具体的な方策につき議論が行われた。第3回会合は98年10月に沖縄にて開催の予定である。
 また、アジア地域の潜在的なエネルギー供給元として特に東シベリア、ロシア極東部への関心が高まっており、11月の日露首脳会談ではエネルギー対話の強化について一致した。また同月末には、東京にて内外関係者による国際シンポジウム(「アジア・エネルギー共同体への道」)が開催された。
 人口の急増、開発途上国の経済成長に伴う食糧消費の増大、地球上の資源・環境問題への配慮などから、食糧安全保障について、世界的な関心が高まりつつある。96年11月に開催された「世界食糧サミット」ではこれらの問題に取り組む各国の政治的意思を確認したローマ宣言及びそのための行動計画が採択され、そのフォローアップが重要な課題となっている。日本としては、こうした問題に対処するため、これまで二国間及び国際機関を通じて、食糧援助、食糧増産援助を始め様々な形態の協力を行ってきている。

   2.開発問題と日本の政府開発援助

    (1)日本の政府開発援助(ODA)

[転機を迎えたODA]

 97年は、財政構造改革及び行政改革を背景に、ODAも大きな転機を迎えた。
 財政の危機的な状況の下、6月には、政府全体として歳出削減を行う中でODAについても平成10年度の予算は9年度比で10%以上削減することを閣議決定した。また、予算案の作成過程においては、限られた資金でODAの効果を最大限発揮し得るよう、環境問題への対応、社会開発の促進、人道分野における貢献等の分野や開発途上国の人造り等、従来以上に重点分野を明確にし、その重点に基づく所管の枠を越えた総合調整を行って、ODAの質の向上及び存在感の強化に努めた。
 また、これに先立つ4月には、外務大臣の下に、幅広い分野の有識者より成る「21世紀に向けてのODA改革懇談会」が設置され、ODA改革に関する議論を行った。同懇談会では、国別の援助計画の策定、援助実施機関及び現地の機能の強化、南南協力支援の強化、事前調査及び事後評価の充実、NGOや地方公共団体との連携も含む国民参加の強化、民間活力の活用等、援助を取り巻く広範な論点についての提言を盛り込んだ最終報告を98年1月に提出した。この報告の内容は極めて示唆に富むものであり、外務省としても真摯に受け止め、実施可能なものから今後のODA改革に十分に反映させることとしている。
こうした動きの一方、政府以外の関係者によるODA改革の議論も活発に行われ、経済界やNGOが独自のODA改革に関する提言を発表した。
 中央省庁の再編をはじめとする政府の行政改革においても、ODAのより効果的・効率的な推進という観点から、12月の行政改革会議の最終報告の中で、被援助国に対する総合的な戦略など経済協力に関する全体的な企画については外務省がコアとなって総合調整を行う等の方針が示された。
 ODAを巡る国内の環境は厳しいものとなっているが、世界で10億人以上の人々が極度の貧困に苦しみ、環境、人口・エイズ等地球規模の問題が山積している状況で、ODAを通じてこれらの問題に取り組むことは、依然として日本の重要な責務である。ODAは、開発途上国の安定と発展への貢献を通じて、国際社会の平和と安定に重要な役割を果たすとともに、日本国民の生活を守り、日本にとって好ましい国際的環境を構築するなど、日本の国益の増進にも資するものである。政府としては、こうした厳しい時期においてこそ、ODA大綱の趣旨を十分に踏まえ、国民の理解を得つつ、これまでのODAのあり方を抜本的に見直し、その質の向上及びより効果的・効率的な実施に努める考えである。

「21世紀に向けてのODA改革懇談会」最終報告

[96年のODA実績]

 96年の日本のODA実績は94.4億ドル(東欧及び卒業国向け実績を除く)であり、日本は6年連続して世界最大の援助国となった。しかし、国際開発金融機関に対する出資・拠出の減少、過去に供与した円借款の回収金の増加及び大幅な円安等が影響して、前年の実績(144.9億ドル)に比較して50億ドルあまりの減少となり、主要援助国で構成されるOECDの開発援助委員会(DAC)加盟国による援助の合計額に占める比率も前年の24.6%から17.1%に低下した。また、ODAの対GNP比も前年の0.28%から0.20%に低下し、DAC加盟21か国中19位となった(DAC平均は0.25%)。

    (2)援助政策の新たな展開

 日本が積極的に支持し、精力的な貢献を行うことにより96年に採択されたDACの新開発戦略(「21世紀へ向けて:開発協力を通じた貢献」)は、先進国による働きかけの効果もあって、開発途上国との間で実施に向けた取り組みが着実に進みつつある。日本は、個別の開発途上国との政策対話を充実させると共に、オランダとの共催による新開発戦略セミナー(10月)、エジプト政府・主要ドナーとの共催による新開発戦略とエジプトに関する開発セミナー(11月)など、新開発戦略の考え方の共有を図ってきた。また、様々な機会をとらえて、援助の現場である各途上国における援助協調のための枠組み構築に努めるとともに、各援助国及び援助機関と新開発戦略の具体的実施のあり方等についてドナー間の共通認識を醸成することに努めた。
 97年は特に対アフリカ援助が盛んに議論され、デンヴァー・サミットでもアフリカの開発問題が大きく取り上げられた。日本は、対アフリカ支援に関する取組みを一層具体化させるため、アフリカ諸国に加えアジア諸国及び援助国・機関の出席を得て、98年10月に東京で第2回アフリカ開発会議(TICADⅡ)を主催する予定であるが、それに先立ち、97年11月に準備会合を開催し、本会議において策定する行動計画のテーマの決定などを行った。
 また、日本は、ODAを活用して環境問題に取り組むための新たな政策も発表した(第1章3.(2)参照)。
 97年半ば以降に顕在化した一部アジア諸国の通貨・金融危機に対しても、こうした問題が同地域のみならず日本を含む世界経済全体に深刻な影響を及ぼすとの認識の下、関係国・機関とも連携を図りつつ、問題の解決に向け積極的に貢献してきている。二国間ODAによる具体的対応としては、円借款を活用した構造調整支援、「日・ASEAN総合人材育成プログラム」等を通じた人材育成や知的支援、緊急無償援助を活用した留学生支援や医薬品支援等が挙げられる。
 その他、97年においては、ODAに関する国民参加を推進するための初めての試みとして、NGOと合同で、ODA案件とNGOによる援助案件を対象とした評価を行った。また、97年で国際緊急援助隊法施行10周年を迎えた国際緊急援助隊も、インドネシアの森林火災やシンガポールの油流出事故等に対して機敏に出動し、被災国より高い評価を受けた。