第2章 分野ごとに見た国際情勢と日本外交
第1節 平和と安定の確保
   1.日本の安全の確保

   (1) 総論-日本の安全保障政策の三つの支柱-

 冷戦後の国際社会には、依然として様々な流動的要素が存在している。また、日本を取り巻くアジア太平洋地域は、高い経済成長をも背景に、政治的・社会的な安定性を高めつつあるものの、核戦力を含む大規模な軍事力の存在や、多数の国による軍事力の拡充・近代化、朝鮮半島における緊張の継続など、依然として不透明・不確実な要素が残されている。
 このような安全保障環境の中、日本は、(イ)日米安全保障体制の堅持、(ロ)適切な防衛力の整備、(ハ)国際の平和と安全を確保するための外交努力、という三つの柱からなる安全保障政策を推進している。
 (イ) 日米安保体制(下記(2)、(3)参照)
 (ロ) 防衛力整備
 日本は、日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本理念に従い、節度ある防衛力の整備に努めている。この基本方針に則り、95年11月、「昭和52年度以降に係る防衛計画の大綱」(76年10月29日国防会議・閣議決定)が19年振りに見直され、「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱」(新防衛大綱)が安全保障会議及び閣議で決定された。
 (ハ) 国際の平和と安定を確保するための外交努力
 国際的な相互依存が深まりつつある今日、日本の安定と繁栄は、アジア太平洋地域、ひいては世界全体の平和と繁栄と不可分一体に結びついている。このような観点から、日本の安全と地域の平和と安定を確保していくためには、この地域における米軍の存在を前提としつつ、(i)個々の紛争・対立の解決を図り、地域の安定を図っていくための二国間ないし関係国間の対話と協力、(ii)アジア太平洋全域における、互いの政策の透明性と安心感を高めるための政治安全保障対話及び協力、(iii)域内各国の経済発展への支援・協力を通じた地域の政治的安定性の増大といった、様々なレベルでの努力を積み重ねていくことが重要である。北東アジアにおける二国間対話としては、94年から日中安全保障対話が開催され、1月には北京で第3回会合が開催された。また、この地域の関係国間の協力としては、北朝鮮の核問題解決のための日米韓を中心とする協力があるが、今後は中長期的観点から北東アジア地域の安定に向けた話合いを行っていくことも重要である。また、全域的政治安保対話については、94年からASEAN地域フォーラム(ARF)における対話が進められている(ARFについては、第1章3.(2)参照)。
 以上に加え、平和維持活動(PKO)などによる地域紛争への取組、軍備管理・軍縮、不拡散への努力、欧州との安全保障面での対話・協力なども、日本を含めた世界の平和と安定の確保に貢献するという観点から重要である。

 

   (2) 日米安全保障体制

イ.日米安全保障体制の意義
 日本が、必要最小限の防衛力を保持するとの政策の下、平和と繁栄を享受していくためには、今後とも日米安保条約に基づく米国の抑止力が必要である。また、日米安保体制は、国際社会における広範な日米協力関係の政治的基盤となっており、さらに、アジア太平洋地域全体の安定要因である米国の存在を確保し、この地域の平和と繁栄を促進するためにますますその重要性を高めてきている。

日米安全保障協議委員会(「2プラス2」)(12月)

日米安全保障協議委員会(「2プラス2」)(12月)

ロ.日米安全保障共同宣言
 こうした認識の下、日米安保体制を効果的に運用し、安全保障面での協力を進めていくため、日米間では、さまざまなレベルで密接な対話と意見交換が重ねられてきた。過去1年以上にわたるこのような緊密な対話の成果として、4月のクリントン大統領訪日時に、橋本総理大臣とクリントン大統領により日米安全保障共同宣言が発出された。この宣言は、日米安保体制の重要な役割を改めて確認するとともに、21世紀に向けた日米同盟関係のあり方につき内外に明らかにしていくという意味で極めて重要な意義を有するものである。具体的には、日米がアジア太平洋地域においてより安定した安全保障環境のために協力していくこと、日米安保体制を基盤とした日米間の各般の協力を推進することを含め、21世紀を見据えた日米安保体制のあり方を幅広い観点から明らかにしている。また、国際情勢、とりわけアジア太平洋地域情勢についての情報・意見交換を一層強化すること、両国の防衛政策及び在日米軍の兵力構成を含む軍事態勢について引き続き緊密な協議を推進すること、施設・区域に関連する問題に積極的に対応することなどがこの中で確認されている。なお、4月の日米首脳会談に先立って、日米安保条約の円滑かつ効果的な運用に寄与すること及び国際連合を中心とした国際平和のための努力に積極的に寄与することを目的として、自衛隊と米軍との間で物品又は役務を相互に提供するための枠組みを設けるための日米物品役務相互提供協定が署名された。

ハ.「日米防衛協力のための指針」の見直し
 1978年に策定された現行の「日米防衛協力のための指針」の見直しの開始も、日米安保共同宣言において表明された。この「指針」見直し作業は、95年11月に決定された新防衛大綱の内容と調和を保ちつつ、冷戦後の新たな安全保障情勢の中で、日米間の防衛協力を一層増進するために行われるものである。6月には日米安全保障協議委員会の下部機構である防衛協力小委員会を改組し、この見直し作業を効果的に行うための体制を整備し、作業に着手した。そして、9月の日米安全保障協議委員会において「指針」見直し作業の進捗状況報告が出され、この作業が97年秋に終了することを目途に行われることが明らかにされた。
 この見直し作業においては、日米安保共同宣言において示されたとおり、日本周辺地域において発生し得る事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合における日米間の協力に関する研究を始めとする検討が行われているが、この作業はあくまでも日本国憲法の枠内で、日米同盟関係の基本的な枠組みを変更することなく行われるものである。また、両国の国内及び近隣諸国における理解を増進するため、見直し作業の透明性を保つよう配慮する方針である。

ニ.在日米軍駐留の支援
 日本政府は、在日米軍の駐留を支援するため、96年に発効した新たな「駐留経費に関する特別協定」に基づき米軍従業員の労務費並びに米軍の光熱水料及び訓練移転費を負担するなど自主的にできる限りの努力を行ってきている(96年度には、在日米軍駐留経費としてこの特別協定関係部分を含め約6,389億円を負担)。米国政府は、このような日本側の努力を高く評価しており、駐留経費負担を始めとする日本の努力は、この地域における安定要因としての米軍のプレゼンスを確保する上で重要である。

ホ.防衛技術面の米国との協力
 防衛分野において、日本との技術の相互交流に対する米国側の関心は高く、日米の防衛技術交流を更に進めることは日米安保体制の効果的な運用を確保する上で重要な課題となっている。現在既に進められているダクテッドロケット・エンジン、先進鋼技術及び戦闘車両用セラミック・エンジンの共同研究に加え、9月にはアイセーフ・レーザー・レーダーの共同研究が開始されることとなった。また、航空自衛隊の次期支援戦闘機(F-2)については、今後F-2を130機調達することを承認した95年末の閣議了解を受けて、F-2生産についての日米政府間取極が締結された。
 また、弾道ミサイル防衛(BMD)については、BMDは今後の日本の防衛政策を検討していく上で重要な検討課題であるとの考えに立って、その導入の可否等についての政策判断を行うために必要な情報を収集するため、日米間で事務レベルの検討が行われている。

安全保障に関する日米間の協議の場

 

   (3) 沖縄県における米軍施設・区域の取扱い

 在日米軍の活動が施設・区域の周辺住民に与える影響をいかに小さくするかという問題は、日米安保体制を円滑に運用していく上で大きな課題である。政府は、在日米軍の施設・区域が高度に集中している沖縄県民の負担を軽減するために、また、日米安保体制の信頼性の向上のためにも、沖縄県民の声に対し誠心誠意耳を傾けつつこの問題に誠実に対処することが極めて重要であるとの認識に立ち、95年11月に米国政府との間で「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」を設置し、日米安保条約の目的達成との調和を図りつつ、沖縄における米軍施設・区域の整理、統合、縮小や、訓練、騒音、安全等の米軍の活動に関連する諸問題についての検討を行ってきた。
 特別行動委員会における検討作業は、1年を目途に結果をまとめることとされ、普天間飛行場の返還を含む各種措置を盛り込んだ中間報告が4月に発表され、その内容を実施するための具体的な計画及び措置が12月に最終報告において発表された。その結果、一定の条件の下で、普天間飛行場、北部訓練場等11の米軍施設・区域が整理、統合、縮小されることとなり、これが実施されれば合計で約5,000ヘクタール、沖縄の米軍施設・区域全体の約21%が返還されることとなった。また、土地の返還のほか、航空機騒音対策、損害補償手続の改善、事故調査報告手続の改善、米軍施設・区域への立ち入り手続の明確化、実弾砲兵射撃訓練の移転等の措置につき意見の一致を見ている。
 とりわけ沖縄県より要望の強かった普天間飛行場の返還については、返還の条件である代替ヘリポート設置の場所につき日米間で集中的な協議が行われたが、米軍の運用能力を維持するとともに、沖縄県民の安全及び生活の質にも配慮するとの観点から、海上施設の開発及び建設が追求されることとなった。海上施設は、その必要性が失われれば撤去可能なものであり、基地の固定化を避けたいという沖縄県民の強い要望にも応えるよう考案されたものである。
 また、国内においても、沖縄県と国との意思疎通に万全を期すとの観点から95年に設置された「沖縄米軍基地問題協議会」のほか、新たに沖縄に関連する基本施策に関し、国と沖縄県が協議する場を具体化するために総理大臣を除く全閣僚と沖縄県知事により構成される「沖縄政策協議会」が設置され、沖縄の振興につき政府としての施策を検討してきている。また、米軍施設・区域が所在する市町村に関し、町づくりや各種施策のあり方などの検討を行うため官房長官の下に設置された「沖縄米軍基地所在市町村に関する懇談会」は、11月に、米軍の施設・区域が所在する市町村が抱える困難を緩和するための施策などからなる提言をとりまとめた。また、97年には沖縄担当の大使を長とする外務省の出先機関を沖縄に設置し、日米地位協定の運用など米軍の駐留に関する関係市町村の意見や要望を聞く体制を一層整備する予定である。
 沖縄県に所在する米軍施設・区域内の民公有地のうち、駐留軍用地特別措置法に基づき使用している土地は97年5月に使用期間が満了するが、9月には沖縄県知事から公告・縦覧手続への協力を得、できる限り早期に使用権原が得られるよう、政府として最大限努力している。