3.アジア太平洋を巡る地域協力
   (1) アジア太平洋経済協力(APEC)

APECの歩み

APEC機構図、カレンダー

安全保障に関する日米間の協議の場

[APECフィリピン会合の意義]
 アジア太平洋経済協力(APEC)は、歴史、言語、文化、社会・経済体制やその発展段階において多様な、18の国・地域を包含する地域協力であり、貿易や投資の自主的な自由化や広範な分野における経済・技術協力を進めつつ、アジア太平洋地域における経済発展のダイナミズムを維持しようとする協力の枠組みである。この多様性・自主性の特徴を活かしつつ、貿易・投資の自由化及び経済・技術協力を促進すべく、フィリピンで、11月22日及び23日、第8回閣僚会議(マニラ)が、25日、第4回非公式首脳会議(スービック)が開催された。
 93年に開催された第1回非公式首脳会議は、アジア太平洋コミュニティーの形成という理念を提示したという点において、APEC が大きな変革をとげる契機となった。この理念は、94年のボゴール宣言において「2010年/2020年までの貿易と投資の自由化・円滑化の達成と経済・技術協力の促進」という明確な目標として明記され、翌95年、日本が議長として開催した大阪会合において、目標に向けての今後の具体的取組の指針が提示された。
 96年のフィリピン会合は、この指針に従い、各メンバーが今後自由化に向けて取ろうとする具体的な行動を示した「個別行動計画」を提出し、また全メンバーが共同して APEC の各フォーラムを中心に進めることとなる「共同行動計画」を策定したという点において、APEC 自由化プロセスにおける「行動元年」とも呼び得る会合であった。
 この他、APEC が当初活動の中心にすえていたがその後自由化重視の陰に隠れがちであった経済・技術協力の進め方を見直し、再度焦点をあてたこと、APEC の新規参加問題について一定の結論を出したことが、成果としてあげられる。

[フィリピン会合の具体的成果]

APEC非公式首脳会談の際のラモス比大統領主催夕食会に出席する橋本総理大臣(11月)

APEC非公式首脳会談の際のラモス比大統領主催夕食会に出席する橋本総理大臣(11月)

 (イ) 自由で開かれた貿易と投資の実現に向けて
 APEC での自由化プロセスの行動開始を最も端的に現すのが、マニラでの閣僚会議において採択された「マニラ行動計画(MAPA:Manila Action Plan for APEC)」である。この行動計画の中核をなすのが個別行動計画(IAP)、共同行動計画(CAP)であり、大阪行動指針の第一部(貿易・投資の自由化・円滑化)で記載される15の対象分野における具体的な行動を包括的に示している。例えば、日本の個別行動計画には、規制緩和、基準・適合性、投資、ビジネス関係者の移動などの分野を中心に、現時点で成し得る限りの措置が包括的に盛り込まれている。
 それぞれの行動計画は、分野ごとに、短期、中期、長期の区分に従って、今後取られる自由化措置が明記されている他、冒頭部分では各国の自由化について簡潔にまとめられている。アジア・太平洋を取り巻く18もの国と地域がそろって自由化計画を提出したことは画期的な意義を有すると言える。また、この行動計画を公表することは、APEC域外や民間ビジネス界に対しても、APEC 地域の自由化行動の透明性・予測可能性を高めることになり、さらには、2010年/2020年の自由化達成に向けての各メンバーの進捗状況につき比較可能性を向上させ、ピア・プレッシャー(「仲間内の圧力」)をかけることのできるものとなっている。
 これら行動計画は、97年1月から実施に移され、その実施状況、更には協議、レヴューのプロセスを経て、毎年改定されていく継続的作業である。96年は行動の初年度でもあり、全18メンバーが揃って計画を提出したこと自体が大きな成果として評価され得るが、今後は自由化達成に向けての着実な措置の実施及び行動計画の一層の充実をはかることが求められている。APEC の自由化は、各メンバーの「協調的自主的行動」により進めることとなっているが、真の自由化の実現のためには、今後各メンバーの一層の自覚と努力が求められている。
 さらに、APEC の自由化の成果は、民間にとって有益な「目に見える成果」であるべきとの考え方から、APEC ビジネス諮問委員会(ABAC)が設置され、10の主要提言を含む報告書も提出された。

 (ロ) 経済・技術協力の再重視
 APEC 創設時の活動の中心であった経済・技術協力は、従来の援助国・被援助国の関係ではなく、相互支援と自主性の原則に基づきつつ、この地域に存在する経済格差を解消するとの発想によるものであった。ここ数年の APEC の活動が自由化に傾きがちであった中で、議長国フィリピンのイニシアティヴにより、経済・技術協力に再度焦点が当てられたことも、96年の会合の特徴であった。具体的には、経済協力・開発強化に向けた枠組みに関する閣僚レベルでの宣言が発出され、APEC における協力に際しては、目標、指導原則、経済・技術協力の性格、テーマと優先付け等を行うべきであるということにつき共通の認識が得られた。

 (ハ) 首脳宣言の採択と日本のイニシアティヴ
 スービックで開催された非公式首脳会議では、APEC 地域18メンバーの首脳が一堂に会し、(i)アジア太平洋コミュニティーの形成、(ii)グローバリゼーション、(iii)APEC プロセスのダイナミズムの持続、(iv)インフラ開発の4つのテーマに基づき意見交換が行われ、「APEC 経済首脳宣言:ビジョンから行動へ」を採択した。橋本総理大臣からは、日本のイニシアティヴとして、①アジア太平洋コミュニティ形成の観点から、情報通信インフラ整備の必要性を訴え、「アジア太平洋情報通信基盤テクノロジーセンター(神戸)」の積極的活用を呼びかけ、②太平洋の環境保全のため、日本の地球観測衛星の APEC ワイドでの活用と珊瑚礁保全等への共同での取組を提案、③地域の膨大なインフラ需要に対応するため、貿易保険機関の協力及びインフラ情報ネットワークの設立、④麻薬や銃器の不正取引防止対策等の国境を越えた社会経済問題を取り上げることを検討することを提案した。

 (ニ) 新規参加問題への取組
 フィリピン会合においては、今後の APEC のあり方を規定する新規参加問題に関して一定の結論が出された。即ち、閣僚会議において、(i)96年に凍結を延長しないことを決定、(ii)97年に参加申請審査のための基準を精緻化し改訂、(iii)98年にこの基準に基づき新規メンバー名を発表、(iv)99年に新規メンバーの参加を認めることにつき意見の一致をみた。現在、11か国・地域が、新規参加を希望しており、今後、具体的な検討が行われる予定である。

 

    (2)ASEAN地域フォーラム(ARF)

ASEAN地域フォーラムに参加する池田外務大臣(7月)

ASEAN地域フォーラムに参加する池田外務大臣(7月)

ARFプロセスの歩み

 ASEAN 地域フォーラム(ARF)は、中国、ロシアを含むアジア太平洋地域諸国の外務大臣が一堂に会し、この地域の政治・安全保障に関する意見交換を行う「対話の場」として94年に発足したが、96年には第3回閣僚会合が開催され、活動の裾野を広げつつ、着実に進展してきている。
 95年に開催された第2回閣僚会合では、ARF のアプローチとして、[1] 信頼醸成の促進、[2] 予防外交の進展、[3] 紛争へのアプローチの充実という三段階が漸進的に進められるべきこと、当面はその中でも信頼醸成を重視していくこと、及び、具体的な協力措置を協議するために実務レベルの各種会合を行うこととされた。
 これを受け、1月から4月にかけて、信頼醸成、PKO、捜索・救難の3つの分野で各国の外務及び国防当局からの参加を得て、実務レベル会合が相次いで開催され、それぞれ具体的な協力措置に関する提言がまとめられた。これらの会合は、各国専門家間の信頼関係の醸成に資するとともに、ARF の今後の活動について専門的見地から具体的な議論を行う機会を提供するものであり、ARF プロセスの進展にとって重要な意義を有するものである。
 7月に開催された第3回閣僚会合では、朝鮮半島情勢、南シナ海問題、不拡散問題など、地域の安全保障問題につき極めて率直かつ活発な意見交換がなされた。また、実務レベル会合で作成された具体的措置に関する提言が閣僚レベルで承認・支持され、その結果、安保対話及び防衛交流の実績に関する情報交換、国防政策に関する文書の任意提出、国防大学間の交流、軍事演習についての事前通報及び相互視察に関する情報交換などの措置を今後 ARF プロセスにおいて推進することが確認された。さらに、実務会合の有益性が確認され、活動の継続が承認されるとともに、新たに災害救助に関する会合を開催することが決定された。(注)
 今後、ARF において、決定された措置を着実に実施することを通じて、活動基盤を固め、アジア太平洋地域における安全保障対話・協力の場としての信頼性を向上させていく必要がある。アジア太平洋地域は多様性に富んでおり、この地域の安全保障分野における協力関係は漸進的に進展していくと考えられ、各国が長期的に安定したアジア太平洋地域を実現していくために努力を続けることが必要である。
 アジア太平洋地域の諸国間で信頼醸成を図り、この地域の安全保障環境を向上させていくことは、日本の安全と繁栄を確保していくために極めて重要である。日本としても、96年に信頼醸成に関する実務レベル会合をインドネシアとともに共催するなど、これまで積極的な貢献を行ってきているが、今後とも ARF の進展のための努力を行っていく必要がある。



注:第3回ARFにおいて活動の継続及び新規開催が決定された政府間会合は以下のとおり。
    ・信頼醸成措置(中国とフィリピンが共催)
    ・災害救助(ニュージーランドとタイが共催)
    ・捜索・救難(米国とシンガポールが共催)
    PKO(カナダとマレイシアが共催)
 

   (3) アジア欧州会合(ASEM)

第1回ASEM首脳会合における各国・地域首脳(3月)

第1回ASEM首脳会合における各国・地域首脳(3月)

 96年は、アジア太平洋の域内だけでなく、アジアと他地域との関係の強化という観点からも画期的な年となった。すなわち、3月にタイのバンコクにおいてアジア及び欧州の25か国と欧州委員会の首脳が一堂に会するアジア欧州会合(ASEM)が開催されたが、これは、アジア、欧州、北米という国際社会の三極間の関係の中で、従来、相対的に希薄であったアジアと欧州の絆を強化する試みとして重要であるとともに、冷戦後の新たな国際秩序の構築の一翼をアジアと欧州が協力して担っていくという決意を表明する場となった。
 ASEM は、アジアと欧州の相互理解と相互利益を増進すること及び対話と協力を通じて新たな国際秩序の構築に貢献していくことを重要な目的としており、こうした観点から、3月の会合では、政治、経済、文化、地球規模問題を含む広範な分野で両地域の対話と協力を強化していくことが、会合の成果として発出された議長声明に盛り込まれた。また、各国のイニシアティヴの下に、様々な分野における具体的なフォローアップ措置も盛り込まれたが、日本も、橋本総理大臣より、両地域の協力の基礎としての知的交流、青年交流計画、経済相乗効果の客観的研究、ビジネス会議の開催、経済閣僚会合の開催、税関当局間協力などの提案を行い、会合の成功に貢献した。
 なお、3月の首脳会合に先立ち、1月にタイのプーケットでアジア側外相会合が開催され、日本からは池田外務大臣が参加した。日中韓及び ASEAN7か国が参加するこの外相会合は、アジア欧州協力の推進に向けたアジア内での対話と協力の観点からも有意義であった。
 また、地域対地域の交渉の場ではなく、各国がそれぞれの立場で参加できるという柔軟性も、ASEM の重要な特徴の一つを形作っている。
 アジア側の多くの国が、かつて欧州の植民地であったことを考えると、アジアと欧州が対等の立場で対話と協力を推進するという ASEM は、アジアの地位の向上を示すものとして、歴史的にも象徴的な意味合いを有している。今後は、フォローアップ措置の着実な実施などを通じ、98年の英国(ロンドン)での第2回首脳会合、2000年の韓国での第3回首脳会合に向けて両地域の関係強化の進展を図っていく必要があり、日本として引き続き建設的な役割を果たしていくことが重要である。